ここは何処だ……って、つい一週間ほど前にも思ったような気がする。 選里の名前を読んだ瞬間、俺の見ている世界が一瞬で変わったわけだが…… 最近の俺、わけの分からない場所に飛ばされすぎだろ…… しかし、今回はさらに常軌を逸してるってんだから、やってらんねぇ。 周囲は真っ白で、あるのは丸いテーブルと椅子が2つ。 それ以外は何も無い。果てしなく広がる白い世界だった。 「気に入った?」 話し掛けてくるのは同年代の女。たぶん声からして、こいつが選里だ。 何処の学校のものかも分からないセーラー服に身を包み、長い黒髪を揺らす。 どっちかというと、清楚系の女だが、言動はそれと一致しない。 いろんな意味でギャップを感じさせる女だった。 「で? どうやって俺を試すんだ?」 「お〜、単刀直入じゃん。質問もなし?」 外見をぶち壊すほどの垢抜けたセリフは、さらに俺をブルーにする。 「聞きたいことはたくさんあるけどな。今はそれどころじゃねぇんだよ」 「だね。んじゃ、始めよっか」 そう言って選里は一枚のコインを取り出した。 「表か裏か、ど〜っちだ?」 なんてことをほざくもんだから、俺は一瞬呆気にとられた。 「お、お前……まさか、それが俺の心と意志を試す試験とか言わねぇだろうな?」 「ん? そだよ?」 「…………」 たかが、コイン投げで俺の心が決まるってどうよ? おかしいだろ。んなもん、どう考えたっておかしいに決まってんだろっ!!! 「ざけんな!! そんなもんで決められてたまっか!!!」 「だよね〜。だから質問はないか、って聞いたんだけど……」 やっぱりこうなった、と言わんばかりに溜息を吐く。 「ここ、心の世界。別名、魂の領域。そこまでOK?」 わけが分からんが、とりあえず頷いておく。 ここで分からないと言おうもんなら、面倒な説明が続きそうだったからだ。 「意思さえあれば、なんだってできる。例えば、こんなのとか……」 その瞬間、俺と選里の間に川が出来上がる。 水源すら分からない、その川の水は遥か彼方まで流れている。 「で、意思さえあればコインを表にも裏にもできる。以上、ヒント終わり」 選里の言葉が終わるのと同時に川も消え去り、元の白い床に戻る。 「さ、表か裏。どっち?」 「…………」 こいつの言うことを信じるなら、選ぶこと自体には何の意味もない。 なぜなら、コインは表か裏になるのではなく、表か裏にするからである。 俺が表にするように意思を働かせ、選里は裏にするように意思を働かせる。 そして、コインはたぶん意思の強い方の面を見せるだろう。 つまり、これは俺と選里の意思の強さを手っ取り早く競う勝負。 世界一分かりやすいヒントだったぜ。なんせヒントどころか答えなんだからな。 「表だ。俺は表にする」 すると、俺の言葉を聞いた選里はニッコリと笑った。 我が意を得たり、といった感じだろうか。それは嬉しそうな笑顔に見えた。 「僕は裏だね。んじゃ、用意はいい? いくよっ」 「ちょっと待て!!!」 俺の返事を聞かずにコインを弾こうとする選里を、俺は慌てて制止する。 「何? 君のために急いでるのに……」 そりゃあ嬉しい。最高の気遣いをありがとよ。 だけど、俺にはどうしても言わなきゃならないことがある。 「せめて、どっちが表か決めてからやれ」 「…………」 だってよ、見たこともないコインなんだぜ? 日本の硬貨でもねぇし、ついさっきまでいた異世界の硬貨でもねぇ。 結果が出た後に、裏だって言われても、俺にはそれが本当か分からねぇじゃねぇか。 それに、どっちの面になるように意思を働かせりゃいいのかも分からねぇ。 最低限のルールくらい教えてもらわないと、勝負にならねぇよ。 「そうだったね。言うの忘れてたよ。あ、そうだ。それなら君がコインを作りなよ」 「は?」 「ここは意思の世界。イメージしてごらん。コインを作ってみなよ」 「…………」 イメージ。コイン。表と裏が違うデザイン。勝負のためのコイン……。 俺は頭の中で勝負のためのコインを思い浮かべた。 「コインは君の手の中にあるんだ。できるんじゃない、最初からあるんだよ。 強く思うんだ……。コインはあって当然。既に自分の手の中にあるって……」 (あって当然……俺の手の中にコインがあるのは当たり前…… 最初から、俺が思い描いたコインは、俺の手の中にあるもの……) そして、数秒後に握った拳を開いた時、手のひらにはコインがあった。 「貸してみて」 俺は何も言わずに選里に向かってコインを弾く。 選里も選里で何も言わずにコインをキャッチし、しげしげと鑑定をする。 「お見事……と言いたいところだけどね」 「なんだよ? ちゃんとしたもんができてんじゃねぇか」 どっからどう見ても立派なコインだ。文句のつけようがないはずだ。 「うん。形、質感ともに合格。ただ……」 何かが足りないのか? 中に魂が無い、とか言うつもりなのか? そんなことは教えてもらってねぇぞ。言われてねぇことはやれねぇよ。 「デザインがダサい。君ってやっぱりセンスないね」 「ほっとけ!! んなもんどうでもいいだろっ!!!」 俺が創りだしたコインはいたってシンプルだ。 表には表、裏には裏と書いてある。それ以外のデザインは存在しない。 まさに勝負のために創られたコインと言えるだろう。 「ま、予行演習にはなったよね。んじゃ、本番いくよ?」 今度こそ待ったなし。俺の反応を待つ彼女に、俺はゆっくりと頷いた。 「表なら君の勝ち。裏なら僕の勝ち。それ以外は……君の勝ちでいいや」 それ以外の可能性なんて皆無に等しいわけだが、無いとは言い切れない。 こいつは結局、すべてを教えて勝負を始めた。 俺が文句を言ったのが原因だが、言わなくても彼女は教えてくれたような気がする。 ピィィィィィン コインの弾く音が、この世界と共鳴しているかのように響き渡った……。 |