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 なにを思ってレナさんは俺にハンカチを渡したんだろう?
 そんなに俺が泣きそうな顔をしてたのか、それとも他に理由があるのか。
 俺は、何に使うために渡されたのかもわからないハンカチを握り締めていた。

第274話 人のない街の片隅で1 <<健吾>>

 あんなに人がいたら落ち込むことも泣くこともできやしない。
 俺は宿屋を抜け出した後、誰も来ない場所を求めて歩きだした。

 俺はあのとき、馬鹿みたいに必死になって戦っていた。
 だけどそれは、いつでも終わらせることのできる戦い……。
 俺は結局、おまけで戦ってただけに過ぎなかった。
 雄二が消えて、風華さんが出てきた時点で戦争は終わっていたんだ……。

(戦争に参加した気になっていた俺はただのマヌケじゃねぇか……)

 命を懸けて戦っていた戦闘が実はただの残務処理でしかなく、
 その残務処理ですら、俺はまともにこなすことができなかった。

「ちくしょう……」
 誰かに言いたかったわけでもなかったのだが、自然と口に出してしまった。

 じゃあ俺はいったい何のために戦っていたのか。
 俺達の日常を奪った奴への報復。それすらもできなかった。
 なんで俺は選里の力を手に入れてまで戦ったのか……。
 いや、戦いですらない。あれじゃまるでただの戦闘訓練だ。
「俺は修行をしたかったわけじゃねぇんだよ……」

 助けられ、支えられて生きていた。助けることなく、支えることなく生きていた。
 流れに乗って、ただただ流されるままに生きていた。
 そんな自分に気付き、選里に選ぶことを教わった。
 自分で道を選び、自分で未来を掴み取ろうと、動き出すこともできた。
 だけど、やっと選んで進んだ道の先には、結局、何もありはしなかった……。

 落ち込んで当然だろ? 惨めすぎて泣けてくるだろ?
 だって俺は雄二を助けることもできず、支えてやることもできなかった。
 それだけじゃねぇ。代わりに戦ってやることすらもできなかった!!!


 人を避け、騒音を避け、一人になれる静かな場所を求めて俺は歩き続けた。
 そして、ようやく見つけた。周囲に人目もなく、誰もいそうにないような場所。
 その場所は建ち並ぶ建物の間にひっそりとある路地を抜けたところにあった。
 緩やかな階段を上った先には街の外にある草原を一望できる高台があったのだ。
 普段なら人がいるのだろうが、戦争直後の今ではまるで人気がなかった。

 しかし、よく見るとそこには先客がいて、そいつは膝を抱えて座り込んでいた。
 その先客は赤い髪の女……コリンと呼ばれていた女だった。
 コイツが飛び出し、行き着いた場所は、偶然にも俺と同じ場所だったらしい。

(ここもダメか。いい場所だったんだが……)

 黄昏るには絶好のポイントだ。彼女もそう考えてここに来たのだろう。
 それにしても、彼女も相当落ち込んでいるようだ。
 雄二とはそれなりに仲が良かったのだろう。
 抱えた膝に顔を埋めて、可能な限り小さくなっている。
 まるで、誰にも見つからないように、その姿を隠しているみたいだった……。

 こういう場合、俺はどうすればいいんだろう。
 このまま立ち去るべきか、それとも声をかけるべきか。
 声をかけるにしても何を言ったらいいんだろう。

「……なに見てんのよ」
 どうするべきか考えているうちに、向こうが俺の存在に気付いてしまった。
 こちらを見るどころか、顔を上げることすらせずに話しかけてきた。
「え、いや、その……」
「見せ物じゃないのよ。とっとと消えなさいよ」

 なんて答えようか考えている間に、相手はどんどんまくしたててくる。
 気の強い女だ。井上や結城と似たようなタイプだな……。
「耳ついてんの? 私は消えろって言ったのよ?」

 我ながら悲しいことだが、こういうタイプの相手は慣れてしまっている。
 残念ながら……俺は、その程度の言葉で怯む人間じゃなくなっている。
 それどころか、こんなことは日常茶飯事くらいに思える。

(初対面じゃなけりゃ……な)

 正直、俺は面食らっていた。怯んだわけじゃないが、驚いていた。
 初対面の相手への第一声が「消えろ」では、驚くのも無理ないだろ?
「…………」
 なんと言ったらよいのやら……、なにを言っても文句が返ってきそうだ。

「アンタねぇ!! いい加減にしな…さい……よ?」

 痺れを切らしたのか、彼女は顔を上げ、勢いよく文句を浴びせかける。
 しかし、その勢いは俺と目があった途端、みるみる衰えていった。
「……ども」
 なんだか気まずい雰囲気を払拭するために俺はとりあえず挨拶から入ってみた。
「あなただったの……。何? レナ姉さんに言われて来たの?」
 俺の顔ぐらいは見ていてくれたようで、殺伐とした対応は鳴りを潜めた。
 しかし、そう考えると、どうやら彼女は相手も知らずに文句を言っていたらしい。

「いや……そういうわけじゃないんだけど」
「だったら何? 哀れみや同情なら要らないわよ?」
 こっちもかなり参ってんのに、んなことやってる余裕があるかっての。
「そんなんじゃない。俺はただ、たまたまここに来ただけだ」
「だったら、なんでずっと見てたのよ?」
 それは……たぶん、俺と同じ理由で彼女がここにいると思ったから。
 一人になれる場所を求めて、行き着いた先がこの場所だったのだと思ったからだ。
 彼女は俺と似たような気持ちでこの場所にいるような気がした。
 だから、何も言えずに俺は見ていることしかできなかった。

「だいたい何しにこんな所に来たのよ?」
「そりゃたぶんそっちと同じ。……落ち込みに来たんだよ」
 正直に話す。一方的なシンパシーかもしれないが、そう思っただけだ。
「…………」
「…………」
 彼女は何かを測るように、俺の顔をじっと見ていた。
 そして、じっと見られている俺も視線を外すことなく彼女を見る。

「…………いつまでそこに立ってるのよ」
「へ?」
「私と同じで、落ち込みに来たんでしょ? 隣……座りなさいよ」
 彼女は、しばらく俺を見たあと、あっさりとその事実を認めた。
 そして、あろうことか、俺がこの場所に居ることを許した。
「お、おう」
 そんな彼女の気持ちに嬉しさを感じながら、俺は彼女の隣に座った……。



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