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 コリンさんを鍛え、強くする。
 主な内容はこのことだったが、雄二の狙いはもう一つあった。
 そのもう一つの狙いこそ僕にとって酷い一日の始まりだった……。

第141話 舞いのように <<智樹>>

 昨夜はあまりよく眠れなかった。
 コリンさんの戦闘訓練に僕も参加することになっているからだ。
 あの凄まじい魔法に僕が相手をするなんて……考えるだけでも怖い。

「さて、始めるぞ。コリン、水の魔法は使えるか?」
「使えるけど……あんまり得意じゃないわ」
 コリンさんは水より火の魔法の方が得意らしい。

「それでファイアボールみたいな水の玉はできるか?」
「大丈夫よ。それくらいの魔法なら余裕よ。<<アクアシュート>>」
 コリンさんの周囲に10個ほどの水の玉ができる。
「これでいいの?」
「限界まで威力落とせよ? 有香、じゃ、ちょっと頼む」
「うん、壁雲」
 壁雲を呼び出して有香さんが戦闘体勢に入る。

「コリン。お前がまず最初にやることは移動だ」
「え?」
「魔法使いってのは敵と一定の距離をとるのがセオリーだろ?」
「当たり前じゃない」
 確かに遠距離攻撃者にとって接近を許すことは、即、命に関わってくる。
「じゃあなんでお前は俺と戦ったとき一歩も動かなかった?」
「そ、それは……」
 あの決闘のとき、雄二が魔法を避けながら接近していたにもかかわらず
 コリンさんは一歩も動かずに魔法の詠唱を繰り返した。

「お前は逃げながら魔法を当てる。有香は魔法を避けながらお前に近づく。
有香に触れられたらお前の負け、魔法を当てればお前の勝ちだ。簡単だろ?」
 要するに特殊な鬼ごっこだ。有香さんが鬼、コリンさんが逃げる。
「こんな普通の女の子に魔法当てろって言うの!?」
 普通に見た感じ有香さんは普通の女の子だ。コリンさんが戸惑うのも分かる。
「相手の心配より自分の心配をしてろ。お前が同時に放てる弾は5発だ。分かったな?」
「コリンさん、雄二君の言うとおりよ。手加減はしないわ……」
 一瞬、鋭い殺気を感じた。有香さんがコリンさんに向けたものだ。



 有香さんとコリンさんの距離は約10m。圧倒的にコリンさんが有利な距離。
「智樹、しっかり見とけよ?」
「……うん」
 そう、これはデモンストレーション。有香さんは手本だ。
 後々、僕がやることになる特訓なのだ。
「始め!!」

「いけっ」
 相手の実力を見るようにコリンさんが3発の水を放つ。

パ、パ、パァン!!

「言ったはず……本気でこないと怪我しますよ?」
 ほぼ同時に放たれた水の弾を有香さんは拳で軽く粉砕した。
「……これは遊んでられないわね」
「バカ野郎!! 遊んでんじゃねぇぞ!!」
 雄二に応えるように新たに水の弾を創りだし、有香さんに対し本気で身構える。

「有香、本気でコリンを捕まえてくれ」
「任せて。じゃあ……いくわよっ!!」
 有香さんがダッシュで10mの距離を縮めていく。
「くっ」
 コリンさんもバックステップで逃げながら水の弾を5方向から撃つ。
 それを舞でも踊るかのように綺麗にかわし、当たりそうな弾を拳で消していく。


「これで……私の勝ちよ」
 有香さんがコリンさんの懐にもぐりこんで両腕を捕らえる。
 新たな弾を作らせる余裕もなく、あっさりとコリンさんは捕まった……。
「は、反則よ、こんなの……」
 有香さんの動きはまるで舞台を見ているようだった。
 ふわふわと掴みどころのない動きで水の弾がすり抜けたかのように避ける。
 避けた直後は一直線にコリンさんの方へ走りこむ。

 コリンさんは魔法を使いつつ、有香さんへの動きを注意しなければならない。
 それには有香さんは速すぎた。これを僕もやるのか……?
「智樹、次はお前だ。コリン、同時に撃てる数は3発だ」
 ほとんど時間もかからずに勝負が決まってしまったため、コリンさんに休憩はいらなかった。
 3発といっても僕には結構な数だ。

 避けるより相殺した方がいいな……。動きのロスが減る。
 前進しながら水弾を相殺し捕らえる、これがベストだ。
 しかし、僕にできるか? 3発を相殺し、なおかつ前進することができるか?

「神無!!」
 僕のアドバンテージはほとんどない。実力だけの戦いだ。
 ゆっくりとコリンさんと距離をとりながら戦略を練る。

 どうする……どう戦う?
「智樹、準備はいいか?」
「OK……」
 戦術を戦闘の中から考える。これは僕の修行でもある……。

「始め!!」
 合図と同時に様子見の水弾が飛んでくる。最小限の動きでそれをかわす。
 一気には行けそうもない。魔法の速度はかなりのものだ。
「こないの?」
 コリンさんが一向に近づかない僕に聞いてくる。
(行けないんだよ……)
 まだ、作戦の考え中だ。どう攻め崩していくか……。

『智樹様!! きます!!』
「うわっ」
 神無の警告を聞いて即座に水弾に対応する。
(危ない……。考えてばかりもいられないな……)
 これは長期戦になりそうだ。僕が耐えきれなくなったら負けだ。
 雄二はこうなることが分かっていたかのようにその場でごろ寝だ。

『智樹様。行くしかありません。距離をとられるともっと厄介になりますよ』
「だよね……」
 ゆっくりとコリンさんに向けて歩き始める。
「トモキさん!! やる気あるの!?」
「あるさ……。でも、これが僕のやり方だからね」
 考えて、考えて、考え抜いてコリンさんを策に嵌める。僕にはこれしかない。

「……っ!!」
 一気にコリンさんの方へ走り出す。
「甘いわ!!」
 1発目をかわし、2発目を神無でガードする。
『後ろです!!』
「!!」
 横っ飛びに3発目を避ける。神無に言われなければ、まったく気付かなかった。
 2発目をガードしたため視界が消されたからだ。

「これは……なかなか厄介な鬼ごっこだね」
 気付いた頃にはコリンさんはスタート時と同じ距離をとっていた。
「まだやれますか?」
「当然。まだまだ始まったばかりだよ」
 とは言ったもののどうしたものやら……。今のところまったくいい方法が思いつかない。

「今度はこちらからいきますよ?」
「僕に伺わなくていい……遠慮は無用だよ」
 手加減なんかいらない。これはコリンさんの特訓じゃなく僕の特訓でもあるんだ。
 雄二のもう一つの狙いはここにあったのだ。
 コリンさんを鍛えると同時に僕も鍛える。
 僕はこの後、何回の魔法をくらうことになるのだろうか……。
 誰にも気付かれないように僕は溜息をついた。



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