真剣に悩んで考えて取った行動が必ず最良のものになるとは限らない。 では自分の選んだ行動が間違っていたと気付いた時はどうすればいいのだろう。 ましてやそれが取り返しのつかないほど重要な選択だった場合は……? 何も見えないし、何も聞こえない。そんな闇の中に俺はいた。 地面の感触を感じることすらできないせいで自分が今どんな体勢なのかもわからない。 あの感覚が消失した感じが未だに続いているらしい。 (勢い余って死んじまったか?) 正直、ここまで何もないとだんだん不安になってくる。 死んでいないことはなんとなくわかっていたつもりだが、自信がなくなってきた。 今、こうして考えている間にどれだけの時間が経ったのかもわからない。 ― いつまで寝てるつもりだよ? ― 何処からか声が聞こえてきた。それはいつも自分が耳にしている俺の声だ。 一瞬、自分の口から出たのかと思ってしまったほどだ。 (俺は今、寝てるのか?) ― 寝てねぇ奴に起きろとは言わねぇよ ― そりゃそうだ。だが、自分が寝ているようには思えない。 目だって開いてるし、何よりこの感覚は決して夢などではない。 ― とりあえず目ぇ開けろよ ― (開けてるっつうの) ― 開いてねぇから言ってんだ。見えねぇって思い込んでるから見えねぇんだよ ― 何言ってんのかわかんねぇ。俺が見えないと思い込んでる? ― 一回、目ぇ瞑って深呼吸してから開けてみろ ― 言われたとおりに目を瞑ってみた。景色は相変わらず真っ暗のままだ。 そのまま深呼吸をする。閉じた瞼の向こう側にじわじわと光が広がっていく。 次に目を開けたとき、そこには見渡す限りの大草原があった。 俺は小高い丘の上に立っていた。緩やかな風が身体に当たって気持ちいい。 五感すべてが完全に元に戻っている。 ― やっと起きやがったか ― 声はするが、周囲を見渡しても、その姿は何処にも見当たらない。 それに何処から声が聞こえてくるのかもわからない。 ― 何から話せばいいんだろうな? ― 「お前は誰だ」 声が出る。やはり聞こえてくる声は自分のそれと同じだった。 ― 俺はお前だよ ― まさかとは思っていたが、やはりと言うべきか、俺の予想は当たっていたらしい。 それにしても自分自身と話すようなことになるとは……。 「何処にいるんだよ? 言いたいことがあんなら出てきて言えよ」 声が何処から聞こえるのかもわからないので、上に向かって喋ってみた。 ― 世のため人のために闘ったお前がこんなとこにいる。随分と虚しいもんだな ― 「無視かよ……」 俺の問いには答えずに、自分の言いたいことを喋っていく。 なんて野郎だ。お前は本当に俺なのか? 俺はそんなことしないぞ。 ― 自分を削って人の盾となり敵を斬り続けた……お前は何がしたかったんだ? ― 「何がって……」 ― おっと、守りたかった助けたかったってのは無しだぜ? 俺が聞きたいのはそんな嫌になるほど聞き飽きた言い訳じゃねぇからな ― 俺が言おうとしていた理由を先回りして封じられる。 しかも言い訳とまで言われてしまっては、何も言うことができない。 「言い訳なんかじゃねぇ。それが理由だ」 ― いいや、お前のそれは言い訳だね。俺にわからないとでも思ってんのか? ― たとえお前が俺で、俺のことをすべて知っているとしても、他に理由はない。 傷つく前に助けたい。傷つきそうなら守りたい。それが俺のやりたかったことだ。 ― 本当は……誰かに必要とされたかっただけだろ? 手段と目的を間違えるなよ。 人に礼を言われたい、誰かに頼りにされたい、人に自分を必要だと思って欲しい…… ― 「違うっ!!!」 俺は心の底から叫んだ。こいつのその言葉だけは否定しなければならない。 ― 違わねぇよ。根拠もあるぜ? ほら、覚えてるだろ? 殴られ、蹴られ、毎日がボロボロで死にたくもなったあの頃のことだ ― 「言うなっ!!!」 ― あの頃思ったよな? 自分は生きていることすら許されないのか。 自分はこの世界に必要とされていない。生きてる価値すらも存在しないってな ― 「やめろぉぉぉっ!!!!」 嫌だ。聞きたくない。これまで俺がしてきたことの意味が崩壊してしまう。 ― お前は守りたいんじゃあない。守らないと生きていられないだけなんだよ。 人を守らないお前は誰も必要としない。いてもいなくても変わらないからなぁ!! ― 「…………」 絶対に認めてはいけないはずなのに、奴の言葉が心の奥底に突き刺さってくる。 確実に、正確に、反抗もできずに、俺の中の何かが壊されてしまった。 そうだよ。俺は守ることしかできない人間だよ……。 人のために動かないと誰にも認められないし、誰にも必要とされない。 誰かのために動けない俺なんていてもいなくてもいいんだ……。 ― 自分の存在意義を得るために、お前は闘わざるをえなかったんだよ ― その通りだ。コイツの言うことは正しい。俺は誰よりも一人で生きられない。 正義なんて考えちゃいなかったし、自分のために闘うことで精一杯だった。 俺が必死になって守っていたものの正体は他人ではなく、自分の存在意義だった。 ― 守り続けたいなら、誰の迷惑にもならないここで永遠に守り続けてろ!! ― その言葉を聞いた直後、突然、目の前に少女が現れる。 この子は……そうだ。クェードで見た、俺が守ることのできなかった少女だ。 (なんでこの子が……) しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。続いてモンスターが現れたからだ。 「ちっ、風華っ!!」 呼んでも双剣は現れない。今の俺にソウルウェポンは扱えないらしい。 だが、それでも闘わなければ、あの子が殺されてしまう。 「やってやろうじゃねぇか……。今度こそ救ってみせる!!」 俺は素手のままでモンスターに向かって駆け出した……。 |