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 姉貴と連絡がつかなくなって、もう一週間になる。
 それは、この街に謎の生命体が現れた日からの日数でもある。
 避難命令は未だに解かれることはなく、俺は避難所で暇な時を過ごしていた……。

第259話 避難民の退屈  <<守>>

 避難勧告から避難命令に変わってから、何日が経ったのかもうろ覚えだ。
 俺は避難勧告が出る前日。つまり、体育祭の日だ。
 祝勝会と称して、友人の家で夜通し遊んでいた。

 その翌日、昼過ぎに目覚め、状況を知った俺達は、近くの中学校へ避難した。
 両親とはすぐに連絡が取れて、避難したことを確認できた。
 しかし、姉貴の無事だけは一週間経った今でも確認できないままだった。

 携帯の電池は二日前に切れ、公衆電話から電話をかけているが繋がらない。
 姉貴の強さは知っているが、さすがに心配になってくる。
 外を見る限り、謎の生命体とやらは確認できないけどな……。

 壁を背に座りながら、ちらりと入り口を見る。
 自衛隊の隊員達が忙しそうに走り回っているが、何をしているのかは分からない。
 俺にできることは、姉貴を心配しながら避難所で待つことだけだった。

 おそらく、また2−Bの騒動に首を突っ込んでいるのだろう。
 ったく、世話の焼ける姉だ。少しは俺の身にもなってみろっての。
 そんなことを思いながら、また外の様子を確認していたりする。

(まだいる……)

 さっきから何回も外を眺めているが、体育館の入り口に突っ立っている女がいる。
 その女は、俺が避難してきたときから、その場所に立っていた。

 眠るときは壁に寄りかかって眠り、食事も立ったまま取る。
 睡眠や食事などの生活上必要最低限の時以外は、ずっと外を眺めて立っている。
 ま、誰かを待っていることくらいは簡単に予想できるけどな……。


 俺は暇潰しも兼ねて、その女に話しかけてみようと思った。
 勢いをつけて立ち上がり、入り口の方へ歩きだす。
「誰を待ってるんだ?」
 女と言っても、明らかに俺より年下。
 小学生か、よくて中学一年生だろう、ツインテールのおさげ髪をした子供だ。
 だが、そんな子供がずっと誰かを待っているのだから驚きものだ。
「お兄ちゃんをね、待ってるんだ……」
 その子は、ぼそっと呟くように口を開いた。

「携帯も繋がらないし、見たって言う人もいないの……」
「そうか……。奇遇だな、俺も姉貴を待ってるんだよ」
 偶然にも、俺と同じ境遇だったその子は、俺より強い思いを持っていた。

「俺の姉貴はさ、腕っ節なら、そこら辺のチンピラじゃ相手にならないくらい強いんだよ」
 ちょっとだけでも気分を和ませてやろうと思い、俺は姉貴の話をしてやることにした。

「だけど、恋愛のことになると、てんで駄目。奥手なんてもんじゃねぇんだ。
不良なんて簡単にボコボコにしちまうような奴なのに、だぜ?
その好きな男の話をしただけで、顔を真っ赤にして俯くんだ。凄いギャップだろ?」

 なんでこんなことを話しているんだろう。
 久しぶりに会話らしい会話ができたからだろうか?
 最近じゃ、友達と話す話題も尽きてきてたからなぁ……。

「そのお姉ちゃんのことが好きなんだね……」
「違うって」
「でも、楽しそうだったよ?」
 それは話すことが楽しかっただけだ。ただ、それだけのことだった。

「お前の兄貴は? どんな奴なんだ? すげぇ良い人なんだろ?」
 妹があんな風に待ち続けるくらいの人なんだから、きっと、良い兄貴なんだろう。

「ううん、全然良くないよ?
すぐに虐めるし、いっつも子供扱いするし、この前だって晩御飯のおかず取っちゃうし」

 子供扱い、と言われてもな……。子供を子供扱いして何が悪いんだ?
 俺も人のことは言えないが、俺だってこの子のことを子供だと思う。
「晩御飯のおかず取っちゃうし!!」
「いや、2回言わなくてもいいって……」
 相当恨んでいるらしい。晩飯のおかずを取られたくらいで、そこまで怒るとは……。

「でも、家族だもん。大切な家族だもん……。しょうがないよね」
「…………」

 しょうがない、か……。
 そうなんだ。仕方ないんだ。俺の姉貴はそういう人なんだから。

 散々悩むし、人の意見も聞き入れてくれる。
 だけど、目的の為には多少の危険なら冒して進んでしまう。
 俺の姉貴はそういう人だった。
 たぶん、危険の判定ラインが俺よりも奥の方にあるんだろう。

「じゃあ、待ってるしかないな……」
「うん」
 待ってるしかない。それは俺にも言えることだった。
 家族なんだからって理由だけじゃない。それはたぶん、この子も同じだろう。
 俺もこの子も、家族の帰りを待っているだけなんだ。

 姉にしろ、兄にしろ……面倒をかける家族を持つのは大変だな。
 本来なら俺やこの子が、姉や兄に世話になったりするんだろうけどなぁ……。
 それが普通、とまでは言わないが、立場が逆なのでは、と思えてくる。

「お互い苦労してるみたいだな」
「そうだねっ」
 正直、笑いたいところだが、素直に笑えない。
 おそらく、今の俺の表情は半笑い、というか苦笑いに近いだろう。

「俺は斉藤守。お前の名前はなんていうんだ?」
「ん? あたし?」
 聞き返してくる、そいつに俺は黙って頷いた。

「あたし、千夏。……藤木千夏」
「えっ?」
 何気なしに名前を聞いてみたが、聞き覚えのある苗字に反応してしまった。

(まさか……な)

 そんな偶然があるわけない。あの人の妹だなんて、単なる思い過ごしだ。
 そう思い直し、俺は藤木千夏と一緒に外の様子をぼんやりと眺めていた……。



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