あの時の高槻君に言われた言葉が私の心に今も強く重く残っている。 そこで止まってしまうなら、このまま留まり続け朽ち果てればいい。 あの時、何も言い返せなかった私だけど、少しは動きだすことができたのかな…… まだ救いだすことができる。まだ手遅れじゃない。希望は残されている。 雄二君が死んでいないという事実。それだけが私に残された一筋の光。 なにがあっても、どんなことをしても見失ってはいけない、唯一つの道しるべ。 私の魂を分け与えることはできない。それでもまだ手はあるはずだ。 たぶん、私だけじゃない。他の人の魂では代わりにならないんだろう。 それに分け与える方法だって、私じゃ見当も付けられない。 (考えて……考えるのよ……今の私にはそれくらいしかできないんだから!!!) 結城さんと風華が何やら喋っていたが、まったく耳に入らない。 とにかく、失われた魂を取り戻す方法を見つけださなくてはならない。 「戻ったぜ」 高槻君が戻ってきた。風華の言っていた通り、コリンさんを連れて……。 「高槻君……」 「なんだよ? 愚痴なら間に合ってるぜ?」 あの時と同じ言葉を私に投げかける。彼の表情には怒りも笑みもない。 ただなんとなく同じ言葉を言ったのかもしれないけど、試されてるような気がした。 「私は諦めたりしない。動かずに朽ち果てるつもりもないわ」 私は、あの時の言葉に対してハッキリと言い返した。 「…………」 「…………」 じっと私の顔を見る高槻君。まるで私の表情から何かを探っているようだった。 負けじと目をそらすことなく高槻君の目を見つめ返す。 数十秒ほど睨み合いのような時間が続いたあと、高槻君が口を開いた。 「遅ぇんだよ、そうなるのが。もっと早く切り替えろよなぁ」 そう言ってニヤリと笑った。 その表情を見て、なんとなくわかったような気がした。 彼はあの時、私をどん底に突き落とすために、あんなことを言ったんじゃない。 ああ言われたあとの私に何かを期待していたんじゃないか……と。 「ほい、レナさん。これ、ありがとな。役に立ったよ」 「いいえ、どういたしまして」 そう言って高槻君はレナさんにハンカチを返した。 「でもさ……一つだけ納得できねぇことがあるんだよ」 「はい? なんでしょう?」 レナさんは自分にかけられる言葉がどんなものなのかわかっているようだった。 そして、それは私にもわかる。この部屋で話していた一つの疑問。 「なんで俺がコリンを見つけるってわかったんだ?」 予想通りのセリフに私は笑みを隠すことができなかった。 それはこの部屋にいる皆も同じようで、微かに笑いながら高槻君を見ていた。 「なんのことでしょうか?」 「いや、だから、俺がコリンに会うと思ったから、これを渡したんだろ?」 レナさんはとぼけた表情で、自分の予想と願望を明かしたりはしない。 「いいえ。そんなことは微塵も思ってませんでしたよ」 「本当かよ……」 「ええ」 高槻君が疑いの眼差しで見ていたが、レナさんはそれに動ずることはなかった。 だが、その微笑みからは自分の願いが叶ったことに対する喜びが感じ取れた。 「さて……心の傷も少しは癒えたかしら?」 それは誰に対して言ったのだろう。風華が冷ややかな口調で話し始めた。 「私達のこれからを話しておかなきゃいけないの。悪いわね」 ちっとも悪いと思っていないような態度で一気に現実に引き戻す言葉を吐く。 「そうね。もし、今の状況の解決方法があるのなら、聞かせてもらえるかしら?」 結城さんはすぐさま頭を今の問題に切り替えると、風華に打開策を尋ねた。 ずっと考えても出なかった答えだけど、私はなんとなく予想できていた。 その答えは風華にしか出すことができないんじゃないか、ってこと。 他人の魂がダメなら、本人の魂を使うしかない。 そして、同じ魂を共有している風華なら雄二君を助けることができる。 「方法は二つよ。一つは、雄二が自力で自分の魂を取り戻すこと。 そして、二つ目は……あたしがなんとかして雄二に自分の魂を取り戻させること」 「ま、風華さんなら。いや、風華さんにしかそれはできねぇよな」 高槻君もわかっているんだろう。覚醒者なら、そこまでは推理できる。 私は他人の魂を分け与えることができるかを確認して、ようやく推理できた。 「たぶん、雄二は魂の領域にいるはずだ。だけどよ、引っ張ってこれるのか?」 魂の領域? 高槻君の口から私の知らない単語が出てきた。 「健吾君、魂の領域を知ってるの?」 「ああ、選里とちょっと、な……」 選里。高槻君のソウルウェポン。それと魂の領域という単語に何の関係があるの? 「ちょっと確認していい? どっちの方法も私達には動きようがないんじゃないの?」 「あ、そうだな。確かに俺達にゃどうしようもねぇじゃねぇか」 結城さんの疑問点に田村君も賛同する。私も同感だ。 「当然よ。これは私と雄二の問題……と言いたいところだけどねぇ」 溜息混じりに風華さんが肩をすくめる。 「何か問題でもあるの?」 風華は苦虫を噛み潰したような顔をするだけで、何も答えようとはしない。 言いづらそうに口を開いたり閉じたり、と繰り返している。 「有香ちゃん。これから、かなり衝撃的なこと言うけど……心の準備はいいかしら?」 「え?」 衝撃的なこと? 今の状況下で衝撃的なことなんて早々あるものではない。 そして、その内容は当然、雄二君に関係することなのは言うまでもない。 私は意を決して、首を縦に振った。 「雄二ったらね。あたしとの繋がりを拒絶しちゃってるのよ」 「? どういうこと?」 繋がりの拒絶、といきなり言われてもよくわからない。 彼は今、私にとっての壁雲と同じように、風華の中にいるはずだ。 雄二君が風華を嫌いになって話すことすら辞めてしまったということだろうか? 「つまり……雄二はこっちに戻りたくないって思ってるってことよ」 「……え…?」 一瞬、何を言われたのかを理解することができなかった。 雄二君が現実の世界に戻ってきたくないって思ってる? それって絶対おかしいよ……。だって……だって戻ってくるって言ったんでしょ? 絶対に帰ってくるって私に言ってくれたんだよね? 考えられたのはそこまでだった。頭が真っ白になって、そこで私の意識は途切れた……。 |