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 晩飯は朝飯ほど冷たい空間じゃなかった。
 俺も会話に参加して、比較的楽しい時間になっていた。
 やはり、食事は楽しく喋っていた方が美味しい気がする。

第139話 ご主人様、最後の命令 <<雄二>>

 雑談をしながら夕食を食べているわけなのだが……。
 どうしても分からないことがある。何故俺はここで晩飯を食っているのか、ということだ。
 アイツが俺に飯を食わせる理由が無いのである。

「いやぁ、それにしても今日の仕事は楽だったなぁ」
 楽だったのは風華のおかげだ。しかも俺はそんなに楽じゃなかった。
「そういえば……ほれ」
 金貨を3枚、放ってよこした。
「300あるじゃねぇか」
 それは3枚とも100リームコインだった。
 俺たちの前提契約は5:5。つまり250ずつのはずなのだ。

「まぁ、お前の方が活躍したからな。サービスだ、とっとけ」
「いらねぇよ。ただの暇潰しだしな。あとで50返すから待ってろ」
 納得いかない。仕事に誘ったのはジートだし、報酬は5:5だと決めたのだ。
 250じゃないと俺は受け取る気はない。
「貰っとけばいいのに……アンタにも生活あるでしょ?」
 コリンが会話に参加してくる。
「そこまで切羽詰ってねぇんだよ。命令しても聞かねぇぞ」
 まだ2000リームほどの余裕がある。稼ぐ必要もない。
 それに、こっちで実際に生活するのはエリスだけだ。
 一人で2000もあれば数ヶ月はもつ。

「ま、いらねぇっつうんなら250でいいけどな」
 ジートはあっさり納得し、食事を再開する。
 それきり報酬の話は無くなり、全員が食事を再開した。

「コリンって料理上手いよな」
 朝食もそうだが、この晩飯もなかなかのもんだ。
「寮で生活してれば自然と上達するものよ」
 そういうもんかねぇ。俺は料理なんかまったくできない。
 母さんがいつも作るから俺はやる必要がないのだ。

「俺も飯くらい作れるぞ。ユージも覚えとけよ。冒険にゃいろいろ便利だぞ」
 って言われても……エリスかレナがやってくれるしなぁ。
 完全に人任せだった。


「ごちそうさん」
 食事を終えた俺はとっとと帰りたかった。
 有香が結構心配してくれていたのが気になっていたからだ。
「あのさ、俺もう帰っていいか?」
「……悪いけど、ちょっと付き合ってくれない?」
 コリンは言い辛そうに俺に告げた。
「な、なんだよ?」
 急に態度を変えたコリンに俺は戸惑いを隠せなかった。


 コリンの言われるがままに俺は外に連れ出された。
 辿り着いた場所は最初の命令のときに来たプーチ畑だった。
「アンタに最後の命令をするわ」
「最後? まだ時間はあるぞ?」
 夜になってはいるが日付変更まではまだ時間がある。
「いいのよ。もう私は人に命令するのには向いてないみたいだから」
「そりゃ、違うだろ」
「え?」
 コリンの命令の数々は向いていないとは言えない。
「たかが遊びの奴隷だからな。24時間後のこと考えると酷い命令はできねぇだろ?」
「…………」

「そうじゃなかったとしても、お前は奴隷なんて扱えねぇよ。
人を人とも思わねぇようなことができるような奴じゃねぇと思うぞ。違うか?」

「そうね。そうかもしれないわ……」
 そうだろ……。そうじゃないとお前を仲間なんて思った俺が報われねぇ。
「で? 命令はなんだよ? 最後の命令、聞いてやるよ」
「そ、それなんだけど……」
 そのあとのセリフはまったく聞こえない。
 ぼそぼそと小さな声、というより呟きで
「は? はっきり言えよ。たいした命令じゃねぇんだろ?」


「……私を鍛えなさい」
「え、え?」
 なんつった? 鍛えろって言ったのか?
「私を鍛えて、強くしなさい!! ユージ・フジキ!!」
「…………」
 アホ、か? 俺に頼むよりジートに頼んだほうが確実なはずだ。
 まぁ、命令ならそうするけど……

「別にいいんだが……今からか?」
「明日。明日からよ」
「それは明日になったら命令を聞く義務がなくなることを承知で言ってるのか?」
 隷属権は今日までだ。明日になったら俺はこいつの命令を聞く必要がなくなる。
 
 コリンが頷く。分かってて言っているのか……。
「その命令、聞いてやるよ。明日を楽しみにしてろ」
 コリンの非常識な命令が気に入った。
 たとえ「命令」じゃなく「頼み」だったとしても俺は聞いてやっていただろう。

「じゃ、今からもう自由の身でいいんだな?」
「ええ。もうアンタのご主人様なんて真っ平よ」
 
(まぁそう言うな。俺はそれなりに楽しかったぞ……)

 そんなに酷い命令は無かったし、アイツと料理をしたのも楽しかったしな……。
「ふん、俺もお前の奴隷なんざもう勘弁だね」
 それでも俺は本音を明かすことはない。こんなこと言えるわけがない。


「なぁ、頼みがあるんだけど」
 しばらく2人とも、ぼぅっとしていたのだが、ふと俺が話しかけた。
「ん? なによ?」
「アレをさ、もう一回見せてくれねぇか?」
「なに? 気に入ったの?」
 コリンは俺の頼みを聞いて、何が可笑しかったのかクスリと笑った。

「悪ぃかよ」
「悪くはないわよ。ただ、アンタにしては意外だったから……」
 失礼な奴だな。俺だってこういう気分になる時くらいあるっつうの。

「いいわ。<<水の精霊よ。力を貸して…>>」
 キラキラと輝く水と月光の乱反射。何度見ても綺麗だ。
 一つの月ではここまで輝くことはないだろう。この世界ならではの光景だ。

「やっぱすげぇなぁ」
「今のアンタ、子供みたい」
 そう言って微笑むコリン。俺の目はさぞ輝いているだろう。
 俺はこの光景に魅せられている。確実に……。

「うるせぇな。いいじゃねぇかよ」
 誰がなんと言おうと好きなものは好きなのだ。
「アンタってよく分からないわ。変わってるってよく言われない?」
「さぁな。言われてるかもしれねぇな」
 その後、数分の、まるで幻想のような世界を俺はじっと見つめていた……。



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