心労が極限まで溜まってくると人間ってやつは気を失っちまうらしい。 俺は今、生まれて初めて現実のものとしてその光景を目にしている。 そのとき俺の中に渦巻いていたものは周囲の変化に対する焦燥感だった……。 なんでだ? なんで藤木が消えてしまっただけで、ここまでの影響が出る? 本当はその理由なんて、俺が2−Bに入ったときからわかってる。 わかっていても、理解はできても、納得はできてねぇけどな……。 ガキの頃……勇者になりたいと思ったことがある。 ただ単純に勇者と言っても、俺がなりたかったのは勇気ある者じゃない。 弱い者の力になったり、多くの人達に感謝されたり、そういう存在だ。 だが、大人になるにつれて、その存在の重さを俺は身をもって知ることになる。 人を守るのは、そんなに簡単なことじゃない。強くなるだけじゃダメなのだ。 高校に入学して、俺はすぐに自分の知名度を上げることに専念した。 いくら活躍しても、人に知られなければ意味がない。そう思っていたからだ。 そんな思想のまま1年が過ぎ、俺は見事に特殊クラス入りを果たした。 そして俺は、そこで……2年B組の教室で、勇者と魔王に遭遇した……。 2年の始業式の日、既に俺は井上春香の存在を知っていた。 知っていた、と言うより知らない者の方が珍しい。いや、知らない者などいない。 入学してわずか1ヶ月であの女は絶対的な知名度を誇っていた。 それとは違い、藤木はそこまで知れ渡っているわけではなかった。 俺は藤木のことを井上の幼馴染という名の腰巾着程度にしか見ていなかったのである。 だが1ヶ月もしないうちに、その考えはあっさりと覆される。 アイツには周囲を惹きつける何かがあった。井上春香よりも、だ。 その頃から俺が脅威を感じていたのは、井上春香ではなく藤木雄二だった。 何かが違う。俺とあいつらとでは何かが決定的に違っている。 そう気付かされるまでに、そんなに時間は要らなかった。 その違いは決定的で、どう頑張ってもその領域に到達することができない。 腕力や瞬発力といった純粋な力ではなく、怒りや勇気などの感情でもない。 そういった何かが俺には欠けている。その何かは未だにわからないままだ。 それは越えられない壁であり、踏み入れることのできない領域。 俺はその壁を境界線と呼んでいる。 そして、ここに来て、その境界線を越えていった者がいる。 高槻健吾……。奴は俺と同じラインにいたはずなのに藤木と同じ領域に入った。 何が奴を変えたのか、それすらも俺にはサッパリわからない。 「じゃあ、俺達はこれからどうすりゃいいんだよ?」 頭を現実に切り替えよう。倒れた斉藤を隣の部屋へ運び、ベッドに寝かせた。 そのあと、俺達は元いた部屋に戻り、再び話し合いを始めている。 高槻はこれから自分達が何をするべきかを風華さんに聞いていた。 なんでも風華さんが言うには藤木がこっちの世界に戻ってきたくないそうだ。 俺達にできることなんて何もないんだろ? じゃあ、どうするかって? 放っておきゃいいじゃねぇか、個人の意見は尊重しようぜ。 「私達にできることがないなら、とりあえず地球に帰るしかないでしょうね」 結城の言葉に賛成だね。何も力になれないなら帰るべきだ。 一応だが、俺やみんなの家族も心配しているだろう。 なんせ俺達は約2週間ほど行方不明になっているのだから……。 「み、皆さんっ!!!」 急にレナさんが大声を出したもんだから、俺達はビックリしてしまった。 一瞬、誰が言ったのか周囲を見渡してしまったほどだ。 「と、とりあえず、今日は休みませんか? 話はその後でもいいじゃないですか!?」 休みませんか、と聞いてはいるものの、そこには断らせない必死さがあった。 おとなしい人だと思っていたが、実は俺達の前だから装っていたのかもな。 「そうね。今日は早く寝なさい。いろいろあって疲れたでしょ?」 風華さんもレナさんの意見に賛同する。まぁ、疲れてはいたからいいけどな。 「はいはい、散った散った。眠れないなら、あたしが強制的に眠らせてあげるわよ?」 冗談じゃない。気を失わせるのか、息の根止めるのか知らないがシャレにならない。 俺は早々に高槻と俺に与えられた部屋へ逃げ込んだ。 「あれ?」 俺の後ろを歩いていたはずの高槻は部屋に戻っては来なかった。 奴には聞きたいことがあったのだが、どうもおとなしく寝るつもりはないらしい。 バカな奴だ。あんな人外の存在に逆らうなんて正気とは思えないね。 「本当に強制的に眠らされても知らねぇぞ……」 まぁ、どうなっても明日になればこの世界ともおさらばだ。 クラスの奴等に俺達の冒険譚を派手に語ってやるとしようか……。 そう考えると、帰るのが実に楽しみになってくる。 クラスメイト……特に井上の驚く顔が見れると思うとワクワクしてくる。 こんな奇妙な体験をしたんだ。井上はさぞ行きたがっただろうな。 いつもへこまされてる借りを、こんな形でも返せると思うだけでスッとする。 クラスメイト達も羨望の眼差しで俺達を見るだろう。 「へへっ、めちゃくちゃ楽しみになってきたぜ……」 疲れているというのに、眠気なんて吹っ飛んでしまった。 柊の占いで金を稼いだことを話そう。 イストラでモルクを買うために飼育小屋でバイトしたことを話そう。 モルクに乗ってクェードまでモンスターをぶっちぎって走ったことを話そう。 モンスターの大群が風華さんの起こした竜巻で倒されたことを話そう。 自慢話として語ってやりたいことが沢山ある。 クラスメイトに聞かせてやりたいことがありすぎて困るほどだ。 眠くはない。地球に帰ってからのことを考えれば眠くないはずだ。 しかし、話すことを考えているうちに、何故か俺は眠りに落ちていた……。 |