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 私達の住んでいた地球という世界は、思った以上に優しく、生温い世界だった。
 こっちの世界に比べれば、どれだけ地球が平和な世界なのかがわかってくる。
 まさか文明が作り出す平和の素晴らしさを身をもって知ることになるとはね……。

第284話 平和だった世界 <<さやか>>

 国が守れない、見捨てられてしまう街や村が当然のように存在している。
 広い国土に散らばる街や村。そして、なによりこの世界にはモンスターの脅威がある。
 国ですべての村を守るのは私が考えるより遥かに難しいのだろう。
「んっ……んっく……ふぅっ」
 この日、何杯目になるのか覚えていないが、コップを空にしてしまう。
 本当にこの国のワインは美味しい。まぁ、こっちではプーチ酒と言うらしいが……。
「おじさ〜ん、おかわり〜」
「おいおい、嬢ちゃん。まだ飲むのか?」
 お金は田村君が持っていたのをこっそりと持ってきている。
 モルクを買ったときの余りだろうし、気にすることなく使ってしまおう。
 どうせ地球に帰ってしまう私達にはこの世界のお金に何の価値もない。
「何言ってんのよ。そんなに酔っちゃいないわよ」
 眠る気にもなれなかった私は、宿屋の一階にある酒場で酒を飲んでいた。
 この年で気付くのも何だが、どうやら私はかなりお酒に強い体質らしい。

「ったく、この緊急時だって言うのに……」
 渋々といった感じで、マスターはプーチ酒でグラスを満たす。
「……そんなの、私には関係ないわよ
 そう、関係ない。この世界もこの国もこの街も私にとって関係のないものだ。
 たとえ私達が帰った後で滅びたとしても、私は何も感じはしないだろう。

「荒れてるな……。アンタ、あのユージ・フジキの仲間だって?」
「まぁね」
 この街では藤木君はけっこう有名らしい。いったい何をやったんだか……。
(ま、いつも通り、何かを救ったんだろうけど)
 自分に関係のない世界でも人助けに必死になっているなんて理解できない。
 なにが藤木君をそこまで突き動かしているのかしら?
「なら、アイツに感謝しておきな」
「……どうしてよ?」

「アイツのおかげでアンタは絶対に絡まれないからな。
本来ならアンタみたいな綺麗な女は真っ先に絡まれるもんなんだよ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
 なるほど、私に話しかけてくる男がいないのはそういう理由があったからか。
 恐らく藤木君はあの絶対的な力をこの街の人間に見せ付けているんだろう。
「おかわり」
「……そろそろやめておけ。自棄酒にしても飲みすぎだ」
 別に今回の戦争やらなにやらで自棄になっているわけじゃない。

「お酒でも飲まないと眠れそうにないのよ」
「眠りたいだけならカポイの実でも飲めばいいだろう?」
 カポイの実? なんだかわからない名前が出てきたが、恐らく睡眠薬の一種だろう。
 確かにそれを飲めば、すぐにでも眠れるのだろうけど……。
「今は飲みたい気分なのよ。いろいろとありすぎてね」
「……これが最後だぞ? コイツを飲んだら寝るんだぞ?」
「ありがと」
 溜息をつきながらプーチ酒を注いでくれた。人のいいマスターに感謝の言葉を送る。
 ふと後ろを振り向くと、さっきまでいた数人の客は店から消えていた。
 どうやら私は本日最後の客となってしまったらしい。


 最後のお酒をチビチビと飲んでいると、ドアのカウベルがカランと音を立てる。
 どうやら閉店間際であるこの酒場に新たな客が来たようだ。
「す、すみません……。ただいま戻りました」
 その声に聞き覚えがあった私は、その姿を確認するために振り向いた。
 そこには予想通りの声の主が、予想外の姿でよろよろと歩いていた。

「後ろのソイツはどうしたんだ?」
「いえ、ちょっと……。いろいろありまして……」
 背負ったものをゆっくりと降ろし、有香は椅子に座って一息ついた。
 その背負われていたものはぐったりとしていて、どこか顔色も良くないように見える。

「こりゃ酷いな。たぶんアバラが数本折れてるぞ?」
 マスターは高槻君の身体に触りながら、怪我の状態を診察していた。
「なにがあったの?」
「ちょっと、模擬戦をやってて…………」
 どうやら戦闘訓練で有香が高槻君をボコボコにし、アバラを折ったらしい。

「何? 高槻君に恨みでもあったわけ?」
「別にそんなつもりなかったんだけど……」
 しかし、実際に有香は高槻君をボロ雑巾にしていて、彼は顔面蒼白でぐったりとしている。
「アンタねぇ……鬱憤晴らすのはいいけど、やるなら余所の人にしなさいよね」
「だから、そんなつもりないってば!!」
 マスターから怪我の状態を聞く限り、これは間違いなく病院送りコースだ。
 いったい何をやったら、その気もなく戦闘訓練でここまでやれるのか聞きたいものだ。

「とにかく風華に治してもらえば? たぶんまだ起きてると思うけど」
「そうね……って、結城さん、お酒飲んでたの?」
 私の表情はお酒を飲んでいることが簡単にわかるほど赤くなっているらしい。
「眠れなかったのよ」
「眠れなかったからって……まぁ、いいけど」
 2−Bの人間に飲酒を注意するような人は、絶対と言っていいほど存在しない。
 なぜなら、全員が飲酒を経験しているアウトロー達だからだ。

「とりあえず、風華を呼んできて。私は高槻君の武器を持ってこなきゃいけないから」
「あんな棒一本なら一緒に持ってくればいいのに……」
 有香なら高槻君を背負いながらでも、棒一本くらいはたいした荷物にならないだろう。
「そうは言うけど、あの棒……けっこう重いんだから」
「え? 重いってどれくらい?」

「たぶん……40kgはあるんじゃないかなぁ?」
「…………」
 予想の遥か斜め上をいく重量に私は驚いて声も出なかった。
 私が思っていたよりも、意志を持つ武器というのは一筋縄ではいかないらしい。
「じゃあ、高槻君のことよろしくね」
「へ? あ、ええ、わかったわ……」
 ボーっとしていたようで、有香に何を言われたのか一瞬わからなかった。

 その後、風華を呼んで高槻君の怪我を治してもらい、私は眠ることにした。
 非常識なことがたくさんありすぎて、ここでの体験がすべて夢の出来事のように思えた……。



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