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 風華さんに寝ろと脅されたが、まったくと言っていいほど眠気はやってこない。
 疲れはだいぶ溜まっているはずなのだが、目が冴えきってしまっている。
 やはりと言うか、理由はコリンとの一件があったからだろうか……

第282話 眠れぬ夜は <<健吾>>

 眠れそうになかった俺はまっすぐ部屋に戻ることなく街を彷徨って時間を潰した。
 根っからの不良体質なのか、俺は昼よりも夜の方が好きだったりする。
 昼の賑やかな街っていうのも悪くないのだが、この静けさは夜にしか出せない。
「なに感傷に浸ってんだか……」
 自分でもおかしいと思いながら、他人事のように独り言を呟く。
 思った以上に気分はスッキリしているのに、妙に落ち着かないという不思議な感じ。

 きっとコリンに俺の気持ちを全部ぶちまけちまったからだろう。
 最初はコリンのことをなんて呼べばいいかわからず、さん付けで呼んでいた。
 しかし、当の本人の「同い年なんでしょ?」ってことで呼び捨てとなった。
 俺は最初、同い年どころか年下に見ていたので、少々驚いてしまった。

 泣きたい気持ちも今はもうない。それだって全部アイツのおかげだ。
 俺の泣きたい気持ちがコリンの涙と共に吹っ飛んでいってくれた。
 だから、アイツが俺の分も含めて思いっきり泣いてくれたと俺は思っている。
「っと、いけねぇ」
 俺はとっととあの姿を、あの出来事を忘れなきゃいけない。
 人前で泣けない奴が泣いた場面なんて、早く忘れてやった方がいいに決まってる。
 それが俺なりのコリンに対する感謝の印ってことで……いいだろ?


 ふと気付くと俺は再びこの場所に来ていた。例の出来事があった高台だ。
 そして、そこにはまたしても先客がいるようだった。
 そいつは月の光の中で熱心に拳を振るい、架空の敵と戦っていた。
「なにやってんだ?」
 今度はそこにいる奴に話しかけることに躊躇いはない。
 コイツは風華さんから雄二の話を聞いて気を失っちまっていたはずだ。
 じゃあ、コイツが目を覚ましてここに来る時間まで、俺は街を彷徨っていたのか……。
 そう考えると、軽く1時間以上も夜の街をぶらぶらとしていたことになる。

「……高槻君?」
 なにをやってるか、なんてのは愚問だったが何故この場所で、と思ったのだ。
「たまにこうして身体を動かさないと鈍っちゃうから」
 いつでも臨戦態勢な女というのは如何なものなんだろうか?
 少なくとも俺はそういう女を彼女にしたいとは到底思えないが……。
 
「眠れないの?」
「いんや、寝る気がねぇだけ。疲れちゃいるけど眠れそうな気がしねぇんだ」
 かと言って、修行をしようって気にもならねぇけどな。
「私も。なんか目が覚めたらドキドキしちゃって……」
(ドキドキ……ねぇ)
 俺も似たようなもんだが、男の俺にはドキドキなんて表現はできねぇ。

「ねぇ、よかったらちょっとだけ相手をしてくれない?」
「それはアレか? 俺が苦労してつけた僅かな自信を粉々に砕くために言ってんのか?」
 今、斉藤の相手なんてしようものなら本当に自信を喪失しそうだ。
 なんせ普通の女子と見せかけて、雄二とほぼ同等の腕を持ってやがるからな……。
「そ、そんなつもりないけど……」
「本当かぁ? 実はあの時のことの復讐とかじゃねぇの?」
 モンスターと戦っていたときに言ったことで、斉藤には恨まれているだろう。
「私はそこまで執念深くないわよ! ……たぶん」
(自信ねぇのかよ……)
 恨んではいないが、まったく気にしていないというわけでもないようだ。
 まぁ、狙って言ってるから恨まれてもしょうがないけどな。

