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 そう、俺も彼女も斉藤も……井上ですらも、アイツには敵わない。
 俺達は雄二からしてみれば、何の支えにもならないほど弱い存在なんだ。
 例え共に戦うことが出来たとしても、それじゃあ意味がねぇじゃねぇか……

第278話 人のない街の片隅で3 <<健吾>>

 思い切り情けない自分を曝け出している。
 それが恥だということはわかっているが……今くらいいいんじゃないだろうか。
 散々戦って、傷ついて、苦しんだんだ。これくらいの報酬はあってもいいだろ?
「悲しいってのもあるけどよ。それと同じくらいに悔しいんだよ」
 親友のくせに、何の力にもなってやれない。そんな自分がムカつくぜ。
 不甲斐ない、情けない。そんな感情が身体中を駆け巡っているような嫌な感じ。
 体調、精神状態、今の状況、未来。どれをとってもマシなものなどありゃしない。
 とんでもない絶望の渦中に突き落とされちまったもんだ。
「アンタもそうなんだろ?」
「…………」

「アンタだって、俺と似たようなもんだろ?」
 黙っている彼女に構うことなく俺は口を開く。
 悲しくて、悔しくて、逃げ出したいくらい自分が惨めなんだよ……。
 誰かと一緒にいるのが嫌になって、誰もいない場所を求めたんだ!!
「悪いけど、私は違うわ……」
「え?」


「違う……。私はそんなに立派な理由じゃない!!」

 予想もしなかった怒鳴り声に驚いてしまった。
 怒鳴ったのもそうだったが、彼女の回答も完全に予想外だ。
 なら、いったい何を思ったんだ?
 何を思い、何に耐えられず、この場所で一人になったんだ?

「私だって悲しい。でも、あなたに言われるまで悔しさなんて微塵も感じなかった……」
 悔しいと思ったのは俺自身の弱さを思い知ったからだ。
 彼女が悔しいと思う理由なんて、彼女の言う通り、微塵もないはずだ。
 それに自分が弱いから悔しいなんて理由は俺が思うに、全然立派なものではない。
 じゃあ、いったい俺の理由のどこらへんが立派なんだ?

 彼女が何に対して落ち込んでいるのか、俺にはさっぱりわからなかった。
 だからといって、それを軽々しく聞くのも躊躇われる。
「…………」
 結果として、俺は何も言えずに沈黙を保ち続けるしかなかった。


「あなた、この戦争で私の故郷がどうなったか知ってる?」
 彼女の故郷がどこかもわからない俺が知ってるわけがない。
 いや、ちょっと待て。彼女は最初に俺に向かってなんて言っていた?

何? レナ姉さんに言われて来たの?

 彼女が『レナ姉さん』って言うってことは……レナさんと同じ故郷ということだろ?
 知ってる。彼女の故郷を俺は知っている。名前だけだけど確かに俺は知っている。
 そして、その故郷がどうなってしまったのかも!!

「……ああ、知ってるよ。雄二に聞いた」
「そっ。なら話は早いわね。私はね、シア村を守るために学院に入ったの。
あの村にはモンスターとまともに戦える人なんてほとんどいなかったから……」

 コリンさんは急に身の上話を始めた。異世界の奴の身の上話……か。
 俺達地球の人間とは違った、この世界の人間の話を聞くのは妙な感覚だった。
「学院ってなんだ?」
「クェード王国国立魔術学院よ。アンタも知らないの?」

「しょうがねぇだろ? 俺、こっちの世界の人間じゃねぇもん」
 アンタも、ってことは以前に誰かに同じ質問をされたんだろう。
 雄二か谷口か斉藤か……。恐らく雄二だろうな、と勝手に予想する。
「ねぇ、さっきから気になってるんだけど、聞いてもいい?
あなたがさっき言った、こっちの世界の人間じゃないってどういうこと?」

