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 縮地札の使用時は歩いても走っても速度が変わらない。
 そんなことは重々承知しているけど、それでも走らずにはいられない。
 意味が無いと知りつつも、1分でも1秒でも早く着くように私は走っていた……。

第269話 希望  <<有香>>
 
 嫌な予感しかしない。最悪の展開しか想像することができない。
 あの時、私には雄二君を止められなかった。力ずくでも止めなきゃいけなかったのに……。
 今度こそ止める。力ずくでも、どんな手を使っても止めてみせる。

 悪い予感を振り払いながら、一直線にクェードへ向かう。
 その間、一匹もモンスターの姿を見かけないことが不気味に思えた。

(何が起きてるんだろう……。私達はいったい何に巻き込まれているの?)

 もうただの高校生、それも40人足らずの子供に対処できる域を超えている。
 この世界の戦争だって私達の手に負えないところまで来ている。

 だけど、雄二君は戦っている……。たくさんの他人のために剣を振るっている。
 そこまで頑張る理由は何? 雄二君は何が欲しくて戦っているの?
 自分の身を危険に晒して、傷つきながら戦うのは何のため?
 もうわからないことだらけで、頭がこんがらがってくる。

 私には無理するなって言っておいて、雄二君は無茶ばかりしてる。
 苦しみ、痛み、悲しみ。他人のあらゆる負の感情を背負って、請け負ってる……。
 雄二君自身はそれに押しつぶされそうになりながら踏ん張ってる。

(雄二君はもっと人に頼って楽をするべきだよ……
みんなだって雄二君に頼りにされるのを待ってるのに……)

『有香ちゃん、いろいろ苦悩してるとこ悪ぃけど……見えたぜ。クェードだ』

 目の前にあるはずの景色を私は見ていなかった。景色なんて見えていなかった。
 考え事に没頭していたせいで、モンスター達の喧騒も聞こえていなかった。

「え……なに、この数」
 反則に近いほどのモンスターの数に私は思わず立ち止まり、驚いていた。
 だいたい、モンスターが徒党を組んで襲ってくる、なんてことはほとんどない。
 集団と言っても、多くて10匹前後程度のはずなのに……。

 以前、智樹君が言っていた、シア村を襲ったコブリン達。
 あれは同族だから成し得ることのできた大群だ。
 今回はそれとはまったく違う。いろんなモンスターが入り混じってできている。

『止まってる場合じゃねぇぞ? どうやら戦闘中らしい……』

 そうだ、雄二君を助けなきゃ!!
 
有香〜!!
 遠くから誰かが私を呼んでいる。
 よく見ると、戦闘中の場所から離れたところで結城さんがこっちに向かって手を振っていた。



Message <<さやか>>

「結城さん、雄二君はどこ!? 雄二君は無事!?」
 有香は、まるでそのまま襲い掛かってくるかのような剣幕で私に問いかける。

(久々に出会ったのに、最初にすることは藤木君の心配? 私達はどうでもいいってこと?)
 有香の気持ちはわからなくはないけど、ちょっとムッとした。
 自分の存在が、有香にとってどうでもいい存在なんだとは思いたくない。
 ただ、私の存在よりも藤木君の存在の方が有香には大きかった。ただそれだけのこと。

「ねぇ、結城さん!! 雄二君は無事なの!?」
 しかし……私に言えと? 藤木君は消えました、って?
 真剣な表情で問い詰めてくる有香に、視線を合わせることができない。

(言ってしまえばどうなるかなんて、簡単に想像できるもの……。言えないわよ……)
 私からは言いたくない。そんな辛すぎる役目なんて背負いたくない。


「消えましたよ」
「珠緒っ!!」 「柊!!」
 言いあぐねいていた私を見かねてか、珠緒はキッパリと冷たく有香に向かって言い放った。
 その言葉を遮るように私と田村君は叫んだ。
 無駄だってわかっていても叫ばずにはいられなかった。

「私達の目の前で……藤木君は消えました」
「…………嘘」
 茫然自失……有香の今の表情を表現するのに、この言葉が一番当てはまっている。
 痛い。胸の中、心臓が締め付けられるように痛む。
 息が苦しい。やっぱり、こんな役目……辛すぎる……。

「嘘でしょ? 嘘だよね? ねぇ!! 珠緒ちゃん!!!」
「…………本当」
 珠緒は微塵も表情を変えることなく、無表情のまま淡々と告げる。
 どういう神経をしていれば、そんなことがそんな表情で言えるのよ……。
(珠緒。アンタ、なにを考えてるの?)

「そんな……やっぱり……間に合わなかったの?」
 誰に聞いているのか、有香は呟く。それを聞いて私の胸はますます痛む。

「私のせい? 私があの時止めていればっ、こんなことにはならなかったっ!!!」
 泣き崩れる。予想通り、この結果はどうやっても変えられなかったものなのだろう。
 慰めの言葉どころか……有香にかけてあげられる言葉も見つからない。 

「伝言……預かってる」
(え……?)
 藤木君は有香に言葉なんて残していない。しかし、珠緒は言葉を続ける。
「絶対に帰ってくる、って斉藤さんに言ってくれって……」
「…………」
 帰ってくるなんて、何の根拠もない狂言だ。そんなこと消えた本人すら言っていない。
 だけど、珠緒の意図がなんとなくわかったような気がする。
(珠緒……有香に希望を与えたの?)

 例えそれが嘘でも、有香にとっては希望になるかもしれない。
 その偽りの希望を有香は信じ、これから先、有香の性格なら藤木君を待ち続けるだろう。
(残酷すぎる……。珠緒、それはあまりにも酷じゃない?)
 だけど、私は真実を口にすることはできなかった…………。



僅かな希望 <<有香>>

 帰ってくる? 消えちゃったのに? 消えてどうなるかもわからないのに?
 私は……なんでこの世界にいるんだろう。
 雄二君を守るためだったはずなのに……なんで守ることができなかったんだろう。
(ここにいる意味が……わからなくなっちゃった)

『良かったじゃねぇか』
 壁雲が目の前が真っ暗になっている私に追い討ちをかけるようなことを言う。

(良かった? この状況のどこが良かったっていうのよ!?
雄二君は消えちゃって、私は力になるどころか、間に合いすらしなかった!!)

 そう、私は間に合わなかった!! 止めるべき場所は告白をしたあの場所だった!!
 想いを伝えれば止まってくれるなんて思っていた私がバカだった。
 
『死体を目の当たりにしたわけじゃねぇし、誰も死んだなんて言ってねぇ』
「…………」
 
『慰めるわけじゃねぇけどな……生きてるぜ? あの野郎……』
「!!?」
 生きている、と言った壁雲。私はまたしても呆然とし、聞き返すことができなかった。



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