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 戦いは風華さんのおかげであっさりと、たった数分で終わった。
 この戦いには、俺が参戦する必要も、彼女を助ける必要もまったくなかった。
 それでも戦わせてくれた風華さんに、俺は感謝はしても恨むことはないだろう……。

第273話 悲しみの凱旋 <<健吾>>

 俺達はモルクに乗り、街道をひたすら進んでいた。
 風華さんは100km/hの速度に徒歩で付いてきているのだが、誰も何も言わない。
 質問とかツッコミ以前に、誰も一言も発していない。
 表情も暗く、なんていうか敗戦ムードが漂っているような気がする。
 勝利と言うには、あまりにも後味の悪すぎる終わりだ。 

(ま、この場で明るくってのも無理があるよな……)

 ここで無理矢理明るく話しかけたって、空気の読めない奴になるだけだ。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 何かを言えば、止まらなくなる。止められなくなっちまうような気がする。
 だから俺達は黙っていた。モルクの足音がうるさく聞こえるほどに……。
 

「ま、まぁ……なんにせよ、これでやっと地球に帰れるじゃねぇか!!」
 だが、このパーティーには、その空気が読めない奴がいるわけだ。
 誰かなんて言うまでもない。気を遣ってやっているんだろうが、逆効果だ。

 この状況下で明るい話題を出したって何の慰めにもならない。
 悪い奴ではないんだが、田村の言葉に俺は苛立ちを感じていた。
 頼むからもう何も喋るな、と言ってしまいそうになるが、何とか抑える。

 ふと、斉藤を見てみると、手綱を思い切り握り締め、怒りを抑えていた。
 おそらく斉藤の言いたいことは、俺の言いたいことと同じだろう。

お前にとっちゃ雄二が消えたことはどうでもいいのかよ?

 田村の言葉には、少なからずそういう意味があった。
 だから斉藤はああして怒っている。俺も苛立ち腹を立てている。
「田村君」
「あ、え……なんスか?」
 その田村に声をかけたのは、モルクに乗っていない風華さんだった。
 田村は初めて風華さんに声をかけられて、少し戸惑っていた。

「この世界は面白かった?」
 意図の読めない風華さんの質問に、田村は少し考えてから答えた。
「……わからねぇス。でも、状況が状況ならもっと楽しめたと思う」
 その意見には俺も同感だ。こんな状態じゃなけりゃ俺も笑ってたと思う。
 どんな状態なら笑えたのか、なんて考えるまでもない。

「じゃあ、また来たいと思える?」
 風華さんの質問は続く。俺には依然として質問の意味がわからない。
「それは……思えない。もう俺は来たくない」
 田村はやや迷いながらも、この世界を拒絶した。
「そうね。そう思うのが普通だわ」
 それきり、風華さんは黙り込んでしまい、会話もなくなった。
 結局、風華さんが何を言いたかったのかはわからないままだった。



 俺達は数時間ほどモルクに乗って走り続け、ジタルという街が見えてきた。
 しかし、街に入る寸前で俺達はまたしてもモンスターを見ることになった。
 モンスター、と言ってもグチャグチャに引き裂かれた残骸だったが……。
「雄二君が助けられているなら、レナさんはこの街に避難してるはずだわ」
 その点に関しては問題ない。あいつは無事だ、と言っていた。
 この街にレナという名の召喚士がいる。雄二が守った俺達が地球に帰る絶対条件。
 つまり、俺達はようやくこの世界からおさらばできる。俺達の旅は終わったのだ。

 だけど……足りない。俺達が日常に帰るには大きなものが一つ欠けている。
 それを取り戻せるのかは風華さんが知っているわけだが、聞くのが躊躇われる。
 ジタルの街に入った俺達は宿屋の一室で長時間酷使した身体を休めていた。

 そこに二人の女が入ってきた。一人はエメラルド、もう一人は赤い髪だった。
 こっちの世界はファンタジーっぽく、いろんな髪の色をした人がいた。
「ユカさん……。無事でよかったです」
「レナさん、コリンさん。二人とも無事みたいね」
「…………」
 どうやらエメラルドの髪の女がレナ。赤い髪の方はコリンという名らしい。
 このどっからどう見ても、普通の女の子みたいな奴が召喚士?
 俄かに信じられなかったが、斉藤がそう言うってことは間違いないのだろう。

「シア村の人達は、大丈夫ですか?」
「はい、怪我した人はコリンさんが治してくれましたから……」
「そう……」
 この人達もわかってる。聞きたいのに、あえてその話題を外している。
 なんでこの場所に雄二がいないのか。そして、その答えを知っているんだろう。

「この人達は?」
「ええ、私の旅の仲間達です」
 斉藤は俺達の方を向く。その表情は、普段通りを装っているのがバレバレだった。
「左から、ケンゴ・タカツキ君、ナオト・タムラ君。
サヤカ・ユーキさん、タマオ・ヒイラギさん。そして……風華」
 こっちの名は英語式らしい。俺はこっちじゃケンゴ・タカツキになるわけか……。
 今更こっちの世界のことを知っても、嬉しくもなんともなかった。

「…………。はじめまして、私はレナ。レナ・ヴァレンティーノといいます」
 しばらく黙ってから、レナさんはよろしくお願いします、とお辞儀をした。
 風華さんを紹介した時点で、二人には状況が飲み込めてしまったらしい。

「……っ!!」
「あっ、コリンさん!!」
 レナさんが呼び止めるも、コリンさんは部屋を飛び出してしまった。

「「「…………」」」

 俺達はただ黙って、その様子を見ていた。
 雄二とコリンさんの関係がどうだったのか知らないが、仲は良かったんだろう。
 その姿は俺と一緒だ……。ショックで、泣きたくて、それでもどうしようもない。
 そして、人前で涙を流すわけにもいかず、飛び出したんだ。
(俺も泣きたい。一人で誰にも見られず、誰にも聞かれない場所で思い切り……)

「今回は私達の世界の出来事に、皆さんを巻き込んでしまってすみませんでした。
ユージさんのことも、皆さんを巻き込んでしまったのも、全部……私の責任です」

 そう言って、レナさんはまたしても深々と頭を下げる。
 この子の責任なんかじゃねぇ。悪いのは、あのクソ野郎だ。
 なのに、なんで謝る? 違うだろ? アンタの責任じゃねぇだろ?

 アンタに謝られて、俺達はどうすりゃいいんだよ!?
 ますます辛くなるだけだろ!? 責めなくていい奴を責めたって虚しいだけだろ!?

「レナさん…………」
 斉藤もなんて声をかけていいのかわからないらしい。
 そして、俺達全員、レナさんに責任なんてないことを知っている。

「悪い……俺、ちょっと外出てくる」
 もう限界だ。もう一人になりたい。誰も俺に話しかけないでくれ!!!
「あ、ケンゴさん。外に出るならこれを……」
 レナさんの横を通り過ぎようとしたところを呼び止められた。
 そして、レナさんから渡されたものは……白無地のハンカチだった。



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