なんだろ、妙に雰囲気が暗いというか、空気が重い気がする。 雄二君のことは、みんなもそれなりに踏ん切りがついたはずなのに…… すべてが終わって初めて迎える朝なのに、こうも空気に違和感を感じるのは何故だろう。 全員揃って朝食を食べているが、その場は静かなものだった。 「ねぇ」 隣に座っていた結城さんが小声で話しかけてくる。 「なんかあったの?」 結城さんも場の雰囲気の違いに気付いているようだ。 風華に視線を移すと目が合う。彼女は私も知らないわ、と言わんばかりに肩をすくめた。 「あの三人に何かがあったのは間違いないんだけど、有香も知らないか……」 「三人って?」 「レナさんとコリンさん、それに高槻君。彼が関わってるのが意外よね」 結城さんは個人レベルまで、この空気の原因を特定していた。 言われてみれば確かに三人の表情は私達と比べて遥かに暗い。 何があったのかを聞くのが躊躇われるほど、重たい空気だ。 高槻君は朝まで眠っていたはずだから、事が起こったのは早朝ということになる。 コリンさんと高槻君の二人に何かあったという話なら、私も納得できる。 昨日、二人きりで他の場所に行って、なにやら話し合っていたのがその理由だ。 だけど、レナさんが関わってくるとなると、何が原因なのかさっぱりわからない。 「ごちそうさま」 あの三人に起こり得ることをいろいろと考えていると結城さんが急に席を立った。 彼女の目の前の食事には、ほとんど手が付けられていなかった。 「あの、食事……サヤカさんの口には合いませんでした?」 残された朝食の様子を見て、レナさんがおずおずと問いかける。 「いいえ、美味しかったわ。ありがとう」 きっと結城さんは、この空気の中で食事をする気がなくなったんだろう。 それをレナさんに直接言わなかったのは、彼女なりの気遣いなのかもしれない。 「じゃあ結城の分は俺が食うぜ?」 「……好きにして」 田村君の言葉に、結城さんは溜息を一つ吐いてから応えた。 この空気をものともしないとは、田村君は意外と大物かもしれないわね……。 空気を読めないというのも、これはこれで一つの強さなのかもしれない。 結城さんが席を立った後も静かな食事の時間は続く。 空気なんて考えないで私から何か話しかけたほうがいいのかな? 風華は高槻君達に何かするつもりはないみたいだし……。 「何? 私の顔に何かついてる?」 「ううん、なんでもないの。ごめんなさい」 ついつい風華の方をじっと見続けてしまった。 誰だって、じっと見られていては気にもなるだろう。 「あ、でも、一つ気になることがあるんだけど……」 咄嗟に思いついた疑問を風華にぶつけてみることにした。 「何?」 「ソウルウェポンも食事をする必要があるの?」 魂だけの存在であるはずの彼女達に食事は必要なのかが気になった。 思いつきで投げかけた質問だったが、よくよく考えると違和感を感じる。 「現界してるときのソウルウェポンは人間とそう変わらないわ。 お腹だって空くし、眠くもなる。それに斬られればちゃんと血だって出るわよ?」 「ふぅん……」 じゃあ、現界化しているソウルウェポンは覚醒者と同じと考えていいみたいね。 ただ、能力は桁外れだということは間違いない。それは風華を見れば一目瞭然だ。 「ねぇ、もしもの話だけど……風華が死ぬと雄二君はどうなるの?」 「それは私が現界した状態で、ってこと?」 私は頷いた。今、風華が死んだら雄二君がどうなってしまうのか。 それだけは知っておきたかったし、知っておかなければならないことだと思う。 「雄二と入れ替わるって言ったら有香ちゃんは私を殺すのかしら?」 風華のその言葉を聞いた瞬間、何故か私の背筋に寒気が走った。 「それは……」 わからない。キッパリと否定できない自分を恐ろしいと思う。 風華を殴り殺している自分の姿が頭に浮かんできて怖くなってくる。 でも、風華を殺して雄二君を取り戻すことを考えている自分が確かに存在している。 それはいくらなんでもやってはいけないことだとわかっていても、だ。 「ごめんなさい。ちょっと意地悪な質問だったわね」 「…………」 嘘でもいいから「そんなことはしないわ」と即答できればよかったのに……。 激しい自己嫌悪に襲われて、その場で泣きたくなってきた。 まるで自分がどれほど卑しい人間かをまざまざと見せ付けられたようだった。 「残念だけど、私達が現界した状態で死んだ場合は宿主も一緒に死んでしまうわ」 自分で聞いたことだったけど、その回答よりも自分の心中に愕然とした。 でも、私にはまだ風華に聞かなきゃいけないことがある。 「雄二君、帰ってくるよね?」 雄二君は風華の中で生きていて、きっといつか自分の意思で帰ってくる。 今はただちょっと休んでいるだけ。戦い続けた心と身体を癒しているだけ。 戻ってこないなんてことは有り得ない。なぜならば…… (私はまだ答えをもらってないもん……) 戻ってきたら、戻ってこれたら私の告白の答えをくれる約束だ。 重要な約束は絶対に守ってくれる人だから、帰ってくるって信じてる。 「大丈夫。あの子は自分の力で自分を取り戻せる子よ」 「うん、そうだよね」 当たり前だが、風華は雄二君の強さも弱さも知っている。 人の傷に敏感な彼は、自分の周囲の人間が傷つくことを極端に嫌っている。 私はそれを彼の優しさだと思っているが、結城さんやエリスやコリンさんは違うようだ。 雄二君から本心を聞かされてもその気持ちは変わっていない。 「あの、盛り上がってるところ悪いんだけどよ……」 そろそろと手を挙げながら田村君が私達に話しかけてくる。 「どういうことなのかさっぱりわからねぇ。最初から解説してくれねぇ?」 「「…………」」 高槻君達のことを忘れ、風華と話すことに夢中になっていた。 田村君がこっちの会話に参加していたなんて知りもしなかった。 私には田村君に一から説明をする気なんてなかった。 風華も私と同じ考えのようで、私達は何も言うことなく食事を再開させた……。 |