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 夕食を食べ、全員が部屋に戻っても私は戻る気にならなかった。
 家に帰ってきた人が必ず通る、この食卓で待ち続ける。
 誰を待っているかなんて言うまでもないだろう……。

第140話 待つ者 <<有香>>

 誰もいない食卓……。 明かりは数箇所に火が灯っている。
 もう何杯目のお茶を飲んだだろうか……。
 夕食が終わってから2時間ほどが経過していた。
 
 その間、ただ、席にじっと座って雄二君の帰りを待っていた。
(こうして家で雄二君の帰りを待つことになるなんてね……)
 そう、こうしていると……まるで夫婦のようだなぁ、という考えが生まれる。

「まだ待ってるの?」
「エリス……」
 呆れたように溜息をつきながらエリスが食卓にやってきた。
「別に死ぬわけじゃないのに……」
「そうだけど……私はただ待っていたいから待っているだけよ」
 そう、ただ出迎えてあげたいだけ、おそらく疲れて帰ってくるから。
 そして、お疲れ様って言ってあげたいだけなの……。

「夜食でも作ろうか?」
「そんなに遅くならないと思うけど……」
 現在の時刻は、だいたい21時頃だ。
 リオラートも地球と同じで一日が24時間。
 時計という物は存在しないので、月と太陽の位置でだいたいの時間を取るらしい。

「ねぇ」
「なに?」
「アイツのこと、そんなに心配?」
 エリスの質問に私は瞬時に答えることができなかった。
 心配なんてほとんどしていない。いや、まったくと言ってもいいほどかもしれない。
「ユージってそんなに心配するほど弱い奴じゃないと思うけど?」
「うん……分かってる」
 そのことに関しては私自身が良く知っている。
 命の危険についての心配はしていない。
 だが、心のどこかに不安がある。何の不安なのかも分からない不安が……。

「へぇ、分かってるんだ。 じゃあ、なんで待ってるの?」
「…………」
 分からない。自分自身のことなのに説明ができない。
「まぁ、いいけどね」
「は、はぁ……」
 エリスは何が言いたかったのか。私には分からなかった。


「あれ? エリスもいるんだ?」
「智樹君?」
「いや、雄二が帰ってくるまで有香さんは待ってるんだろうなぁって思ってさ」
「あ、トモキも?」
 智樹君もエリスと同じように私の様子を見に来たらしい。

「それじゃ、みんなで雄二の帰りを待とうか……」
「あ、確か、それってポップコーン、だっけ?」
「有香さんと一緒に食べようと思ってたんだけどね」
 智樹君はそう言いながら皿にポップコーンを移す。
「エリス。お茶淹れてくれる?」
「任せといて」
 エリスはお湯を沸かすために台所に入っていった。

「……雄二は幸せ者だね」
 ぼそりと私にしか聞き取れないような声で智樹君が話す。
「なんで気付かないのか、僕には理解できないよ」
 このことを話すためにエリスを台所へ追いやったことに気付いた。
「気付いてくれないのも雄二君らしくない?」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
 私は既に気付いてくれなくてもいいかな、と思い始めていた。
 しっかりと私の気持ちを伝えることができるし、その時を自分で選べるからだ。 
 そう考えることで気持ちを前向きに持っていっている。

「僕が雄二に聞いてあげようか?」
 今まで誰もが言わなかった一言が智樹君の口から出た。
「やめて。私はそんな応援ならいらないわ」
 雄二君の気持ちを先に知ってしまうのは怖い……。
 それにこんな方法、フェアじゃない。

「トモキ、お待たせ」
「ありがとう、エリス」
 エリスがお盆を持って戻ってきた。

「そう言うと思ってたよ」
 エリスに聞こえないほどの小声で智樹君は微笑んだ。
「なに笑ってんの?」
「結局みんなで雄二を待つことになっちゃったなぁって思ってさ」
「わ、私は別にあんな奴のことなんか心配しちゃいないわよ」
 お盆を置いたエリスは席についてポップコーンを口に放り込んだ。


「!?」
 私は玄関の扉が開く音を聴いて急いで玄関へ走った。
「帰ったぞ〜、って早いな有香。そんなに急がなくてもいいぞ?」
 既に玄関の前で待機していた私に雄二君が驚く。
「う、うん。おかえり、雄二君」
「みんな起きてるか?」
「食卓にいるけど……どうしたの?」
 
「ちょっと全員に話があるんだ。まぁ、話っていうより頼みだけどな」
 そう言うと、ニヤリと笑って雄二君は家の中に入っていった。
 疲れた様子もないし、辛そうな様子もない。
「よかった……」
 雄二君だけじゃなく私にとっても、長い一日が終わりを告げたようだ。
 正直、雄二君のことが気にかかって畑仕事もまともにできなかった。

「有香〜!! 食卓に来てくれ!!」
「う、うん!!」
 ぼーっとしていた私に雄二君が食卓から声をかけた。
 私はすぐに食卓に戻った。


「で、お前ら明日から予定はあるか?」
「予定? なんでいきなり……」
 雄二君の質問に智樹君がさっそく理由を聞く。
「追々話す。いいから、予定はあるかどうかだけ答えてくれ」
 
 片手で口元を隠し、目はいたって真剣。
「私……明日からも予定はないよ」
「私もないけど…なにするつもりよ?」
 エリスが私に続いて予定がないことを雄二君に伝える。
 私がこの世界で予定などあるはずもなく、毎日が暇だった。

「智樹は? あるのか?」
「僕もないよ」
 全員予定はない。明日から雄二君は何をするつもりなんだろう……。

「コリンさんだよね? 僕達がどうして関わってくるのかはわからないけど……」
「まぁな。先に言っとくがアイツの命令ってわけじゃないぞ?」
 智樹君がコリンさんがらみだということを言い当てる。
 私も薄々だけど気付いていた。さっきまで一緒にいたのがコリンさんだからだ。

 だけど、これ以上コリンさんに関わってほしくないのが私の本音だ。
 もし、彼女が雄二君という人間を分かってしまったとき……。
 あの強い拒否の気持ちが一気に正反対に傾いてしまいそうで怖かった。

「じゃあ明日のことで、みんなに提案がある」
 全員の予定を確認したあと、雄二君は私達に話を始めた……。
 そして、その話は私の想像を大きく上回るほど衝撃的だった。



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