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 そして夜がやってくる。コリンの帰宅を知ったのは皿洗いが終わった後だった。
 全員のお茶のカップを洗い直し、各々が各々の部屋に帰る。
 俺達のこれからの予定は眠るだけだ……。

第151話 俺の気持ち  <<雄二>>

 俺の、俺達の部屋で智樹と雑談をする。
 午前中の訓練で疲れているはずなのだが、智樹は眠ろうともしない。
 そういう俺もそんなに眠くない。あれしきの運動で疲れたりはしないからだ。
「有香さんは強かった?」
 自分とは別メニューで訓練をしていた俺の様子が気になるらしい。
「強かった。マジで素手じゃ敵わねぇよ」
 近接戦闘において有香に敵う奴は男女合わせても少ないだろう。
 俺の井上流では暖簾に腕押し状態だった。
 力押しの戦法である井上流を自分なりに進化させなければならないと思い知った。

 過去の成り行きで覚えさせられた格闘術だったが、
 どうやら俺は更なる強さを求めるほどに、この世界にのめりこんでいたらしい。

「ふ〜ん。ますます井上さんとどっちが強いのか分からなくなってきたね?」
「まぁ、そうだな」
 俺の中での最強は井上春香だ。
 そりゃ、テレビに出てる格闘家なんかは春香より強いだろうが
 俺に関わる人間の中では間違いなく春香だと思っている。

「で、明日は何をするつもり?」
「……実はまだ考えてねぇ」
「へ?」
 そう、考えることができたのは今日の訓練だけだ。明日のことまで考えられなかった。
「コリンさんには秘密だって言ってたんだよね?」
「考えてねぇとは言えんだろ?」
 行き当たりばったりの訓練だが、考える方も大変なのだ。
 
「どうすっかなぁ……」
「…………」
 うっわ。智樹の冷たい視線が俺を突き刺していた。
「そんな目で見るなよ……。ちゃんと面白いの考えるって」
「今考えてる時点で失格だよ」
 何に失格なんだ? 訓練士か? それならとっくのとうに失格だ。
 俺は人に戦闘の極意を教えられるほど強くない、と自負している。

「そう言われてもよぉ、かなり難しいんだぞ? 時間もねぇし」
「言いたいことは分かるけど……やるしかないよ」
「まぁな」
 全員の能力を効率よく上げられそうな訓練……。
 今度は全員参加型のものにしたい、俺が見てないと午後のようなことが起きてしまう。
 それでいて俺が面白く、全員に苦痛がないような楽しい訓練。
「……んなもんあんのか?」
「いや、何のことか分からないし、僕に聞かれても……」
 思わず智樹に聞いてしまった。考えるのも一苦労だ。

「雄二はどんな訓練をしたいの?」
「ん? 楽しい訓練だ。楽しく能力を上げられりゃ言うことねぇだろ?」
 と言うより、苦しいだけの訓練なんか毎日やってらんねぇ。
 俺はなるべく訓練だと思わないように、遊びの中で能力を上げさせたかった。

「じゃ、僕とコリンさんの鬼ごっこみたいなやつもそうなの?」
「面白かったろ?」
「……まぁ…ね」
 見てる俺は最高に面白かった。お互い必死に鬼ごっこやってるんだからな……。
「じゃあ、それを全員でやってみれば?」
「有香と俺が入った時点でコリンの勝ちはなくなるだろうが……」
「そこはルールを改変してさ、対等になるようにすればいいじゃないか」
 そのルール改変がめちゃくちゃ難しいんだぞ?
 天秤に載せる錘のように均等になるようルールを作る。

「おい、お前も考えてやろうとか思わねぇのかよ?」
 せっかくなんだから手伝ってくれてもいいだろうと思って智樹を見やる。
「残念ながら思わないなぁ……引き受けたのは雄二だしね」
 確かにそうだが、事情を分かってくれたんだからよぉ……。
 なんか案を出してくれたり、いっしょに考えたりしてもいいだろ?
「ま、僕は寝るからじっくり考えてよ」
「お前、冷たくなったな……。あのころは良かった……」
 あのころは俺の話をしっかり聞いてくれていた。
 コブリン騒動のときが懐かしい……。

「まだ3ヶ月も経ってないよ。むしろ、慣れたからこうなったと思うけどね」
 そう言ってベッドで眠り始めてしまった。

 時間にしては3ヶ月以上経ってるけどな。
 寝食を共にしたこともあって、通常の友達よりは仲良くなっている。
 智樹もそう思ってくれているなら嬉しいものだ。
「今夜は眠らせねぇぞ」
「……。気持ち悪いなぁ、そういうのは彼女にでも言ってあげなよ……」
 寝返りをうち、心底嫌そうな顔を俺に見せる。
「彼女がいても言わねぇよ」
 そんなセリフを吐けるほど俺は軽くないつもりだ。それになんか下品な気がする。

「雄二って誰か好きな人いないの?」
「な、なんだよ? 修学旅行じゃねぇんだぞ?」
 急に恋愛の話になったので驚いた。しかも智樹からこんな話が振られるとは。
「似たようなもんだよ。修学旅行みたいなもんじゃない?」
「ま、まぁな。でもなんでこんな話題……」
「エリスのことで僕をからかったりするからさ、雄二はどうなのかって思ってね」
 別にいないんだよなぁ。そういう奴って……。
 このままだと香織さんに春香を押し付けられそう、という危機感はある。
(まぁ、それも面白いかもな)
 恐らくその場合、俺の身がもたないだろう。

「好きな奴なんていねぇし、別に彼女作る気も無いしなぁ」
「まぁ、僕も似たようなもんだけど」
 じゃあこの話題の意味がねぇじゃねぇかよ……。
 なんで智樹が急にこの話題を出したのか、ますます分からなくなってきた。

「有香さんは? 雄二に結構合ってると思うけど」
「有香? 無理無理。俺なんかじゃ勿体ねぇよ」
 アイツはいい奴だ。性格もいいし、料理も出来るし、何しろ可愛い。
 狙ってる男は大勢いるだろう。俺の友達やってるのが不思議なくらいだ。
「ふ〜ん。もし、付き合えたら付き合うんだ?」
「そりゃあ、まぁな」
 むしろ断る奴の顔が見てみたい。そして理由を聞いてみたいものだ。

「お前でも付き合えるなら付き合うだろ?」
「さぁね。その時になってみないと分からないよ」
 それは反則だろ……。俺だってその時になってみねぇと分からねぇっつうの。

「もう寝るか……」
「明日の訓練はいいの?」
 そういやそうだった。なんで俺はこんな恋愛話なんかしてんだ?
 
「もういい。明日考える」
 結局、俺は今日の課題を明日に持ち越すことにした……。



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