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 目が覚めたら朝になっていた。昨晩の出来事は夢だったのかと疑わせる。
 斉藤に打たれたはずの腹の痛みがすっかり消えていた。
 まぁ、あれが夢じゃないことくらいわかってはいるんだけどな。

第286話 目覚めの朝は <<健吾>>

 田村は隣のベッドでグースカ寝てるし、周囲はシンと静まり返っている。
 いったい今は何時なのか、持っている携帯のバッテリーはとっくに切れている。
 不思議とスッキリ目が覚めてしまったので、寝直すこともできそうにない。

 仕方なく外に出ることにした俺は、田村の奴を起こさないように、静かに部屋を抜け出した。

「「あ」」

 部屋を出たところで、偶然レナさんと鉢合わせになってしまった。
「ケンゴさん、おはようございます」
 ほんわかした笑顔で挨拶をしてくるレナさんを見て、心が和んだような気がした。
(俺の周囲に、こういうタイプの女はいないからなぁ……)
 もし、井上がこんな笑顔をしたなら、俺は即座に逃げる準備を始める。
 結城の場合なら何らかの罠を警戒するし、斉藤なら自分が起きているかを確かめる。
 なんて言えばいいのかわからないが、純粋さを感じる人とでも言っておこう。
「? どうかしました?」
「いや、なんでもないッス」
 考えごとをしてたせいか、ジッと見つめてしまっていたらしい。

「それにしても随分と早いんですね」
 どうやら俺はかなり早い時間に目を覚ましてしまったようだ。
 周囲の様子からして早朝なんだろうとは思っていたが……
「身体の調子はどうですか?」
「ん〜、悪くはない……かな」
 俺は具合を確かめるために、身体を前後左右に動かしてみた。
 うん、特に痛みや違和感はない。旅の疲れもないし、好調と言えるだろう。
「ビックリしたんですよ? 突然ユカさんが部屋に来て、ケンゴさんが大怪我したって」
 大怪我……。昨晩のダメージは重傷レベルのものだったらしい。
 それを知らされて思う。ソウルウェポンは、むやみやたらに使うものではない、と。
 正直に言わせてもらうが、こんな戦いをやってたら命がいくつあっても足りない。
 まぁ、次に呼ぶときゃ平和なときにしてくれや。
「いや、心配させて悪いとは思うけどさ。あれは斉藤が悪いんだぜ?」
 おぼろげにしか覚えていないが、俺は斉藤の何らかの能力にやられたはずだ。
 殴られた覚えはないし、思い返してみてもあの体勢から斉藤が俺を殴るのは不可能だった。
「風華さんがいたからよかったですけど……」
 ま、そんな重傷を一晩で何とかできちまうのは、俺達の中じゃあの人くらいのものだろう。
「いくら修行と言っても、あまり無茶はしないでくださいね?」
「……すんませんでした」
 何ゆえ俺が謝らねばならんのか、甚だ理不尽な話だ。


「あ、一つ言い忘れてたことがありました」
 レナさんは思い出したと言わんばかりにポンと手を叩いた。
 俺は世界は違えど似たような仕草をするもんなんだな、と妙に感心した。
「私がケンゴさん達をチキュウへ送ったり、逆に喚び寄せたりできることは聞いてますか?」
「ああ。雄二と斉藤から聞いてる」

「では、そのこととケンゴさん達のことはこちらの人達には秘密にしてださい」
 命令と言うには弱々しく、願いと言うには重い……そんな口調だった。
 懇願という言葉がピッタリと当てはまるような面持ちだ。
「何を秘密にしろって?」
 念のため、俺は聞き返してみることにした。
「私が召喚士であることと、ケンゴさん達がチキュウから来ていることですよ」
(なるほどな……)
 コリンが俺達のことを知らなかったのはそういうことか。
 雄二ではなく、レナさんが口止めしていたことを俺は今初めて知った。
 だから、俺には何の悪気もなかったということを、前もって言っておきたい。

「悪ぃ、俺、コリンにもう言っちまった」
「ええっ!?」
 レナさんの願いは既に聞き届けられないところまで来てしまっている。
 ばらしてしまった後に頼まれても、俺にはどうしようもない。
 今からコリンのところへ行って、あれは嘘だと言っても信じてもらえるかどうか……。
「で、でも、地球のことは言ったけど、レナさんが召喚士ってことは言ってないぞ!!」
「あ…あぁ……」
 レナさんは、まるで希望をたった今失ったような表情で俺の背後を見ていた。
(あ〜、嫌な予感しかしねぇや……)
 振り向かなくても、誰かが俺の後ろにいることくらいは気配でわかる。
 問題はそれが誰なのかってことだが、レナさんの表情を見る限り、期待はできそうもない。

「おはよう、ケンゴ。いい朝ね」
 こう言われては振り向かざるを得ない。恐る恐る振り向くと、コリンが笑顔で立っていた。
 まさに最悪のタイミング。己の失言を呪いたくなってきた。
「お、おはよう。もしかして、聞いちまった?」
「ええ、朝から驚かせてもらったわ」
 その表情で聞いてないわけねぇよなぁ。だって自然な笑顔してねぇもん。
「あのさ……聞かなかったことにしといてくれねぇ?」
「そうね。聞かれなかった方がよかったみたいだしね」
 本当に、コリンは聞かなかった方がよかったんだと思う。
 理由は知らねぇけど、レナさんは召喚のことを誰にも知られたくなかったようだ。
 身近な人間すら知らないということは、身近な人間には特に隠しておきたいということだ。


「んじゃ、聞かなかったということに……」
「なるわけないでしょ」
(だよな)
 最後の悪あがきもバッサリ切り捨てられてしまった。
 無駄とわかっている抵抗とは、誰が見ても虚しいものだ。
「レナ姉さん、今の話は本当?」
「嘘だよ」
「ケンゴは黙ってて」
 どうせ誰が嘘だと言っても、お前は信じねぇだろ?
 わかりきってることなんだ。わざわざ聞かなくてもいいだろ?
 今のコリンに俺が何かを言ってもろくなことにならないだろう。

「ねぇ、レナ姉さん。どうなの?」
「……もう一つの世界があるなんて、知らない方がよかったんですけどね」
 レナさんも隠しきれないと判断したのだろう。
 諦めたように自分の召喚能力のことをコリンに話し始めた。
 俺は罪悪感を感じながら、それを聞いてることしかできなかった……。



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