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 悪夢を見た。アイツの馬になって鞭でひっぱたかれたり
 木に縛られて魔法の標的にされたりと非道の限りを尽くされた。
 散々うなされて智樹に起こされたほどだ。

第131話 奴隷雄二の一日1 <<雄二>>


 朝、うなされて起きると、顔を洗いに井戸へ向かう。
 この村に水道なんて便利な物はない。井戸水を溜めて使うのだ。
 溜めてある水を使うより冷たい井戸水の方が俺は好きだ。
 あ、ちなみに風呂は火を焚いて沸かすらしいが俺はやったことがない。

 井戸に行くと既に顔を洗っている先客がいた。
「あら、きたわね。おはよう」
「……おはようさん」
 今日、朝一でご主人様の顔を見た。胃が痛くなった。
「今日、分かってるわよね」
「へいへい、なんでも可能な限りなら、やってやるよ」
 プライドと尊厳の許す限りの範囲ならな……。

「じゃ、家に来て。今すぐ」
「俺まだ朝飯食ってねぇんだけど」
「? 何か聞こえたけど?」
「了解です。さくさく行きましょう」

「<<無繋よ。我とトモキ・タニグチとの精神を繋げよ>>」
「え? なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
 コリンに聞こえないように呟いたつもりだったが……。
 まぁいい。内容まで聞こえてねぇみたいだし。

(智樹、智樹。聞こえるか?)
― え? 雄二? ―
(今、無繋で話してる。朝食いらねぇって言っといてくれ)
― わざわざ無繋使わなくても言いに来ればいいのに…… ―
(命令で今すぐなんだよ)
― 分かったよ。レナさんに言っとく ―
(またレナの世話になってるのか?)
― いや、だってさ。エリスが…… ―

 お前はエリスの僕か……。
 こいつらが付き合ったら智樹は絶対に尻に敷かれるな。

(とにかくそういうわけだから頼むわ)
― 了解 ―
 テレパシーを終了する。

『情けない……』
(んだと、この野郎!!)
 久々に無繋が話しかけてきたと思ったら、いきなり罵倒しやがった。

『我の主が素直に小娘に従う男だったとは、と思うとな……』
(ルールはルールだ。それに限度を超えなきゃ従ってやるさ)
『限度など主にとって無きに等しい物だと思うが?』
 確かに俺の限度は俺の中で絶対にできないことだ。
 そんな命令をコリンが出すはずもない。よって限度は皆無となる。

(黙ってろよ。情けなくてもな、俺は一向に構わねぇよ)
『そうだな。それが主らしいといえば主らしいか……』
 それっきり無繋はまた黙り込んで、ただの道具と化した。
 俺はそれを確認して無繋を小指から外した。

 無繋が話しかけてくることは滅多に無い。
 暇潰しに俺から話しかけることはあるが、たいていその相手は風華だ。
 無繋に話しかけることはあまり無い。

「なにしてるの? 着いたわよ?」
「おう、悪ぃ悪ぃ」
 扉を開け、訝しげな表情をしながら待っているコリンに謝った。
「早く入りなさいよね」
「へーへー」
 仮にも奴隷相手に先に入るように道を譲っているコリン。
 なんだかそんなコリンを見ていると妙に笑えた。

「なに笑ってんのよ……」
「いや、お前はご主人様には向いてねぇなって思ったんだよ」
「そう言うアンタも奴隷に向いてないけどね」
 ごもっとも。


「で? これはどういうことかねコリン君?」
「朝食作って。私とお父さんの分」
 2分後、俺はクリーク家の台所に立たされていた。
「俺のは?」
 俺、朝食食わないと調子悪いんだけど……。
「……いいわ。アンタの分もね」

「それより俺、料理なんてできねぇんだけど……」
「…………。本っ当に役に立たないわねぇ!!」
 材料の味も名前も分からんのに作れるわけがねぇだろ。

「し、仕方ないわねぇ。特別に一緒にやってあげる。感謝しなさい!!」
「最初っから自分でやれよこれくらい……」
「なんか言った?」
 独り言くらいスルーしてくれよ。

「なんでもございませんよ。ご主人様」
「そ、じゃあ始めましょ」
 結果から言うと俺は右往左往するだけの役立たずだった。
 料理の方はほとんどコリンがやった。

「ほら、ザックの皮剥いといて」
「ザックってなんだ?」
「ほら、そこの茶色いの」
 ああ、この芋か。

「風華」
 俺は風華のうちの1本でサクサクと皮を剥き始めた。
『アンタねぇ……。あたしをなんだと思ってんの!!』
(喋るナイフ)
『…………』

「皮が厚い!! もっと薄く剥きなさいよ!!」
「あのなぁ、俺は初心者なんだからちょっとくらい大目にみろよ」
 皮に実が少々ついたくらいでグチグチ言うな!!
「実がほとんど無いじゃない!!」
「……男料理は気合が大事なんだよ」
 漢の3分クッキング……流行りそうだな。などと思いながら剥いていく。

「そこの瓶とって」
「どれだよ。5つもあるぞ?」
 まったく同じ瓶が5つ並んでいる。これではどれかまったく分からん。
「右端のやつ」
「あいよ」
 俺、完全に補佐役。主に動くのはコリンだった。
 フライパン(こっちではどういう名前か知らんが)を動かしながら野菜を炒めていく。

「おお、いい匂いしてきたじゃん」
「……アンタ。自分の立場分かってんの?」
 だってどうしようもねぇじゃん。できねぇもんはできねぇっつうの。


「もう、結局、私が作っちゃったじゃない!!」
 見事に並ぶ料理の数々。うむ、実に美味そうだ。
「なぁ、聞いていいか?」
「なによ?」

「……お前は一体何がしたかったんだ?」
 俺の目の前で料理を作っただけだぞ……。
 自分の腕前を披露したかったのか?
「ア、アンタが料理できないのが悪いんでしょ!!」
 ならとっとと帰らせろよ。ずっと立ち見させやがって。

「は、ほら、いいから早く運びなさい。それくらいならできるでしょ?」
「了解」
 皿を3枚両手を使って食卓に持っていく。

「おお、おはよう。娘の奴隷よ」
「黙れ。殺すぞ」
「油売ってないでお茶も運んで!!」
「わぁったよ。うるせぇな!! ったく。それくらい自分で持ってこいよ……」
 後半は台所にいるコリンに聞こえないように呟く。

「なんだ、すっかり仲良くなったな?」
「…………」
 コイツの目はやはり節穴だ。間違いない……。
 俺は知りたい。これをどう見たら仲良しに見ることができるのか。

「こりゃ俺が出るまでもなく結婚だな」
「言ってろ。親バカ野郎」
 俺が台所に戻るとコリンが律儀に待っていた。
「食卓で座って待ってろよ。わざわざ俺を待つことねぇだろ?」
「う、うるさいわね。アンタを信用してないだけよ!!」
「あっそ」
 トレイを持って再び食卓に向かう。

「んじゃ、飯にしようぜご両人」
「その言い方やめろ。吐き気がするね」
「意見が合うわね。私もよ」
 どんなにいがみ合っていても席に座って声を揃えるのであった。

「「「 いただきます 」」」と……。



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