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 俺が斉藤に説教? まったく、笑える話だよな。
 愚痴も吐きまくったし、散々悲しみに暮れたこの俺が言えたことじゃねぇのにな。
 ま、その結果がどうなるのか、なんてのはだいたい予想できちまうもんだ。
 斉藤があれだけ好き放題に言われて黙っててくれる女なら俺も楽なんだが……。

第272話 俺の日常  <<健吾>>

 俺の説教を聞いた斉藤の動きが止まる。
 何を考えているのか知らないが、今の状況を完全に見失っちまったらしい。

「風華さん、斉藤を守ってやってくれ」
「えぇ、わかってるわ」

 さて、斉藤ばかりを気にかけている場合じゃない。
 背後の敵を気にしなくてよくなったと言っても、楽勝ムードになったわけじゃない。
 先端部から刃が生えた選里を振り回し、モンスターを斬り刻む。
 棒術をやったことのない俺が、鎌で戦ったことなど当然ない。
 まぁ刃物がついた分、殺傷能力は格段に上がったが……。

(ますますゲームじみてきたな……)

 まるでロールプレイングゲームの主人公のようだ。
 あの手のゲームはそれなりにやっているが、やはり現実とは違う。
 ターンやポーズなどはなく、勝敗が決まるまでリアルタイムでの攻防が続く。

「あと何匹いるんだよ……」

 終わりの見えない戦いに辟易しながらも、少しずつ数を減らす。

 おい〜、頼むぜ斉藤……。これじゃお前、ただの足手まといじゃねぇか。
 猫の手も借りたい状況で、なにも足引っ張るこたねぇだろ?

 そりゃ俺のせいだってのは、わかってるぜ?
 斉藤に追い討ちかけてへこませたのは俺だしな。

 だが、斉藤が戦闘中に考え込んじまったのは完全に計算外だ。
 とっとと吹っ切って戦闘力大幅アップ……ってのが俺の狙いだったんだけどなぁ。

「っ!!」

 気が付けば、モンスターの振るうナイフが目前に迫っている。
 顔面を反らし、避けようと試みるが、左頬を薄く斬られた。
「いってぇ……」

(考え込んでるのは俺も同じか……)

 雄二のことじゃなく、今度は斉藤のことを考えている。
 俺はいつからこんなにも仲間想いになっちまったのやら……。
 どいつもこいつも面倒臭ぇ奴だらけだ。俺もいい加減フォローしきれねぇぞ?

「ねぇ……貴女、風華でしょ?」
「ええ、そうよ」
 ずっと黙っていた斉藤がようやく口を開いた。
 風華さんの名を確認するその声は小さかったが、なんとか聞き取ることができた。

「雄二君がまだ死んでないっていうのは本当なの?」

(え……)

 雄二が死んでねぇ……だと?
 斉藤の言葉を聞いた俺は思わず振り返った。
 薄紫のフィルターの向こう側に風華さんと斉藤が見える。

 二人は向かい合って突っ立っている。
 しかし、モンスターは二人に攻撃仕掛けない。正確に言うと仕掛けられない、が正解だ。
 風華さんの周りにある球体。肉眼で見えるほどの大気の流れ。
 風の球体がまるで風華さんを守るように取り囲んでいた。
 近づくモンスターには風の弾丸が見舞われる。

「ちょっと待てぃ!!」
 そりゃ反則だろっ!? っていうか、なんで俺は対象外になってんだよ!?
 そんな魔法があんなら俺も守れよ!!

「どしたの? そんな大声出して?」
「どうしたも何も……なんで俺はその魔法で守ってくれねぇんだよ?」
 正直に思ったことをそのまま口にする。

「ん〜、なんていうか……修行?」
 なんで疑問系なんだよ……。
 この理不尽さを何処にぶつけたらいいんだろう。
 とりあえず、目の前のモンスターにぶつけておこう。

 あまり後ろばかりを気にしてもいられない。
 随分と数は減ったものの、モンスターはまだまだ数え切れないほどいる。
 一匹一匹斬っているが、一向に終わりが見えない。

「質問に答えて!!」
 斉藤が砕けた雰囲気に業を煮やしたのか、叫ぶように問い詰めた。
 俺も斉藤の質問の回答が気になる。雄二が死んでないとは、どういうことだ?

「……本当よ」
 雄二は死んでいない? けど、アイツは俺の目の前で消えたぞ?

「ま、死んでないと言えば、死んでないわね。ただ……」
「ただ?」
 斉藤が続きを促す。もちろん俺だって気にならないわけがない。



「……ただ、生きているとも言い難い状態だわ」
 まぁ、死んでないっつっても、光って消えちまった奴だ。
 普通に生きてるわけがないよな……。なんか、実感が湧いてこない。

「風華さん、どうすれば雄二は生きて戻ってくる?」
 俺達は何をすれば、地球での日常を取り戻すことができるんだ?
 体育祭の後、あの瞬間にぶっ壊れちまった俺達の日常。
 雄二や谷口の中では、日常はもっと前に壊れてしまっていたのかもしれないが……

 何もない毎日を退屈に思いながら過ごす。そんな生活に辟易していた。
 だからこそ、2年B組は……退屈という敵を倒し続けていた。
 雄二や井上、そこに田村を加えてやってもいい。
 常に退屈を嫌って、何かをやろうと誰かが動き出していた。

 そんな毎日でよかった。異世界なんて俺には必要なかった。
「俺はこんな世界は要らない。いつもの世界の、いつもの時間でいいんだよ。
でも、親友のいない世界なんてのはな……俺にとっちゃもう日常じゃねぇんだ」

 藤木雄二がいてこそ俺の日常は、俺の日常として存在する。
 アイツの存在は、俺が取り戻すべき日常の絶対条件だ。

「そうね……そろそろ遊びは終わりにして、これからを考えないとね」
 そう呟きながら風華さんが片手をまっすぐ挙げる。
「健吾君。貴方、この短い時間で充分に強くなったわ」
「え?」
 そして、その手を……弧を描くように振り下ろした。 

「さ、さやかちゃん達も待ってるし、帰りましょうか」
 そして、無防備にモンスターの壁に向かって歩き出した。
「お、おい……」
 しかし、モンスター共は一匹もピクリとも動かない。

 斉藤は小走りで、一番近くにいるモンスターに近づき、こちらを振り返る。
「嘘……眠ってる……」
「…………」
 え? 今、何が起こったんだ?
 ここにいるすべてのモンスターが眠ってるってのか?

 俺と斉藤は、眠るモンスターの輪を恐々としながらすり抜けていく。
「あ、あのモンスター達はどうするの?」
「別に、このままでもいいけど……始末しとく?」
 斉藤の素朴な疑問に、風華さんはあっさりと言ってのける。

「好きにしてくれよ……」
 俺はもう何がなんだか分からず、どうでもよくなってしまった。
「そっ、じゃあ好きにさせてもらうわ」
 そのまま風華さんは結城達のところに向かって歩いていく。

「…………何が、どうなったの?」
 結城には当然何が起きたのか理解できるわけもなく、って俺もできてない。
「いや、俺にもさっぱり」

ブォン!!!

 爆発音のような凄く大きな風の音を聞いた俺はすぐに振り返る。
「何が……どうなってるの?」
「…………いや、俺にもさっぱり」
 俺達が呆然として見ている先では、無数の竜巻がぶつかりあっていた……。



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