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 生まれて初めて命を懸けた子供達の戦争が終わりを告げてから数日が過ぎた。
 突然消えたモンスターに警戒しているのか、避難命令は解除されることはなかった。
 そんな中、既に戦いが終わっていることを知っている僕等は……

第285話 子供 <<智樹>>

「学校もない、外にも出れない、やることもない。泣きたくなるほど暇だねぇ」
 ベッドで仰向けになって、ぼうっと天井を見つめていた井上さんが呟いた。
 彼女が暇という単語を口にしたのは、これで何度目になるだろうか。
 戦いが終わり、やることがなくなってしまった僕達は暇を持て余していた。
「今更、避難するわけにもいかないし、しょうがないよ」
「そりゃあ、わかってるんだけどね〜」
 井上さんはゴロリと寝返りを打ち、僕に視線を向けた。

「ところで……アンタ等はいつまで家にいるつもりなわけ?」
 そう、僕とエリスは戦いが終わった後、井上さんの家に厄介になっていた。
「迷惑なら出ていくわよ?」
「んにゃ、そういうわけじゃないんだけどね〜」
 井上さんの考えていることも、言いたいことも僕にはわかっている。

「そこの小娘はいいとして、谷口は自分の家に帰ればいいじゃん」
「小娘って言うなっ!!」
 なんで僕までエリスにくっついて井上さんの家にいるのか。
 彼女にとって見れば、僕がいることに疑問を持っても仕方のないことだろう。
「ちょっとエリスのことで家族といろいろあってね。今は家出中の身なんだ」
 別に隠すようなことでもない。むしろ、今まで聞かれなかったのが不思議なくらいだ。

「家庭内トラブル? アンタが? 面白そうだね、詳しく聞かせてみ」
「たいして面白い話でもないよ」
 こんな話は面白いどころか、話す価値もないほどにくだらない話だ。
「そこんとこはあたしが決める。いいから話しな」
「…………」
 ダメだ。彼女が興味を持った時点で話さなければならないことは決定事項となってしまう。
 湊大付属の怪獣と恐れられている井上さんに僕が逆らえるはずもない。
 僕は溜め息を吐きながら黙秘することを諦めて話し始めた。


 モンスターが召喚される少し前にエリスが地球に来たこと。
 気を失ったエリスを僕の家で匿おうとしたこと。
 そして、エリスのことで母さんと口論となり、家を飛び出したこと。

 何一つ隠すことなく、僕達が井上さんに会うまでの一部始終を話した。
 僕はエリス本人を目の前にして得体の知れない子と言い放った母さんが許せなかった。
 誰だって大切な友人を侮辱されれば面白くないだろうし、不快に思うだろう。

「アンタ、ガキだね」
「自分でもそう思うよ」
 井上さんの感想に反論することもなく、僕は素直に同意した。
 そう、僕がやっていることは子供が駄々をこねている行為とそう変わることはない。
 子供と言われても構わない。エリスをそのまま放っておくよりは何万倍もマシだ。

「母さんには母さんの事情があるんだろうけど、言った言葉は最低だよ。
人の友達、ましてや自分の子供の友達に得体の知れないなんて言葉を使うなんて……」
 もう少し言葉を選ぶことだってできたはずなのに、それをしなかったことが許せない。
 母さんに対してここまで怒りを感じたのは生まれて初めてだ。

「何が間違ってる?」
「え?」
「はっきり言ってどこも間違ってないね。変な服着て金髪で、しかも年下の小娘。
あたしだって、初めて見た時ゃ得体の知れない奴だと思ったさね。思って当然っしょ?」

 周囲から見ればそうかもしれない。僕だってそう思ってしまったかもしれない。
 でも、エリスは僕の大切な仲間で、この世界では守ってあげなきゃならない存在なんだ。
 怒りを感じる僕がおかしいのか? 怒っていること自体、間違ったことなのか?
「違うと感じるのはアンタだからさ」
「…………」
 何も言い返すことができない。何もかも井上さんの言う通りだ。

「ハルカ、もうそのくらいでいいでしょ? 私は別にもう気にしてないし」
「ん〜……谷口を言い負かすなんて経験は滅多にできないんだけどねぇ」
 エリスにフォローが決め手となって、井上さんはこの話題を終わらせた。


「あ、そうだ。言い忘れてたことがあった」
 井上さんは思い出した、と言わんばかりに指をパチンと鳴らした。
「なんだい?」
 僕はというと、先ほどの話題のせいもあり気持ちはだいぶ沈んでいた。

「アンタの能力……なんだっけ? 甘露だっけ?」
「神無のこと?」
 なんでまた甘露という単語が出てくるのか、と少しだけ思ってしまった。
「あぁ、そうそう、その神無だけど。確か痛みを無くすんだったね?」
「そうだけど、それがどうかした?」

「あの能力な、使わないほうがいい」
「……理由を聞いてもいいかな?」
 いきなり何の前置きもなく使うなと言われても納得ができない。
 きちんとした理由を聞かない限りは、考えるにも値しない提案だ。
「簡単さね。あの能力は戦闘においてまったくと言っていいほど役に立たない」
「どうしてさ!? 痛みが無くなれば、僕でもそれなりに戦えるじゃないか!!」
 神無を役立たずと言われては僕も黙ってはいられない。

「例えば、あたしが神無を使ったアンタと戦っても、5分以内で決着がつく」
「い、いくらなんでもそこまでは……」
 勝敗としては僕が負けるにしても、5分以内なんていくらなんでも無茶苦茶だ。
「アンタ、今日はとことん頭の回転が鈍ってるらしいね」
 そうかもしれない。いつもの僕なら井上さんの言いたいことの予想はできるはずだ。
 疲れのせいか、たまたま調子が悪いのか、今日はまったく頭が冴えない。
 井上さんの言う神無が使えない理由についても考えることすらできない。

「いい? あんたの能力は痛みを無くすだけ。それだけなんよ」
「それだけでも十分さ。傷ついても戦うことはできるじゃないか」
 どんなに深手であっても、動くことができるなら戦い続けることができる。
 それが神無の能力のメリットであり、使い道だ。
「そうかい。あたしならそんな面倒なことはしない。アンタの首を絞めて意識を狩るね」
「あ……」
 そうだ。たとえどんなに痛みがなくなっても、それをやられたらアウトだ。
 他にもいろいろある。顎を打たれれば脳震盪を起こすし、骨が折れれば動かなくなる。
 人間である以上、その弱点はどうすることもできない。

「今回はたまたま相手がマヌケだったから良かったが……次はないぞ?」
 神無の弱点。そんなこと、今まで考えることもなかった。
 頭の調子とかじゃない。自分の能力の弱点について考えもしなかっただけだ。
「アンタの能力はそれなりの戦闘ができて初めて使えるものになるのさ」
 たいした戦闘能力の無い僕には、井上さんに言い返す言葉なんて何も無かった。



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