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 智樹君はかわすので精一杯だ。このままじゃ…いずれ当たってしまう。
 智樹君の動きには無駄が多すぎる。
 雄二君はそれを見ても何もアドバイスをしようとしない。

第142話 勝利条件 <<有香>>

 横っ飛びに転がりながら何とか水の弾をかわす。
 動きが止まったところでさらに2発が襲う。
 智樹君は神無でガードしつつ、何とか凌いでいく。
「おい、有香。見てるだけじゃねぇんだぞ」
「うん……」
 智樹君達を横目に見ながら私達はその場を離れた……。

「じゃ、今度は俺達だ。その前に、だ」
「なに?」
「着替えてきてくれねぇか?」
「へ?」
 私は自分の格好を確認する。
 ただの布の服。上には簡単なシャツ、下はミニスカート……。
「お前、今の状態じゃ、その……足技使えねぇだろ?」
 雄二君はそっぽ向いて頬を掻きながら言った。

 確かにこのままじゃミドルキックを使っただけで……。
「き、着替えてくる!!」
 このときの私の速度は自己新記録を出せそうなほど速かっただろう。


「……お待たせ」
「お、おう」
 ハーフパンツに着替えてから再び雄二君の元に戻った。
 雄二君の顔はまだ赤かった。たぶん私もだ。
「始めましょ」
「覚悟は……できてるみてぇだな」
 これから雄二君と戦う。
 覚悟なんてできてない。雄二君を殴ることなんてできない。
 だから私は受け流し続けていこうと思っている。

 雄二君は構えて私と対峙する。井上さんと同じ構え……自然体のままだった。
 私も攻撃に対応できるように構える。
「井上流格闘術、藤木雄二ってところか?」
(井上流……か)
 井上春香が始祖、実戦から作り上げた格闘術。
 私から見てもよくできていると思う。やっぱり彼女は凄い……。
「神舞流古武術、斉藤有香です。よろしくお願いします」
「おう。……いくぞっ!!」
 雄二君が本気で私を殴るためにかかってくる。
 これは……遊びじゃない……。

 パンチを弾き、蹴りをバックステップでかわしていく。
 怒涛の連続攻撃をすべてかわし、弾き、凌いでいく。
 攻撃の合間に距離をとり態勢を整える。


「やめだ、やめ」
 2分ほどやりあっていると、突然雄二君は構えを解いた。
「え?」
「お前……攻撃する気ねぇだろ」

 消極的なことにあっさり気付かれてしまった。
「あのなぁ、俺だってやりにくいんだぞ?」
「だ、だったらやらなきゃいいのに……」
 雄二君がやりたくないなら意見は一致する。やらなきゃいいだけだ。

「有香、ただの組み手だと考えられねぇか?」
「神舞流は他流派との試合を禁じられてるから……」
「喧嘩で使いまくってんじゃねぇかよ」
「あれは……他流派じゃないし……」
 自分で言いながら滅茶苦茶な言い訳だと思う。

「じゃあ問題ないよな。井上流なんか、あって無いようなもんだしな」
 そう、井上流とは井上さん個人が作り出した、ただの戦う方法だ。
 格闘術でも武道でもない。それらとは似て非なるものなのである。
「でも……雄二君とは、やりたくないし……」
 これが私にとっての一番の理由である。
 好きな異性に拳を向けるなんて簡単にできるものだろうか?

「頼むよ。俺のためだと思って。 な?」
「…………」
 私は雄二君のこの言葉に最も弱い。
 今まで言われたことはなかったが……これほど効果があるとは……。
 なんだかホストにはまってしまったかのようだった。
 いわゆる……骨抜き状態だ。

「それにさ、有香って春香と対等に戦えるんだろ? 春香越えは俺の目標だからな」
「それは……」
 実際に戦ったことがないから分からない。
 周囲の評価ではそういわれているし、自分でもそう思っている。
 しかし、彼女が実力を100%出し切ってなかったとしたら私は負ける。

「井上春香は俺の目標なんだよ。絶対に超えてやりてぇんだ」
 頼み込むように真剣な表情で私に訴えてくる。
「じゃあ、なんで……井上流なの?」
 同じ戦い方なら創始者の井上さんの方が圧倒的に有利だ。

「ん〜、これから話すこと……笑わないか?」
 こくこくと頷く。雄二君の話……誰にも言っていないであろう話。
 戦闘訓練なんてそっちのけで、その話に興味を持った。


「やっぱやめた」
「ええっ!?」
 急に話すのを止めてしまったので期待していた分、落胆も大きかった。
「いや、だって俺の話なんかどうでもいいだろ?」
(凄く聞きたかったんだけどな……)
 しかし、それを声に出していうことはできなかった。
 その代わりに首を横に振って否定の意思を示す。

「んなもん聞いてどうすんだよ? つまんねぇだけだろ?」
「あ、あの、でも、興味あるから……。雄二君って滅多に自分のこと話さないし……」
 まったくと言っていいほど自分のことを話さない雄二君。徹底した秘密主義者だ。
 その雄二君が私に自分のことを話したのは一度だけだ。

「OK。んじゃ俺に勝ったら話してやるよ」
 それは聞きたかったら真面目に戦えってことよね。
 戦闘訓練に勝利条件をつけることで私に戦わせようとしている。
「どうする? 闘るか?」

「…………闘るわ」
 もともと頼まれた時点でやる気にはなっていた。
 それに勝利条件がついた、ただそれだけのこと。

(雄二君の話。絶対に聞き出してみせる!!)
 私は容赦なく本気で戦闘訓練に励むと、自分に言い聞かせた。

「じゃあ、改めて……制限時間、決めるか?」
「いらない。すぐに終わるわ」
 速攻で片付ける。雄二君には悪いけど訓練にはならない。

「すげぇ自信だな。でも、俺だってただでやられるつもりはないぜ?」
「…………」
 もう言葉は要らない。目の前にいる人は好きな人じゃない……ただの敵だ。
 
 神のように舞い、敵を定めたら容赦することなく叩く。
 その動きは雲をつかませるが如く、力を活かし、力を殺す。
 これが神舞流の基礎であり極意だ。

 雄二君を容赦なく攻撃することができれば私もまた強くなれるかもしれない。
 お互いにとってこれは有意義な訓練だ。
「じゃあ、いってみようか」
 真剣な目で雄二君は打ち込んできた。
 それは私達の真剣な訓練が始まった瞬間でもあった……。



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