「あ、どうせならソウルウェポンを使ってやらない?」
「オイ!! やることは決定なのかよ!?」
 俺は一言もやるとは言ってないし、流れ的にもやらない方向だろ!?
「え? やらないの?」
「いや、なんていうか、やってもいいけどよ……」
 本音を言わせてもらうなら、勝てない勝負はしたくないのだが……。
 ここで勝てないと思っちまうところからして、敵わないとわかっているんだろう。
 この時点で自信はかなり喪失気味。実際にやったらマジで砕けちまうな。

「じゃあ、やりましょ。壁雲」
 斉藤が壁雲の名を呼び、両手にソウルウェポンのグラブを装着する。
 確か、あれってコップを握りつぶすぐらいの握力がでるんじゃなかったか?
 その力でパンチくらったら……俺、普通に死なねぇ?
(コイツ……実は暗殺が目的かっ!?)

「大丈夫、腕力強化はしないから」
 青ざめた俺の表情を見たのだろう。斉藤は先回りして俺に言ってくれた。
 ってことは、コイツのもう一つの能力は自分を守れない無敵の壁だし……。
 つまり、斉藤のウェポンは能力無しのただの武器じゃん。
「いや、まぁ、俺も能力は使えねぇけどな……。選里」
 俺だってこんな修行如きじゃ危険すぎてリスキーチョイスは使えない。
 要は俺は棒、斉藤はグラブという武器ありの格闘戦ってことだな。

「もし、怪我しても風華が治してくれるわ」
「言っとくけど、コイツは意外と重いぜ? 骨ぐらいは逝っちまうかもな」
 軽々と振り回せるのは宿主である俺だからで、他人には重すぎる武器となる。
 威力だってモンスターで確認済みだ。ぶっちゃけるとシャレにならない。

 斉藤がカウンター主体であることを知っていた俺は迷わず攻撃を仕掛けた。
 棒を持つ俺にとって有利な距離を保ち、薙ぎ、払い、突いていく。
「はぁっ!!」
 そんな無茶苦茶に振り回す棒を、斉藤はいとも簡単に避け続けている。
「ふっ」
 さらに攻撃の合間を縫って、接近してくるんだから凄い。
 俺も斉藤の攻撃を受けながらバックステップで距離をとらざるを得ない。
 どんどん壁際に追い詰められていることもわかっているのだが、どうしようもない。
(ちっ、さすがに凄ぇ……。武器相手でもこれかよ!?)

 必死こいて捌いているうちに、壁を背にすることになってしまった。
「くっ」
「…………」
 しかし、斉藤は攻撃を仕掛けてくることなく、ただじっと待っている。
 余裕なんだろうな。どう仕留めるかを考えているのかもしれない。
『弱いね健吾』
(んだよ、こんなときに!!)
『ま、戦い方がわかってないから、こうなるのは必然なんだけどね』
(当たり前だろ!! 棒術なんてやったこともねぇっての!!)
 わかってて言わない選里の性格は理解できたが、それでも頭にくるものだ。

『健吾は棒と考えてるから勝てないんだよ』
(あん? どういうこった?)
『棒は剣であり、槍であり、薙刀でもある。どう使うかも健吾次第なんだよ?』

 こんな時にまで選択を迫ってくる選里はとことん放任主義だ。
「いくぜ?」
「…………」
 俺は棒を横薙ぎに振ると見せかけて、そのまま斉藤に向かって投げつけた。
「えっ!!?」
 目を丸くして斉藤は驚いている。俺はこの一瞬の隙を逃さずに殴りかかった。
「もらったぁっ!!!」
「っ!! <<アースウォール!!!>>」

 急に鈍い痛みを腹に感じたと思ったら、俺の身体は宙に舞っていた。
 空と大地が逆転し、俺の身に何が起きたのかサッパリわからない。
 しかし、俺はこの攻撃のおかげで気分とは関係なく眠りにつくことができた……。



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