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 己が弱いと嘆き、強くなりたいと願う。それは人として当たり前の感情……。
 自分は完成されていると考えるものがいるなら、その者は救いようのない愚か者だ。
 迷い、悩み、考えてこその人間であり、そうすることで人は成長できるのだから……。

第271話 脆弱な心  <<風華>>

 こうして健吾君を戦わせることに戦略的な意味なんてない。
 あたしが自ら戦えば、こんな戦闘はものの数分で終わらせることができる。
 それならば何故、健吾君を戦わせているのか……。
 たいした理由なんてない。強くなるためには経験を積むのが近道だ。
 少なくともうじうじと悩んでいるよりは幾分マシだと思っただけである。

 まぁ、健吾君が死なない程度には援護してあげよう。
 これで彼に死なれたら雄二に何を言われるかわかったもんじゃないし……。
「それに……あの子もいるしね」
 風が彼女の気配を、存在を教えてくれる。すぐ近くに来ている。
 あたしが今、最も会いたくない子。最もあたしを恨んでいるであろう者。

 健吾君の背後にいたモンスターが殴り飛ばされていく。
 群衆の中から一人の女の子がモンスターを蹴散らして現れる。

「…………」
「…………」

 お互いに何も言わずに見つめあう。言うべき言葉が見つからない。
 相手はあたしが誰であるかを理解し、あたしはもちろん相手が誰であるかを知っている。

「……こんな世界、知らないほうが幸せになれたのかな?」
「…………」
 それは自分が? それとも雄二が?
 どちらであったとしても、あたしはその言葉を否定することができない。

 雄二はこの世界に来るべきではなかったのかもしれない。
 あたしと出会わなければ、もっと違う生き方ができたのかもしれない。
 どんな意味であったにしても……彼女の言葉はあたしの心を斬りつける。 

「斉藤……」
 健吾君もかける言葉が見つからないようだ。
 有香ちゃんを意識しながらも、モンスターと戦い続けていた。

「この世界を知った時、あの時に雄二君を止めておくべきだった……」
 有香ちゃんは両手を広げ、手のひらをあたしと健吾君にかざした。
「<<アブソリュートウォール>>」
 薄紫の壁があたしと健吾君の目の前に展開される。
 絶対防御の壁。あたしにも破ることはできないだろう。これはそういう能力だ。


「私は、ただ……普通に過ごせればそれで良かったっ!!」
 あたしと健吾君を壁で守りながら、有香ちゃんは一心不乱に戦い始めた。
 攻撃という攻撃を避け、受け流し、直後にカウンターを決めていく。
 壁雲の基本能力も加わり、モンスターはそれこそゴミのように吹き飛んでいく。

 一方、あたしと健吾君は無敵の壁を背にして、背後を気にすることなく戦う。
「オイ、斉藤!! なんでこの壁で自分を守らねぇんだよ!?」

「その壁は……人を守るためにしか使えないからよ。
自分が防御対象に入ると、ガラスよりも脆く簡単に割れてしまう……」

(やっぱり、そうだったのね……)
 絶対防御の欠点。あたし達、ソウルウェポンの能力は決して万能ではない。
 どんな能力であったとしても、そこまで都合良くできていないのである。
 ほとんどすべての能力に消費精神力や条件付けといった制限が存在する。
 稀に選里のような特殊な能力もあるが、あたし達の能力はそのようにできている。

「この壁は雄二君を守るためにあったはずなのに、肝心な時に守れなかった……!!」
 有香ちゃんはとつとつと語りながらモンスターを殴る。
 その姿はまるで悔しさと怒りをぶつけているように見えた。

「どんな硬い盾も守るべきものを守れないんじゃ、意味なんてないよ……」
 有香ちゃんの心は、今、すごく脆く……弱い。
 すぐにでも折れて壊れてしまいそうなほど、悲しみに溢れている。

「…………なぁ、斉藤」
 聞いているだけで辛くなる呟きは、健吾君の呼びかけで止まった。
「なに?」

「おめぇが何しにきたのか知らねぇけどよ。
愚痴を言いに来たんなら間に合ってるから帰ってくんねぇか?」

 思いがけない健吾君の一言に有香ちゃんは呆然としてしまった。
 それを見ていたあたしも健吾君の言葉を聞いてギョッとした。
 健吾君は何の前振りもなく、いきなり痛烈な言葉でバッサリと切り捨てた。
 有香ちゃんの心情なんかを考えると口を出し辛いこの状況。
 そんな状況でも躊躇せずに、はっきり物を言えるのがこの子達の凄いところだ。
 言いたいことを言える。恐らく特殊クラスで鍛え上げられたんでしょうね。

「俺だってめちゃくちゃ愚痴りてぇし、布団に突っ伏して枕濡らして眠りてぇよ。
でもよ……今は違うだろ? んなことやってる場合じゃねぇんじゃねぇか?」

 ま、愚痴ってる間に殺されたら死んでも死にきれないわね。
 有香ちゃんだってそんなことくらいわかってるはずだ。
 それでも誰かに話すことで悲しみを和らげようとしている。

「お前だけじゃねぇ。みんな悲しいし、悔しいんだ……」

 気付けば、いつの間にか健吾君には話しながらでも戦える余裕ができていた。
 顔がこちらに向くことはなく、ただただ前を見て戦い続けている。
 それ故に、健吾君が今どんな表情をしているのかはわからなかった。

「た、高槻君に私の気持ちなんてわからないよ……」
「知らねぇし知りたくもねぇよ。 お前の気持ち? んなもん知るか、タコ!!
てめぇがどんなに傷ついてようと、今ここで愚痴っていい理由にはならねぇんだよ!!!」

 まるで心の傷に塩を塗りこむように……徹底的に傷つける。
「俺は選ぶ!!!」

 健吾君は目の前の空間を撫でるように片手を振るう。
「てめぇはそのままここで勝手に朽ち果ててろ!!!」
 鉄棍の先から刃が現れ、選里本体が鎌になる。
 健吾君は迷うことなくそれをモンスターに向かって振るった……。



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