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 レナさんの召還で飛ばされた場所は学校の屋上だった。
 私と風華以外の皆は気を失ってしまったようで、静かに眠っている。
 兎にも角にも、私達はようやく地球に帰ってくることができたわけだ……。

第290話 静かな世界 <<有香>>

 屋上から外を見下ろすが人の姿は見当たらない。自分の住む街なのに違和感を感じる。
「静かね……」
 そう、静かなのだ。まるで人が消えてしまったかのように街は静寂に包まれている。
 地球にモンスターが現れたことは知っていたが、今の状況が掴めない。
「こっちの戦争も終わってるみたいね」
 モンスターの姿も見当たらない。クラスの皆はどうしたんだろう?
 お父さんやお母さん、守は無事だろうか。怪我などしていないだろうか。
 帰ってきて急に心配になってきた。誰も大怪我とかしてなければいいけど……。

「これからどうするの?」
「私は帰る場所も無いからいいのよ。それより今は貴女達でしょ?」
 風華は私の質問に応えることはなく、私達の心配をしている。
「たぶん、自分の家に帰るわ。皆も家族のことが心配だと思うから……」
 私だけじゃなく、皆にも家族がいる。心配じゃないわけがない。
 こっちの戦争が終わっているなら、ここで解散ということになるだろう。

「そうね。それがいいわ」
「貴女は? 行く場所が無いなら私の家に来る?」
 自分でも理由はわからないけど、気付けば風華を家に誘っていた。
「いいえ、遠慮しとくわ。帰る場所はないけど、行く場所はあるの」
「行く場所って……?」
「魂の領域」
 その単語は昨日聞いている。魂の領域……そこは彼がいる場所だ。
 
「行けるの?」
「わからないけど、試してみたいことがあるの」
 風華は自分の宿主を救うことを真剣に考えてくれている。
 考えを変えれば自分がその身体でこの世を生き続けることもできるのに、だ。
 それがありがたかった。彼を救うことは彼女にしかできない。
「お願い……。雄二君を助けてあげて……」
「ええ、命に代えても、あの子を戻してみせる」
 私には風華を信じて待っていることしかできない。
 これは彼女と雄二君の問題で、彼女達にしか解決することはできないのだ。

「待ってる」
 だから、この言葉しか出てこない。私には手伝えることもない。
 彼のためにできることが信じて祈ることだけとは……。

「さ、そうと決まれば皆を起こしてあげましょ。このままだと風邪をひくわ」
 風華はそう言って、手始めにと言わんばかりに高槻君の頬をペシペシと叩く。
 普通に揺り動かせばいいと思うんだが、彼女は意外に乱暴だった。
「ほぅら、早く起きないとどんどん強くなるわよ〜」
 楽しげな風華の言葉通り、頬を叩く音は徐々に強く、鈍くなっている。
 私は珠緒ちゃんの身体を揺すりながら、恐々とそれを見ていた。

「ん…んん……」
 どうやら意識を取り戻したらしい。高槻君は腕で頬をガードし始めた。
「起きたみたいね。じゃあフィニッシュ!!」
「いってぇぇぇ!!」
 パァンと大きな音を立てるとともに高槻君が飛び起きた。
 頬に赤い手形がくっきりと付くほどに、強い力で叩かれていた。

「何しやがる!!」
「起こしてあげたのよ。さぁて次は……だ、れ、に、し、よ、う、か、な♪」
 風華をそうさせる理由なんて無い、なんて理不尽なルーレットだろう。
 私は急いで珠緒ちゃんを激しく揺り動かす。
「珠緒ちゃん。起きて!! 起きないと酷い目にあっちゃうよ!!?」

「オイ!! 起きろ!! てっめぇ、暢気に寝やがって……現状わかってんのか!?」
 声の方を振り向けば、高槻君が結城さんを起こすのに必死になっていた。
 そして不幸のルーレットは自動的に起こされていない者で停止することとなった……。

 後で気付いたことだが、高槻君はそれを見越して結城さんを起こしたんだろう。
 昨夜のコリンさんのことや、つい先ほどのレナさんのこともある。
 私が思っていた以上に高槻君は女性を大切にする人のようだ。
 
 全員が目を覚ましたところで、満場一致でそれぞれ家に帰ることになった。
「いてぇ、まだ頬がヒリヒリするぜ……」
「俺もだ」
 風華に散々頬を叩かれた二人が愚痴をこぼしながら階段を下りる。
 学校にも誰もいない。休日に来てしまったかのように静まり返っている。

 二階まで降りてきたところで結城さんが急に進路を変えた。
「何処行くんだよ?」
「鞄。持って帰らないの?」
 田村君の質問に呆れたように結城さんが応える。
 私もすっかり忘れていた。リオラートに行く前、私達は教室にいたのだ。
 体育祭が終わった後で、私達の鞄はまだ教室に残されているはずだ。
 教室へ寄っていくことに反論する者など誰もいない。
 私達は久しぶりの教室に足を踏み入れた。

「なんだ……?」
 先頭を切って入っていった田村君が入り口付近で足を止める。
 何があったのかと教室を見渡すと、床には文房具が散乱していた。
 さらに黒板には所々にいろいろな書き込みがされていてほとんど真っ白だ。
「酷ぇな。こりゃ掃除が大変だ」
 のほほんと高槻君は言うが、これはただごとじゃない。
 黒板の文字を読むと、見覚えのある地図とイストラという単語が見える。
(智樹君……リオラートについて皆に説明したのね)
 そのことについて彼を責める気はない。私でも同じことをしたと思う。

「戦闘班、分析班、救護班、補給班……。ここが作戦本部になっていたようね」
「なるほどね、全員参加してるわ。全面戦争をやってたみたい」
 風華と結城さんがそれぞれ、当時の状況の予想を口にする。

「ありゃ井上の棒手裏剣だな。アイツが自前の武器を用意するほどか……」
 高槻君の視線の先は天井で、そこには一本の鉄の棒が突き刺さっていた。
 自前って、あの人は本気であんな武器を用意していたと言うの?
 この現代日本で棒手裏剣なんて使う機会があるわけもないのに……。
 井上さんならリオラートへ行っても嬉々として戦いそうな気がした。

「誰か谷口君の電話番号を知りませんか?」
 珠緒ちゃんが携帯電話に電池式の充電器を指しながら私達に尋ねる。
 私が知っているが、その電話番号のデータは携帯電話の中だ。
 そして、携帯電話のバッテリ残量は当然ない。
 珠緒ちゃんと私の携帯電話は会社が違うため、充電もできない。
「はい、谷口君の番号。でも谷口君に何の用?」
 そんな中、結城さんがサラサラと紙片にペンを走らせ、珠緒ちゃんに渡す。
 結城さんは谷口君の携帯の番号を記憶していたのか……。

「そんなに驚いた顔で見ないでよ。私も充電器くらい持ってるわ」
 結城さんは教室のプラグからコードで繋がれた携帯電話を軽く掲げて見せる。
「ありがとうございます」
「珠緒ちゃん、ところで谷口君に何の用なの?」
 渡された電話番号を押しながら、珠緒ちゃんは結城さんの質問に静かに応えた。


「……藤木君に頼まれた物を渡したいだけです」
 



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