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 この世界に来て初めてやってみた料理。
 地球とそんなに変わらない。調味料や味が分かれば応用できる範囲だ。
 この料理だけは失敗するわけにはいかなかった……。

第150話 異世界クッキング2 <<有香>>

 味見をしても大丈夫。美味しくできた夕食。
 食卓に戻ればコリンさんが突っ伏していてかなり疲れているようだった。
 その後、エリスがお風呂からあがり、コリンさんの入浴が済んでから食事となった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 誰も何も言わずに凄い勢いで黙々と食べる。
 エリスやコリンさんも疲れて空腹だったのか、その食べかたは凄かった。
「どう……かな?」
 雄二君に聞いてみる。雄二君の感想が一番気になる。
 こんな機会が訪れるとは思いすらしなかった。
 しかも、その最初の料理を異世界で作ることになるとは……。

「ん? 美味いぞ」
 ここまで普通に感想を述べられたとしても嬉しい。自然と頬が緩んでしまう。
 ただ、不満もある。ここがリオラートだったことだ。

 せめて地球ならそれなりに練習の成果が発揮できる自信もあったのに……。
 料理は技能の一つとして練習していた。
 いつだったか、二人分のお弁当を作っていったこともあった。
 それでも結局は私が臆病なせいで渡すことができず、帰り道にいた野良犬にあげた。
「…………」
「? どうした有香?」
 じっと雄二君が食べている姿を眺めていたのが見つかってしまった。
「ううん、なんでもない」
 この世界は私の恋に意外な進展をくれる。
 だけど私自身は変わらなくてもいいのか、と思えてくる。

 不意に隣を見るとにやけたエリスと目が合った。
「なに見てんのよ……」
「べっつに〜」
 そう言って再び食事を再開する。

「ユカさんって料理も出来るんですね」
「あ、うん……まぁね」
 一息ついてコリンさんも感想を言ってくる。
「お前、自分の家はいいのか?」
「お父さんなら自分で作って食べるわよ」
「あの親バカ野郎なら帰ってくるまで作って待ってそうだけどな……」
 ぼそっと言ってからまた食べ始める。
 そんなにあの人は娘にべったりなんだろうか……。
 私の知らない間に雄二君がコリンさん親子に詳しくなっていた。

「トモキ、それちょうだい」
「え゛?」
「もらうわよ」
「あっ」
 隣ではエリスが智樹君の分のおかずを強奪していた。
 気が弱いとは思うけど、エリスに対しては特に酷い。
 雄二君が言うとおり惚れた弱みなのかな?

 まぁ、好評のようでよかった。やはり美味しく食べてもらえるのは嬉しい。
(こういう食事なら何度作っても飽きないかもしれないなぁ……)
 レナさんが喜んで作る理由はここにあるのかもしれない。
「ご馳走様」
「コリンさん、もういいの?」
 みんながまだ食べている中、コリンさんは食事を終えてしまった。
「うん、もうお腹いっぱい」
「僕もご馳走様」
 智樹君もコリンさんに続くように食事を終わらせる。
「なんだ智樹? もう食わないのか?」
「僕はもともと小食なんだ。今日は食べた方だよ」
 エリスに取られた分を差し引いても普通の摂取量だと思う。
 きっと普段はこれより少ないのだろう。
 一方、私はというと、現状維持のために食事の制限をしている。
 今の体型をいつまでも保っていたいものだ……。


「ご馳走さん。美味かったぞ」
「あれ? ユージ、もう終わり?」
 雄二君が席を立とうとするが、エリスはまだ食べている。
「お前、よっぽど腹減ってたんだな……」 
「久々に晃斥使ったからね。お腹減るのよ、アレやると」
 確かにウェポンの能力を使うと空腹感が増す気がする。
 
「……太るぞ?」
 雄二君が女性にとっての悪魔の言葉をエリスに放つ。
「大丈夫。そのぶん動けば問題ないでしょ?」
 余裕の発言だ。食事制限の恐怖を知らないからそんなことが言えるんじゃないかな?
「ねぇ、ユカ。もう終わり?」
「……全部食べちゃったの?」
 私も余るのは困るから嬉しいといえば嬉しいのだが……。
 もっと食料を求めているエリスにはどうしたらいいんだろう。

「エリス、これ以上は止めておいた方がいいよ? 食べすぎはよくないからね」
「そう? まだまだいけるんだけど」
「満腹になるまで食べるより8割程度の方が体にいいんだよ」
 腹八分目をこの世界の人間にも分かりやすいように説明する智樹君。
 エリスもエリスで智樹君に対しては若干素直な気がする。

「有香、片付けは任せとけ。お疲れさん」
「え? そんな……いいよ」
 空になったお皿を重ねながら雄二君が言う。
「洗いもんくらいなら俺だってできるって。ま、お茶でも飲んで休んでろ。」
 さっさとお皿を持って台所に消えてしまった。

「たぶん雄二なりのお礼だよ。受け取っとけば?」
「う、うん。そうだね」
 そんなことしなくても充分にお礼は受け取っているのに……。
 おいしそうに食べてくれたし、美味しいと言ってくれた。それだけで充分だった。
「アイツにはああいう仕事を頼めばよかったのね……」
 コリンさんが後悔するかのように呟いた。
 雄二君に何をやらせたのかは知らないが、もう二度とあんなことはゴメンだ。
 おかげであの日は一日中心配で胃が痛くなりそうだった。


「おい、お茶持ってきたぞ」
「あ、僕がやるよ」
 智樹君が雄二君からお盆を受け取り、カップを配る。
「あれ? 一つ足りないけど?」
「ああ、俺はまだ皿洗いだ。もうちょっとで終わる」
 お茶を一口啜る。うん、美味しい……。
 雄二君もこの世界のお茶を淹れるのにずいぶんと慣れたようだ。

「コリンさん、明日は何をするの?」
 智樹君が急に明日の訓練の予定を聞いた。
「それがアイツ何も言わないのよ……。秘密だ、って笑ってたわ」
「それは……気になるね」
 そう言って笑うときは……本当に悪戯を仕掛けた子供みたいに笑う。
 その笑顔が容易に想像できる。


「ま、何があっても乗り越える自信はあるけどね。ご馳走様」
 お茶を飲み干して、立ち上がる。
「帰るの?」
「うん、お父さんが心配してるかもしれないしね」
 なんだかんだ言ってもジートさんのことを気にかけているようだ。
 彼女も素直じゃない。と思うのは私だけじゃないはずだ。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 コリンさんは軽く急いだ様子で家を出ていった……。



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