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 なんだろう、このなんとも言えないような不思議な感じは……。
 何も言わずに隣に座っているだけなのに、それがすごく落ち着く。
 ただ、彼がいるだけで私の気分はだいぶ楽になっていた。

第277話 人のない街の片隅で2 <<コリン>>

 ケンゴは何かを話し始めることもなく、ただ隣に座って街の外を眺めていた。
 落ち込みに来たはずなのに、私に愚痴をこぼすこともない。
「ねぇ……今、何を考えてるの?」
「え?」
 街の外をじっと見ていたのに、私の呼びかけに彼は俊敏に反応した。
「今、何考えてるの?」
 反応はできたものの聞き逃したようなので、もう一度問いかける。

「たいしたことじゃねぇよ」
「……。たいしたことじゃないなら教えてくれてもいいじゃない」
 私の切り返しにケンゴは数秒ほど迷い、諦めたように口を開いた。
「いや、こういうとき、なんて言ったらいいんかなぁ……って」
 予想もしていなかった答えに一瞬、唖然としてしまった。
 彼はユージのことや戦争のことを考えずに、私に言うべきことで悩んでいたのだ。

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「何よ?」
「お前、ユージの知り合いなんだよな?」
 何を今更……知ってるに決まってるじゃない。
 ケンゴがユージの友人であることも、言われなくたってわかる。

「知り合いっていうか、婚約者よ」
 まぁ、お父さんが勝手に言ってるだけだけどね、と心の中で付け加える。
「嘘だろ!?」
「ええ、嘘よ」
「…………」
 騙された悔しさからか、ケンゴはじっと私を睨みつけた。

「そんなに睨まないでよ。半分は本当なんだから」
「半分? 半分ってどういうことだ?」
「私のお父さんが勝手に言ってるだけ。当の本人達の意見を無視して……ね」
 別に隠すようなことでもないので、正直に真実を話した。
 今となっては、あの頃が随分と昔のことのように思える。
 強くなってアイツを驚かせてやろうと思っていた。
 たくさん魔法を学んで、躍起になってアイツを追いかけていた。

 だが、実際に会ってみれば、あいつはもっと強くなっていて悔しかったな……。
 それなりに私も強くなったのに、シア村ではユージに助けを求めてしまった。
 だから恐ろしいと思ってしまったのだろうか?
 自分を遥かに上回る速度で成長していたユージの力を……。
「そりゃ、なんていうか……空回ってんな。お前の親父さん」
 その通り。お父さんが一人で空回ってただけなのだ。
 私とユージが戦うことになったりしたけど、結果は何も変わっていない。
 特に好きになったというわけでもなく、恋愛感情は皆無だ。たぶん……。

「でも、その時間が楽しかったろ?」
「え?」
 急に意味のわからない質問をされて、私は聞き返した。

「今、思い返してみるとさ、アイツといて楽しくないときって無いんだよなぁ……」
 しみじみと話す口調から、ケンゴとユージの仲の良さが読み取れる。
 おそらく、とても仲が良く、付き合いもそれなりに長いんだろう。

「本当に……本当に楽しかったんだよ。ユージと一緒にいるのは……」
 悲しみに満ちた顔……。突然そんな顔をするのは卑怯だと思う。
 だって愚痴を言わないという制約が私達の間にはあったはずなのだから……。
 その制約があったからこそ、私も愚痴をこぼさないように気をつけていた。
 一度愚痴をこぼしたら、お互い止まらなくなりそうだってわかっていたから。

 別にどっちが先に愚痴をこぼすか勝負していたわけじゃない。
 落ち込みに来ているのなら愚痴をこぼすのは正しい姿であるとも言える。
 だけど、それを急に始めちゃうのは……やっぱり卑怯だと思う。

「もう負け。降参。こんな意味のねぇ我慢大会やってらんねぇよ」
 ケンゴも勝負のようなことをしているつもりだったのだろう。
 負けを認める。つまり、彼は愚痴を吐き出してしまいたかったのだと思う。
 私だってそうだ。言い出したくてたまらなかった。
 互いに同じことで落ち込んでいるのなら、愚痴をこぼしあってもいいじゃない。
(私は何を躊躇っているの?)

「初対面のアンタにこんなこと言うのは、かなり抵抗あるんだけど……」
 ケンゴの前置きのセリフが、そのまま私の理由として当てはまる。
 初対面の人間に話すようなことじゃないというのも理由の一つだろう。
「アイツとは、ずっと一緒でかなり長い付き合いだったよ。
中学の頃から……っつってもこっちの世界の人間にゃわかんねぇか……」
 私は意味のわからない言葉よりも、こっちの世界という単語が気になった。
 まるでこの世界が自分のいる世界ではないような言い方だ。
 何かの比喩的表現なのか、それとも……本当にリオラートとは別の世界があるのか。

「だからさ、わかるような気がするんだよ。アイツが考えてたことがさ……」
「ユージの考えていたこと……?」
 あそこまで残虐にモンスターを殺し尽くした風の王の思想。
 誰かの力を借りることなく、たった一人で戦い続けた理由。
 私には到底理解できそうにないものばかりだ。
「アイツ、たぶん知ってたんだ。自分が消えちまうこと。それと……」
 そこでケンゴは一度言葉を切り、私に言うことを躊躇うように続ける。

「そこまでやらないと、この国の戦争が終わらないってことを……」
 確かにユージは、何年振りかもわからない、この戦争で圧倒的に活躍した。
 その功績はシア村どころか、クェードの英雄と呼ばれるほどのものだろう。
(誰かがその戦いを知っていればね……)
 戦乱の中であの速さだ。個人の特定はかなり難しいことだと思う。
 ユージの活躍だと理解できるのは……今、ジタルにいる人くらいだろう。
「俺を頼ってくれれば、って思ったりもしたけど違うんだ……」
「違うって……何が?」

「ユージは頼らなかったんじゃねぇ。頼れなかったんだ。俺が弱かったせいでな」
 その言葉を聞いた瞬間、私は絶句した。
 何かで頭を殴られたような、そんな衝撃を受けたような気がした……。



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