姉貴と連絡がつかなくなって、もう一週間になる。 それは、この街に謎の生命体が現れた日からの日数でもある。 避難命令は未だに解かれることはなく、俺は避難所で暇な時を過ごしていた……。 避難勧告から避難命令に変わってから、何日が経ったのかもうろ覚えだ。 俺は避難勧告が出る前日。つまり、体育祭の日だ。 祝勝会と称して、友人の家で夜通し遊んでいた。 その翌日、昼過ぎに目覚め、状況を知った俺達は、近くの中学校へ避難した。 両親とはすぐに連絡が取れて、避難したことを確認できた。 しかし、姉貴の無事だけは一週間経った今でも確認できないままだった。 携帯の電池は二日前に切れ、公衆電話から電話をかけているが繋がらない。 姉貴の強さは知っているが、さすがに心配になってくる。 外を見る限り、謎の生命体とやらは確認できないけどな……。 壁を背に座りながら、ちらりと入り口を見る。 自衛隊の隊員達が忙しそうに走り回っているが、何をしているのかは分からない。 俺にできることは、姉貴を心配しながら避難所で待つことだけだった。 おそらく、また2−Bの騒動に首を突っ込んでいるのだろう。 ったく、世話の焼ける姉だ。少しは俺の身にもなってみろっての。 そんなことを思いながら、また外の様子を確認していたりする。 (まだいる……) さっきから何回も外を眺めているが、体育館の入り口に突っ立っている女がいる。 その女は、俺が避難してきたときから、その場所に立っていた。 眠るときは壁に寄りかかって眠り、食事も立ったまま取る。 睡眠や食事などの生活上必要最低限の時以外は、ずっと外を眺めて立っている。 ま、誰かを待っていることくらいは簡単に予想できるけどな……。 俺は暇潰しも兼ねて、その女に話しかけてみようと思った。 勢いをつけて立ち上がり、入り口の方へ歩きだす。 「誰を待ってるんだ?」 女と言っても、明らかに俺より年下。 小学生か、よくて中学一年生だろう、ツインテールのおさげ髪をした子供だ。 だが、そんな子供がずっと誰かを待っているのだから驚きものだ。 「お兄ちゃんをね、待ってるんだ……」 その子は、ぼそっと呟くように口を開いた。 「携帯も繋がらないし、見たって言う人もいないの……」 「そうか……。奇遇だな、俺も姉貴を待ってるんだよ」 偶然にも、俺と同じ境遇だったその子は、俺より強い思いを持っていた。 「俺の姉貴はさ、腕っ節なら、そこら辺のチンピラじゃ相手にならないくらい強いんだよ」 ちょっとだけでも気分を和ませてやろうと思い、俺は姉貴の話をしてやることにした。 「だけど、恋愛のことになると、てんで駄目。奥手なんてもんじゃねぇんだ。 不良なんて簡単にボコボコにしちまうような奴なのに、だぜ? その好きな男の話をしただけで、顔を真っ赤にして俯くんだ。凄いギャップだろ?」 なんでこんなことを話しているんだろう。 久しぶりに会話らしい会話ができたからだろうか? 最近じゃ、友達と話す話題も尽きてきてたからなぁ……。 「そのお姉ちゃんのことが好きなんだね……」 「違うって」 「でも、楽しそうだったよ?」 それは話すことが楽しかっただけだ。ただ、それだけのことだった。 「お前の兄貴は? どんな奴なんだ? すげぇ良い人なんだろ?」 妹があんな風に待ち続けるくらいの人なんだから、きっと、良い兄貴なんだろう。 「ううん、全然良くないよ? すぐに虐めるし、いっつも子供扱いするし、この前だって晩御飯のおかず取っちゃうし」 子供扱い、と言われてもな……。子供を子供扱いして何が悪いんだ? 俺も人のことは言えないが、俺だってこの子のことを子供だと思う。 「晩御飯のおかず取っちゃうし!!」 「いや、2回言わなくてもいいって……」 相当恨んでいるらしい。晩飯のおかずを取られたくらいで、そこまで怒るとは……。 「でも、家族だもん。大切な家族だもん……。しょうがないよね」 「…………」 しょうがない、か……。 そうなんだ。仕方ないんだ。俺の姉貴はそういう人なんだから。 散々悩むし、人の意見も聞き入れてくれる。 だけど、目的の為には多少の危険なら冒して進んでしまう。 俺の姉貴はそういう人だった。 たぶん、危険の判定ラインが俺よりも奥の方にあるんだろう。 「じゃあ、待ってるしかないな……」 「うん」 待ってるしかない。それは俺にも言えることだった。 家族なんだからって理由だけじゃない。それはたぶん、この子も同じだろう。 俺もこの子も、家族の帰りを待っているだけなんだ。 姉にしろ、兄にしろ……面倒をかける家族を持つのは大変だな。 本来なら俺やこの子が、姉や兄に世話になったりするんだろうけどなぁ……。 それが普通、とまでは言わないが、立場が逆なのでは、と思えてくる。 「お互い苦労してるみたいだな」 「そうだねっ」 正直、笑いたいところだが、素直に笑えない。 おそらく、今の俺の表情は半笑い、というか苦笑いに近いだろう。 「俺は斉藤守。お前の名前はなんていうんだ?」 「ん? あたし?」 聞き返してくる、そいつに俺は黙って頷いた。 「あたし、千夏。……藤木千夏」 「えっ?」 何気なしに名前を聞いてみたが、聞き覚えのある苗字に反応してしまった。 (まさか……な) そんな偶然があるわけない。あの人の妹だなんて、単なる思い過ごしだ。 そう思い直し、俺は藤木千夏と一緒に外の様子をぼんやりと眺めていた……。 |