次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る


 雄二達がいつの間にか僕達のもとを去っていた。
 僕はコリンさんとの訓練の真っ最中でそのことに気付かなかった。
 有香さんは雄二と戦うことができたのだろうか……。

第143話 チェスの如く <<智樹>>

 さて、人のことばかり気にしてもいられない。
 コリンさんとの訓練は今のところ9戦9敗。完敗だった……。
 どんなに僕が策を練ろうとも、あの手数の多さに苦戦している。
 だが、一つだけ僕が確実に成長しているという部分もある。
 それは、距離。コリンさんとの距離が少しずつではあるが縮んでいる。

「トモキさん。まだやるの?」
「……悪いけど僕が降参するまで付き合ってもらうよ」
 既にコリンさんの訓練ではなく、僕の訓練になっていた。
 本末転倒気味だったが、コリンさんも確実に動けるようになっている。
 動きながら水弾をつくり、撃ち出すこともできるようになった。
 まぁ、僕にとってコリンさんの成長は不利になってしまうのだが……。


「さ、もう一勝負しようか」
「10勝目、私が貰うわよ?」
「そうはいかないよ。全敗じゃ雄二に怒られるからね」
 コリンさんの訓練にならない、と叩かれるかもしれない。
 それに僕の意地もある。負けっぱなしで嬉しいわけがない。

 コリンさんより早く移動し、魔法の追撃を止まることなく退くことなくかわす。
 この鬼ごっこ、有香さんの動きを見ていて、僕の方が有利だと思っていた。
 しかし、意外と魔法をかわすのは難しい。
 どの方向から来るのかも分からないし最初はそれを見るのに精一杯だった。
「いくよ」
「ええ」
 まず、魔法が放たれるまでにコリンさんにできるだけ近づく。
 その距離をどんどん詰めていくわけで、最初の距離は短い方がいい。

「っ!!」
 第一波の魔法がやってくる。
『後方左右から2発…………3、2、1、来ます!!』
 神無のサポートを頼りにコリンさんの逃げた左側に避ける。
 そのまま前進する足を止めない。最後の一発を神無のある右腕でガードする。

 ここまでは計算どおりに進んでいる。
 コリンさんとの距離はこの時点で既に5mにまで縮まっている。
「このっ!!」
 前方から3発の第二波。右、左、遅れて真ん中の順番だ。
 それらをどう避けるか、その方法をミス無く可能な限り早く判断する。
 右の水弾を神無で弾き、左をかわす。遅れてきた水弾をかがんでやり過ごす。

 何発も何発もかわし、やり過ごし、避ける。
 そして、彼女との距離を徐々に徐々に少しずつ詰めていく。
 彼女の行動パターンを先読みし、動く方向を予測する。
 将棋かチェスのように相手がどのように動いても対処できるようにして動く。
 読み違いは許されない。予測を間違えることは即負けに繋がるからだ。


 既にコリンさんとの距離は1m近くになっている。
 ここからが問題だ。撃たれる前に補足する事はほぼ同速で動いているので不可能。
 しかし、コリンさんも魔法を撃っている余裕は無い。
(これで……チェックメイトだ)
 飛びつく形で右腕を伸ばし、地面を蹴る。



(触れた……)
 僕は確かにコリンさんの背中にタッチすることができた。
「はぁ、はぁ、はぁ……こ、これで1勝9敗だね」
「……これって……トモキさん…の…訓練に……なってない?」
 コリンさんも息を荒くして呼吸を整えようとしている。
 彼女の言うとおり、この訓練は僕の方に重点が置かれているように思える。

「大丈夫。雄二はきっと次の訓練も考えてあるよ」
 僕が相手ではコリンさんは物足りないだろう。
 かといって、雄二や有香さんではほとんど相手にならない。

「あの人……ユカさんともう一回やってみたいわ」
「僕とは逆の結果になると思うよ?」
 コリンさんの勝率は確実に1割を切るだろう。
 いくら彼女が成長しているといっても、あの人たちには遠く及ばない。
「それでもいいの。どれだけ魔法を撃たせてもらえるか試してみたいだけだから」
「ふーん」
 現段階でどのくらいの成果が出たのか試したい。
 僕にもその気持ちは分かる。僕だってどの程度動けるようになったのか知りたい。
 たった数時間程度で効果が出ているとまでは思っていない。
 しかし、頭の中で戦略を練る、という意味ではかなりの成長をしていると思う。

「そういえばさ、なんで強くなりたいの?」
 休憩の合間に、気になったことを聞いてみた。
「さすがにね。あんなにあっさり負けちゃったら悔しいじゃない」
「雄二とのこと?」
「アイツもそうだけど、今はユカさんに負けたほうが悔しいわ」
 苦笑いをしながら僕に言った。

 コリンさんは自分が結構強いと思っていて、それが2、3日で覆された。
 しかも、2回目は同姓だ。それが少なからずショックだったのだろう。
 仮にも主席だ。学校では負け無しだったのではないかと予想する。
(井の中の蛙、大海を知る…ってところかな)
 しかし、そのショックを向上心に変えることのできる人だった。それが救いか……。

「確かに悔しいけどね。嬉しくもあるのよ。私はまだまだ強くなれる……」
「…………」
(彼女も僕と同じ。強さを求めてる人だ)
 強さの方向性に違いはあるものの、成長を求めることに違いはなかった。

『智樹様。そこまで強さに固執する理由、気になりませんか?』
 神無が僕も少しは思っていた疑問を口にした。
(確かに気になるけど……聞いちゃいけないような気がするんだ)
『そうですか……』
 神無はあっさりと引き下がる。
 コリンさんは強さを求めることに必死になっているような気がする。
 何か深い理由がある、と僕は感じた。

「再開しようか?」
「ええ、もうそろそろ始めましょうか……」
 お互いに決められた距離をとって対峙する。
「3・2・1・始め!!」
 コリンさんの合図と同時に再び僕達の訓練が始まった……。



次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る

inserted by FC2 system