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 この訓練……勝負にならねぇ。
 本気を出した有香がこれほど強いとは思ってもいなかった。
 少しばかり俺の方が有利かと思っていたが……とんでもない。

第144話 俺の井上流 <<雄二>>

 俺の攻撃は有香の体に触れる前に予測されているかのように避けられる。
 まるで空気を相手にしているかのような錯覚すら覚えちまう。
「くそっ」
「…………」
 そして、ちょっとでも無茶な攻撃をすると、その隙を突いて怒涛のような反撃がくる。
 井上流が剛だとすると神舞流は柔。正反対の戦法だった。
 それ故に有香の神舞流にとって俺は絶好のカモなのである。

 反撃に押し負けるように一旦距離をとる。
(このままじゃ暴露話決定だぞ……)
 あんな約束するんじゃなかったと後悔するが後の祭りだ。
 しかし、逃がさないように追ってくる有香に容赦はない。
「はっ!!」
 喉元へのパンチを寸止めにされて俺の負けだ。

「俺の負けだな……」
「じゃあ聞かせて……雄二君の話」
 有香が何故そこまで俺の話を聞きたいのかが分からなかった。
 それを聞いて有香はどうするんだ?

「まぁいいか……俺が井上流を使う理由だったよな」
 俺はとつとつと情けない過去を話し始めたのだった……。


〜 回想 〜

俺が小学生の頃の話だ、あのとき俺は普通のガキで弱かった……。
喧嘩なんか、まったくできなかったし、やりたくもなかったからな。
だけど春香はそのころから強かったんだ。

そんなときだ。初の春香の悪鬼羅刹モード。
俺がちょっとした喧嘩で階段から落とされて、腕の骨を折ったことがあってな。
そん時に春香が初めて本気でキレた。アイツは虐めとか大嫌いだから……。

そのときの状況といったら、そりゃ酷かった。
先生殴るわ、机を破壊するわで大騒動になった。
まぁ、俺が泣きながら止めたんだけどな……。
次の日だ。春香が無視されるようになった。恐怖で……。

あとはどんどんエスカレートだ。ノートに落書き、靴に画鋲。
それを俺の目の前で堂々とやったりしやがる。悔しくもなるだろ?
このときだよ。生まれて初めて人を殴りたいと思ったのは……。
で、がむしゃらにつっこんで大喧嘩だ。まぁボコボコにやられたんだけどな。

その日の帰りに春香に言われた「やるからには勝て。バカ」ってな。
その翌日から俺は春香から喧嘩のやり方を徹底的に叩き込まれる羽目になったんだ。
俺は井上流の生徒第一号になったわけだ。強制的にな……。
ただ、やってみると……春香の強さが嫌でも分かるんだよ。

そしたら超えてみたくなる。同じ構え、同じ技を持ってるんだ。
あとは能力だけだろ? 意地みたいなもんだな。
俺は負けず嫌いだから、井上流で春香に勝つことが、その頃からの目標になった。

〜 回想終わり 〜


「と、まぁ、こんなことがあったわけよ」
「雄二君……」
 話し終えると、話してる最中何度も頷いていた有香が話しかけてきた。
「ん?」
「今の話でどこに笑えるところがあるの?」
 笑えないか? この俺が弱かったんだぞ?
 今じゃ散々高校で幅を利かせてる俺がボコボコにされてたんだぞ?

「ぜんぜん笑う話じゃないよ」
「そうか?」
 自分の中ではかなり恥ずかしい過去なのだが有香にはそう思えないらしい。

「なんだか賭けの対象にして損した気分……」
「おい、そんなにたいしたことないのか?」
 そこまで言われると今までずっと恥にしていたのが悔やまれる。
「だって……誰だって最初から強い人なんていないでしょ?」
「春香は最初から強かったぞ」
 俺の記憶が正しければ、アイツは今現在まで常勝無敗だ。
 アイツが負けるなんて場面を俺は見たことがない。

「たぶん雄二君に見つからないように訓練でもしてたんじゃないかな……」
「一人でか? そりゃいくらなんでも……いや、まてよ」
 もし、もしだぞ? もし香織さんが春香の訓練の相手をしてやっていたとしたら……。
 それなら納得がいく。香織さんだって俺からしてみれば強い部類に入る。
 井上流はもしかして香織さんが創始者なのか?
 いや、でも春香は自分が創始者だと言っていた。

「あ、あの…大丈夫?」
「ちょっと考えが纏まんなくなってきた」
 予想がうまい具合に纏まらない。自分の納得のいく答えが出てこない。
「無理して考えなくてもいいと思うよ。そこまで重要な問題じゃないと思うし……」
「まぁ、そうなんだけどな……」
 一度気になっちまうと、自分を納得させたいと思うじゃねぇか。

「これからどうしようか? 雄二君も本気じゃないみたいだし……」
「……バレたか?」
「わかるよ。顔とか胸とか絶対に打ってこなかったもん……」
 女と格闘をすると殴れないところが多すぎる。
 春香のときもそうなのだが、アイツの場合、そのことを分かっている。
 そのため、アイツも顔面、急所の攻撃はしてこない。

「有香にはコリンともう一戦やってもらう。あいつの成長具合を確かめてくれ」
「成長……してると思う?」
「いんや、全然だろうな。でも動けるようにはなってるだろ」
 今頃智樹は完敗していて、自分の現在の実力を痛感していることだろう。
 俺はそのためにコリンの相手に智樹を指名したのだ。

「有香、お前は5回撃たせるな。撃たせたら……お仕置きな」
「お、お仕置き!?」
 俺に勝った奴が5回、25発も撃たせたら俺が浮かばれん。

「お仕置きって……何をするの……」
「おい、なに負けること考えてんだよ。頼むぞ?」
「う、うん……」
 お仕置きなんてありえない。ただちょっと冗談で言っただけなのだが……。
 有香の奴、本気で怯えてるぞ……。

「な、なぁ、大丈夫だよな? ちゃんと勝ってもらわないと目標にならないんだぞ?」
 かなり心配になってきた。負けようものなら……計算狂っちまう。
 コリンには有香を目標に成長してもらおうと思っているのだ。
 それをあっさり目標達成なんかされたら俺はどうすりゃいいんだ。
「大丈夫大丈夫!!」
 手をパタパタ振りながら必死に否定する。
(……いっそのこと俺がやったほうがいいか?)
 有香のしぐさと表情は俺の心配をかき消すことはなかった……。



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