風華さんは名も知らぬ黒幕を「殺してやった」と何の気兼ねもなくあっさり言った。 恐らく彼女は何の躊躇も容赦もなく、冷静なままでやってのけたのだろう。 きっと数えるのも馬鹿らしくなるほど、そういうことを繰り返している。 そう……俺の勘が告げていた。 モンスター共に何をやっていたのかは知らねぇが、黒幕はくたばったらしい。 ただ、増援がなくなったってだけで、戦闘中なのは変わらない。 大将が死んだ時点で、逃げていってくれることを期待していたんだが……。 (ま、そう上手い具合に都合よく進んだことなんてねぇよな) モンスターは氷の壁を乗り越えてくることはなかった。 そのような知能すら持ち合わせていないのか、愚直に氷の壁を壊している。 長くはもたないが、少しだけ休憩時間ができた。それで十分だ。 5分耐えるという風華さんとの約束も守ったし、俺の仕事もここまでだ。 では戦線を離脱するかと聞かれりゃ、冗談じゃねぇと言い返す。 売られた喧嘩は買ってやれ、が2−Bのルールであり、ポリシーだ。 こうなったら、とことんまで戦ってやる。 でも、今はさすがに休ませて欲しい。たった5分の死闘でも、かなりキツイ。 体力的には大丈夫なんだが、死と隣り合わせの戦いは精神的にくる。 俺は生まれてこの方、神経をすり減らしながら戦ったことなんてない。 チンピラ共との喧嘩が如何に気楽なものだったのかが骨身に染みるほど理解できる。 んでもって、こんな状況になってからようやく気付いた、一つの現実。 俺は今まで藤木雄二と井上春香に守られていた…… 俺は一人で大勢を相手にすることができない。それほどの実力がない。 能無しのモンスター相手でも選里を使って5分戦うのが精一杯だ。 (俺は弱ぇな……) そりゃ、雄二も俺を頼りにしねぇよ……。 弱ぇくせに助けられるなんて、支えてやれるなんて、何自惚れてんだ? 「なに落ち込んでんの?」 「え?」 ゆっくりと身体を休めていた俺に風華さんが呆れた声で話しかけてくる。 「何? そんなに溜息吐いて、気付かれないとでも思ってた?」 俺自身も気付かないうちに何度も溜息を吐いていたらしい。 自覚していなかったが、俺はそれなりにかなり落ち込んでいるらしい。 「いや、俺って、こんなにも弱かったんだなぁ、と思ってな……」 「弱い? 健吾君ってそこまで弱くないわよ? 日本の高校生にしては十分すぎるほど強い部類に入ると思うわよ?」 俺は弱くない……。風華さんのその言葉に俺は救われたような気がする。 「ま、それでも雄二の足元にも及ばないけどね」 「…………」 ブルーだ。一度持ち上げられた分、より一層ブルーになった。 「その悩み、あたしが消してあげよっか?」 「……。できんのかよ、そんなこと?」 風華さんが力をくれるってのか? そんなことができるんなら是非ともやってほしい。 そうすりゃ強くなれる。雄二の仇とも言えるモンスターどもを恐れることもなくなる。 「どうする? 選ばせてあげるわ。選択は得意分野でしょ?」 「じゃ、頼む」 悩む時間など微塵もなく、俺は即答した。こんなおいしい話に乗らない手はない。 「ふ〜ん、OK。そんじゃ始めましょっか」 突如、風が強くなった気がした。いや、実際に強くなっている。 風華さんと俺を中心にして周辺の風が俺達の周りを回っているのだ。 その風はどんどん速度を増し、やがて周囲を巻き込むほどの竜巻へと姿を変える。 ミシ…ミシミシ…… 吹き荒れる竜巻に俺達を取り囲んでいた氷の壁が悲鳴をあげだした。 (凄ぇ……) 俺は純粋にその技に魅入っていた。これは間違いなく風華さんがやっていることだ。 一人の人間が風を自在に操っている。俺は今、本物の魔法を見ている。 選里の能力も一種の魔法だろう。ただ、風華さんのそれは選里とは全然違う。 武器から力を引き出すのではなく、周囲の自然をそのまま扱っている。 この違い……その違いは圧倒的なほどの差だ。 風を操る者なんてものじゃない、彼女は風を統べる者、風の支配者だ……。 バァァン!! 氷の壁が粉砕する音で俺はようやく我に返ることができた。 粉々に散った氷の壁が日の光を受けて、雪のようにキラキラと輝く。 「ほら、呆けてる場合じゃないわよ?」 「え……?」 壁の消失とともに風が弱まり、一気に押し寄せてくるモンスター達。 俺は即座に選里を構え、モンスターの攻撃をなんとか凌いだ。 「な、何やってんスか、アンタは!!?」 なんで氷の壁を壊す!? なんで竜巻を消す!? なんで高速で敵を倒さない!!? くそっ!! モンスター達がどんどん攻撃を繰り出してくる!!! 「あたしは悩みを消す、とは言ったけど、悩みを解消するとは言ってないわ」 消すのと解消するってのは同じ意味じゃねぇのかよ!? ガッ 一斉に斬りかかってきた3本のモンスターの剣を選里で受け止める。 力をこめて剣を弾き返すと同時に、無我夢中で選里を振り回す。 「悩む暇も、考える時間も、迷う隙も全部……あたしが消してあ・げ・る♪」 「うっせぇ、アホ!!! 俺の束の間の平穏返せっ!!!」 確かにネガティブな考えは吹き飛んだ。っていうか、それどころじゃねぇ。 『あれが風華だよ。お茶目というか、なんというか……ねぇ?』 (お茶目ぇ!? お茶目で人を戦地のど真ん中にもう一回放り込むか普通!?) 『まぁ……いろんな意味で風華って普通じゃないからね』 「ほらほら、死なない程度には守ってあげるから、迷わず戦いなさい」 余裕たっぷりでモンスターの攻撃を捌く風華さんは実に楽しげだった。 しかも、風華さん自身はモンスターを一切攻撃しないもんだから数が減らない。 (なぁ、風華さんって……ひょっとしてSか?) 『そだね。Sだね。しかも超ド級の。例外は宿主くらいだね』 宿主ってのが雄二であることは、これまでの話で容易に予想ができる。 「ってことは、あの人は雄二に憑いてたわけか……。アイツも可哀想に……」 「…………ナニカイッタ?」 「なんでもないッス!!!」 このままでは風華さんに殺されかねなかったので、俺は全力で否定した。 そして、その間も俺は向かってくるモンスター達を相手に選里を振り回し続けていた……。 |