悪夢を見た。アイツの馬になって鞭でひっぱたかれたり 木に縛られて魔法の標的にされたりと非道の限りを尽くされた。 散々うなされて智樹に起こされたほどだ。 朝、うなされて起きると、顔を洗いに井戸へ向かう。 この村に水道なんて便利な物はない。井戸水を溜めて使うのだ。 溜めてある水を使うより冷たい井戸水の方が俺は好きだ。 あ、ちなみに風呂は火を焚いて沸かすらしいが俺はやったことがない。 井戸に行くと既に顔を洗っている先客がいた。 「あら、きたわね。おはよう」 「……おはようさん」 今日、朝一でご主人様の顔を見た。胃が痛くなった。 「今日、分かってるわよね」 「へいへい、なんでも可能な限りなら、やってやるよ」 プライドと尊厳の許す限りの範囲ならな……。 「じゃ、家に来て。今すぐ」 「俺まだ朝飯食ってねぇんだけど」 「? 何か聞こえたけど?」 「了解です。さくさく行きましょう」 「<<無繋よ。我とトモキ・タニグチとの精神を繋げよ>>」 「え? なんか言った?」 「なんでもねぇよ」 コリンに聞こえないように呟いたつもりだったが……。 まぁいい。内容まで聞こえてねぇみたいだし。 (智樹、智樹。聞こえるか?) ― え? 雄二? ― (今、無繋で話してる。朝食いらねぇって言っといてくれ) ― わざわざ無繋使わなくても言いに来ればいいのに…… ― (命令で今すぐなんだよ) ― 分かったよ。レナさんに言っとく ― (またレナの世話になってるのか?) ― いや、だってさ。エリスが…… ― お前はエリスの僕か……。 こいつらが付き合ったら智樹は絶対に尻に敷かれるな。 (とにかくそういうわけだから頼むわ) ― 了解 ― テレパシーを終了する。 『情けない……』 (んだと、この野郎!!) 久々に無繋が話しかけてきたと思ったら、いきなり罵倒しやがった。 『我の主が素直に小娘に従う男だったとは、と思うとな……』 (ルールはルールだ。それに限度を超えなきゃ従ってやるさ) 『限度など主にとって無きに等しい物だと思うが?』 確かに俺の限度は俺の中で絶対にできないことだ。 そんな命令をコリンが出すはずもない。よって限度は皆無となる。 (黙ってろよ。情けなくてもな、俺は一向に構わねぇよ) 『そうだな。それが主らしいといえば主らしいか……』 それっきり無繋はまた黙り込んで、ただの道具と化した。 俺はそれを確認して無繋を小指から外した。 無繋が話しかけてくることは滅多に無い。 暇潰しに俺から話しかけることはあるが、たいていその相手は風華だ。 無繋に話しかけることはあまり無い。 「なにしてるの? 着いたわよ?」 「おう、悪ぃ悪ぃ」 扉を開け、訝しげな表情をしながら待っているコリンに謝った。 「早く入りなさいよね」 「へーへー」 仮にも奴隷相手に先に入るように道を譲っているコリン。 なんだかそんなコリンを見ていると妙に笑えた。 「なに笑ってんのよ……」 「いや、お前はご主人様には向いてねぇなって思ったんだよ」 「そう言うアンタも奴隷に向いてないけどね」 ごもっとも。 「で? これはどういうことかねコリン君?」 「朝食作って。私とお父さんの分」 2分後、俺はクリーク家の台所に立たされていた。 「俺のは?」 俺、朝食食わないと調子悪いんだけど……。 「……いいわ。アンタの分もね」 「それより俺、料理なんてできねぇんだけど……」 「…………。本っ当に役に立たないわねぇ!!」 材料の味も名前も分からんのに作れるわけがねぇだろ。 「し、仕方ないわねぇ。特別に一緒にやってあげる。感謝しなさい!!」 「最初っから自分でやれよこれくらい……」 「なんか言った?」 独り言くらいスルーしてくれよ。 「なんでもございませんよ。ご主人様」 「そ、じゃあ始めましょ」 結果から言うと俺は右往左往するだけの役立たずだった。 料理の方はほとんどコリンがやった。 「ほら、ザックの皮剥いといて」 「ザックってなんだ?」 「ほら、そこの茶色いの」 ああ、この芋か。 「風華」 俺は風華のうちの1本でサクサクと皮を剥き始めた。 『アンタねぇ……。あたしをなんだと思ってんの!!』 (喋るナイフ) 『…………』 「皮が厚い!! もっと薄く剥きなさいよ!!」 「あのなぁ、俺は初心者なんだからちょっとくらい大目にみろよ」 皮に実が少々ついたくらいでグチグチ言うな!! 「実がほとんど無いじゃない!!」 「……男料理は気合が大事なんだよ」 漢の3分クッキング……流行りそうだな。などと思いながら剥いていく。 「そこの瓶とって」 「どれだよ。5つもあるぞ?」 まったく同じ瓶が5つ並んでいる。これではどれかまったく分からん。 「右端のやつ」 「あいよ」 俺、完全に補佐役。主に動くのはコリンだった。 フライパン(こっちではどういう名前か知らんが)を動かしながら野菜を炒めていく。 「おお、いい匂いしてきたじゃん」 「……アンタ。自分の立場分かってんの?」 だってどうしようもねぇじゃん。できねぇもんはできねぇっつうの。 「もう、結局、私が作っちゃったじゃない!!」 見事に並ぶ料理の数々。うむ、実に美味そうだ。 「なぁ、聞いていいか?」 「なによ?」 「……お前は一体何がしたかったんだ?」 俺の目の前で料理を作っただけだぞ……。 自分の腕前を披露したかったのか? 「ア、アンタが料理できないのが悪いんでしょ!!」 ならとっとと帰らせろよ。ずっと立ち見させやがって。 「は、ほら、いいから早く運びなさい。それくらいならできるでしょ?」 「了解」 皿を3枚両手を使って食卓に持っていく。 「おお、おはよう。娘の奴隷よ」 「黙れ。殺すぞ」 「油売ってないでお茶も運んで!!」 「わぁったよ。うるせぇな!! ったく。それくらい自分で持ってこいよ……」 後半は台所にいるコリンに聞こえないように呟く。 「なんだ、すっかり仲良くなったな?」 「…………」 コイツの目はやはり節穴だ。間違いない……。 俺は知りたい。これをどう見たら仲良しに見ることができるのか。 「こりゃ俺が出るまでもなく結婚だな」 「言ってろ。親バカ野郎」 俺が台所に戻るとコリンが律儀に待っていた。 「食卓で座って待ってろよ。わざわざ俺を待つことねぇだろ?」 「う、うるさいわね。アンタを信用してないだけよ!!」 「あっそ」 トレイを持って再び食卓に向かう。 「んじゃ、飯にしようぜご両人」 「その言い方やめろ。吐き気がするね」 「意見が合うわね。私もよ」 どんなにいがみ合っていても席に座って声を揃えるのであった。 「「「 いただきます 」」」と……。 |