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 大まかにだけど、魂と精神力の関係が掴めてきたと思う。
 そして、藤木君がやったこと、風華の問いの答えもなんとなくわかる。
 この条件だと、泉の水を早く貯水池に運ぶ方法は一つしかないんだから……。

第276話 活路 <<さやか>>

 しかし、そんなことが人間にできてしまっていいのだろうか?
「簡単じゃねぇか。泉の水を汲んでくりゃいいだけの話だろ?」
 それは違う。泉の水を直接汲んでも精神力として使うことはできない。
「ハズレ♪ 水は貯水池に入って初めて使うことができるって言ったでしょ?」
 風華さんは表情を変えることなく田村君に条件を言い聞かせる。
 貯水池、つまり宿主の精神力となってからじゃないと使うことができない。
 
 その条件から出てくる答えなんて一つしかない。
 泉の水を一度に大量に貯水池に運べばいい。それだけの話だ。
 藤木君が何をやったのか。私はもう原因を理解することができてしまった。
「泉の水の量は……常に一定じゃないといけないのね?」
「…………そうよ」
 最後の確認。これですべてのピースが集まり、パズルは完成した。

「そういうことですか……」
 どうやら珠緒も話だけは聞いていたらしい。
 ずっと表情を変えないものだから、私には判断がつかなかった。
 そして、珠緒も答えに辿り着いたらしい。

 有香も顔を見ればすぐに答えを理解したことがわかる。
 青ざめたその表情と涙を溜めた瞳。
 自分の出した答えが違っていて欲しいとでも思っているのだろうか……。


 自分の思い描く答えには自信があった。確信と言ってもいいほどに。
 有香は答えを聞くことで、また希望を一つ失うだろう。
 だけど、私は躊躇ったりしない。私達はこの先を聞かなければならない。

「川の横幅を広げた……」
「……正解よ。あの子は川の幅を広げることで厖大な精神力を得たの」

「でも、そんなことできるものなの?」
 魂からの供給精神力を操作するなんて、人にできることではないと思う。
 だいたい魂の概念すら理解できないのに、その先を考えられるわけがない。
 そんな曖昧なものを理解し、ましてや調節するなんて……。
「できないわ。藤木雄二という例外を除けば……ね」
「藤木君だけが例外?」
「そ、あの子は魂を使える者だったの。
たぶん、今、この世に二人といない超希少な存在よ」

 ふぅん、あの藤木君が……ねぇ。
 どうにも信じがたい事実だった。魂使い、か……。
「変わってるとは思ってたけど、まさかそこまで非常識に変わってるとはね」
 だとすれば、藤木君はとても不幸な人だ。
 魂を使える身で、ああいう性格を持ってしまったのだから……。

「泉に湧く水の量を上回るほどの水を貯水池に送れば、当然泉の水は減るわ」
 そして、自分の魂を削っていった。
 その結果、藤木雄二という人間は消え、代わりに風華が現れた。
 答えはシンプル。やはりと言うべきか、藤木君の自業自得だ。

「救いようのないバカね……。本当に、救いようがない……」
 これは本来、私じゃなく有香が聞くべきことだ。
 活路を模索するのは私の役目じゃない。

 再び、有香を見る。青かった表情は白くなり、涙は既に流れていた。
 拭っても拭っても零れ落ちる涙を何度も何度も拭っている。


わかってんの? これ、本当はアンタが聞かなきゃいけないことなのよ?
泣いてるだけじゃ、悲しんでるだけじゃ活路なんて見つからないんだからっ!!!

 同情なんてしない。事実を受け止めることもできない人に同情なんてしない。
 たとえ二度と藤木君が帰ってこないとしても、私は同情なんて絶対にしない!
(有香……。アンタこのままでいいの!? なんとかする気もないっての!!?)
 泣いたって喚いたって藤木君が帰ってくるわけじゃない。
 だったら少しでも力になれるよう努力するのが有香の役目だ。

 クラスメイトのよしみで一歩目だけは助けてあげる。でも、ここから先は有香次第。
 本当なら私は怒りに任せて有香に思っていたことをぶつけている。
 けれど、私には有香がどれほど悲しんでいるのかわからないから……。
 恋も愛も知らずに生きてきた私が言っちゃいけないような気がする。

(だから、見せてよ……)
 人を好きになるってどういうことなのか……
 漫画でも小説でも映画でもない、本当の恋愛がどれほどのものなのか。

 ただ消えてしまっただけで諦めてしまうような想いじゃないはずだ。
 だったら、泣いてなんていないで活路を見出してほしい。
 私に人を好きになることの意味を教えてほしい。

 たった数ヶ月の付き合いだけどわかる。有香は諦めの悪い人間だ。
 藤木君のこととなると有香の辞書からは諦めるという言葉が消滅する。
(そうでしょ? 諦めるなんて、有香にとってはまだ早すぎるもんね……)
 私は、有香がこの悲しみの中に活路を見つけてくれると思っている。
 だから私は待つ。

 十分くらい経った頃、有香の泣き声が小さくなり、涙も止まってきた。
 その間、誰も有香を慰めることなく、じっと見ているだけだった。
 皆は有香の涙を見て、何を思っていたんだろう。
 私はただ泣きやむのを待っていただけだったけど……。

「風華…………」
 有香が口を開く。声は小さかったが、なんとなく力強いような声だった。
「……何?」


「私の魂を……雄二君にわけてあげることはできないのかな?」
「!!!」
 驚いて声も出ない。なんてことを言い出すのよ、この子は……
「本気?」
 有香は当然と言わんばかりに頷く。躊躇いなど微塵も見られない。

「ちょっ、何言ってんのよ!! その意味わかってるの!!?」
「私が雄二君にしてあげられること、他に何もないから……」
 狂ってる。正気の沙汰じゃない。
 あまりのショックに壊れてしまったとしか思えない。

「有香ちゃんがそんなことして、雄二が喜ぶと思う?」
「そ、そうよ!! アイツが喜ぶわけないじゃない!!」
 風華も反対らしい。私も当然反対だし、誰も賛同する人はいない。

「そんなの関係ない!!! できるの!? できないの!!? 答えて!!」
 そうだ。有香は諦めが悪いだけじゃなく、相当な頑固者。
 一度決めてしまったら、まっしぐらに進んでしまう性格だった……。

「…………できないわ。残念だけどね」
 風華は静かに淡々とした口調で、キッパリと否定した。
 だが、私には風華のその言葉が本当だとは、どうしても思えなかった……。



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