「あ? 雄二から聞いてねぇのか? 俺も雄二もこの世界の人間じゃねぇんだ。
俺も雄二も、あの宿にいた仲間全員、地球っていう別の世界からこっちの世界に来てんだよ」

「……え? え? ちょっと、ちょっと待って!!」
 コリンさんはなにやらブツブツ言いながら考え始めてしまった。
「違う世界……別の世界から来た。リオラートとは違う世界が存在する。
たぶん、大陸が見つかったとかそんな話じゃない。もっと別次元の話よね……」
 独り言らしいが、しっかりと聞こえてしまっている。
 顎に手を当ててブツブツと言っているその姿は、かなり異様な光景だった。
「ああ、完全に違う世界だぜ? 魔法もモンスターもねぇ楽な世界さ」
「……信じられない。じゃあ本当にこことは別次元にもう一つの世界があるってことじゃない」
「そうだっつってんだろ? 鈍い奴だな」
 俺も信じられなかったが、実際に見るもん見ちまった今となっちゃ信じるしかない。

「んなことより、続き話せよ。シア村守るために学院に入ってどうしたんだよ?」
「そんなこと!? これって世界の常識が覆るほどのとんでもないことよ!!?」
「あ〜、俺の中じゃとっくに覆ってっから気にすんな。続き話せ」
 ウェルティやらモンスターやら魔法やら……異常の連続に慣れちまった。
 そうしたグチャグチャしたものが、俺の中でまとまり、常識になりつつある。
「…………。チキュウとやらの話は後で聞くとして……続きね」
 続きを急かす俺に観念したのか、脱線した話を元の位置に戻してくれた。
「魔法を身につけて、強くなったわ。私は攻撃魔法科で主席にまで上り詰めた。
この戦争が起きて、クェードにいた私はシア村へ向かったわ……村を守るために」
 どんなに強い奴でも、その場にいないんじゃ意味がない。
 彼女は間に合わなかったんだろう。なんせ当の村は滅んでるんだから……。

「でも、着いたころには遅くてね。村はモンスターで溢れかえってた。
私はせめて村を取り戻そうって戦ってたけど……結局は雄二に助けられてた」
 それを悔しいと思ったわけでもなさそうだ。
 もっと、それとは違う。何かがあるはずで、それはこれから語られる。
「そしてこの街で……。あなたも街に入るときにモンスターの残骸を見たでしょ?」
「あ、ああ」
 見た。グチャグチャで見る影も無い。何の躊躇も無い惨殺の跡。
「あれ、やったのユージよ。私の目の前で……ね」
(やっぱりな……。そうじゃねぇかと思ってたんだ)
 予想できていたことだったので、そこまで驚くことはなかった。

「敵陣の真ん中に突っ込んで、見境無く斬り捨てて、竜巻を起こしてバラバラにする。
私はそんなユージが……怖くなったのよ。そして私は、私は……アイツを殺そうとした」
 俺だって、ありゃヤバイと思ったぜ?
 なんせ俺の顔すら判断することができなくなっちまってたんだから。
「容赦なく、全力で、アイツに魔法を撃ったわ。
すぐに我に返ったけど、返った頃にはユージはもういなかった……」
 ああ、なんとなくわかった。コリンさんが言う立派じゃない理由。

「謝りたいって思ってたのにっ!!! ごめんなさいって言いたかったのにっ!!!!
なんで!? なんで帰ってこないのよ!! 私に謝ることもさせてくれないのっ!!!?」

 ただ、謝りたかっただけなんだ……。悲しいんじゃない悔しいんじゃない。
 自分がやってしまった過ちを悔いていて、許しを得たいだけなんだ……。
 涙を流して懺悔をする彼女はずっと耐えていたんだろう。
「…………」
 気付けば俺は彼女を頭を抱き、自分の胸に押し付けていた。
 なんでだろう。なんでか知らないけど、こうしなきゃいけない気がした。
「泣けよ……。思いっきり泣いちまえ」
 俺は、せっかく今まで頑張って耐えてきた彼女に何を言っちまってるんだろう。

「泣いちまってもいいんだ。泣いても何も変わらねぇし、
雄二が許してくれるわけじゃねぇけど、泣くことくらい……いいじゃねぇか」

 泣きたいときに泣けねぇ奴なんて不幸だ。そしてコイツは不幸だった。
(大丈夫。誰も見てねぇ。だから全部流しきっちまえ)
 コリンさんは本格的に泣き始め、声の限りに喚いた。
 そして、彼女の涙はシャツを濡らし、痛みとなって俺の胸に残った……。



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