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 ね、眠れねぇ……。
 眠って次に起きたとき俺は奴隷になっている。
 何をやらされるかを想像するだけで俺はまったく眠れなかった。

第130話 足掻き <<雄二>>


 まったくと言っていいほど眠気がやってこない。
 当然だ。誰が最後の自由を寝て過ごす? こうやって今までの思い出を頭に……
『そりゃ走馬灯でしょ』
 頭の中でつっこまれる。当然、風華だ。
(うるせぇな。そんな気分なんだよ)
 眠れなかった俺はまたしても風華を呼び出していた。
 いい暇潰しだ。一家に一組は持たせておきたい。

『まぁ、命とられるわけじゃないし? それに自業自得じゃない』
 魂の相棒は俺を見放した。
『どれだけボロボロになっても治せばいいし、問題は精神面?』
(俺の忍耐力をなめるなよ)
『そうよねぇ、春香ちゃんの奴隷のようなもんだしね』
「……このクソアマ」
 誰が奴隷か!! 叫びたかったが、忍耐力が春香のおかげでついているのも事実だ。

「よし、逃げるか……」
『雄二が本気になったら、誰も雄二を捕まえることなんてできないしねぇ』
 その通りだ。俺が本気になって逃げれば、奴は俺を捕らえることなんてできない。
 隣のベッドで眠る智樹に注意しながらゆっくりとベッドを抜け出す。

「雄二、諦めなよ……」
「……起きてたのか」
 智樹は向こうを向いて寝ていたので本当に寝ているのか分からなかった。
「風華と何を言いあっていたのか知らないけど、逃げても無駄だよ?」
「アイツに俺が捕まるとでも思ってんのか?」
 風華の力は並じゃないぞ。それはお前もよく知ってるだろ?

「奴隷になる日付が変更になるだけだよ。それにさ……」
「まだなんかあんのかよ?」
「コリンさんだって、そこまで酷いことしないと思うよ?」
「ほう、で? その根拠は?」
 自信ありげに語る智樹にはいつも感服させられるが今回は納得できん。

「あるわけないよ。僕はエスパーじゃないからね」
 そりゃそうだ。明日の俺への命令の酷さは智樹には分かりっこない。
「ただ、高確率で確信してるよ。コリンさんの人柄とかを見てるとなんとなくね」
「へぇ、そりゃたいした観察眼だな」
 たった1日でそこまで見抜く観察眼。俺も欲しいもんだ。

「僕なら素直に従っとくね。後が怖いし……」
 あの魔法で闇討ちされたら死ぬな。間違いなく。それでもな……
「俺はお前じゃねぇからな。目一杯抵抗するっつうの」
「そう……それが僕と雄二の違いだよ」

「じゃ、俺行くわ」
「……おやすみ」
 俺は智樹ほど要領良く生きていけない。そんな風にできてない。

「俺、お前が羨ましいぞ」
「それはこっちのセリフなんだけどね」
 バカな事言うな……俺なんざたいした人間じゃねぇっつうの。
 さぁて、どこに逃げようかねぇ。



「日付変わったわよ」
「お前は……手加減無しか」
 外にいたのは、明日の、いや、今日の俺のご主人様コリン。
「さっそく命令かよ」
「そうね、ちょっと付き合ってくれる?」
「聞くなよ。命令、だろ?」
「そうだったわね。私に付き合いなさい」
 そう言ってとっとと歩いていく。

「どこ行くんだよ?」
「今のアンタにそれを聞く権利はないわ。黙ってついてきなさい」
「へいへい」
 それにしても普通日付変更と同時に命令しにくるか?

「で、アンタこんな時間にどこに行く気だったの?」
 振り向きもせずに前に進みながら話しかけてくる。
「知ってて聞いてるんだったらお前相当嫌な奴だぞ……」
「答えなさい。命令よ」
 く、この、本っ当に嫌な奴だな。コイツと結婚する奴は大変だな……。
 ある意味ジートが選んだ方が婚期逃さなくていいんじゃねぇか?

「2、3日旅に出ようと思っただけだ」
「やっぱり逃げる気だったのね。釘刺しに来て正解だったわ」
 たった一日で行動パターン読まれる俺ってどうよ……?



「ここは変わらないわね……」
「畑……か?」
 月明かりに照らされた身長ほどの高さの木が無数に見えた。
「プーチ畑よ。懐かしいわ」
 へぇ、こんなところにあったのか……。
 シア村の秘密。頭に残っていた謎。プーチはどこで作っているのか。
 村から3kmほど離れた丘にずらりと並んでいるプーチの木。

「<<水の精霊よ。力を貸して……>>」
 畑の部分だけに水が降りかかる。まるで局地的な小雨が降っているようだ。
 水滴が月明かりによって凄く輝いていて……
「……すげぇ」
 本当に綺麗だった。映画か何かのCGを見ているようだった。


「私だってこの村が嫌いで出たわけじゃないからね」
 しばらくして、コリンがぽつりと呟いた。
「じゃあなんで出たんだよ?」
 何故こんなことを言いだしたのかは分からないが、聞いてみたいことだった。
「なにか言った? 奴隷の分際でとんでもない口の聞き方をしたように聞こえたけど?」
「…………なんで村を出たんでしょうかご主人様」
 声が怒りで震えている。それを見てコリンは満足そうな微笑みを見せて言った。
「言うわけないでしょ。黙ってなさい」
「…………」
 我慢だ。我慢だ。我慢だ。我慢だ。
 何度も自分の心に言い聞かせ平静を保つ。
 しかし、あと23時間とちょっと。俺の精神はもつのか?


「で? 俺を連れて何しにここに来たんでしょーかぁ? ご主人様ぁ」
「アンタ舐めきってるわね……」
「ふん、23時間後に絶対復讐してやるからな」
 この屈辱、晴らさでおくべきか……。
「まぁいいわ。私はここを見たかっただけ。この景色を見たかっただけよ」
 そんなことで俺を呼ぶなボケ。
 行きたきゃ一人で行け。いや、むしろ逝け。

「帰りましょ」
「もういいんでしょうかぁ? 目が腐るほどに拝みましたかぁ?」
「はぁ……。その口調をやめなさい。普段通りでいいわ」
 コリンの溜息のあと、俺は言論の自由を許された。


 村まで無言で帰ってきた。そして、家の前でようやくコリンが口を開いた。
「言っとくけど逃げようなんて思わないことね」
「思わねぇよ。こうなったらしっかり一日付き合ってやるっつうの」

「じゃあ今日はもう寝なさい。明日もよろしく……奴隷さん」
 その口調に棘はなくなっていて、気を張ることのないただの少女の口調だった。
「ああ、たっぷり寝ろよ。一日中寝てても文句は言わねぇぞ」
「……それはないわ。おやすみ」
 そう言い残してからコリンは自分の家に帰っていった。

「ったく、面倒くせぇな……」
 結局、俺を連れまわした意味が分からなかった。
 ただ唯一分かったことといえば、明日も面倒なことになるということだけだった。


「……早いお帰りだね」
 部屋に帰ると智樹が眠ったまま言ってきた。
「捕まったんだよ。家出てすぐに」
 俺はベッドに入ってふて寝した。明日の自分を夢見ながら……



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