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 もうこの世界に来ることもすっかり慣れて躊躇いはない。
 地球での時間が止まっている、ということは夏休みが伸びるということだ。
 これを利用しない手はないだろう……。

第113話 鋭い弾丸 <<雄二>>


 エリスのいない隙に家に入り着替えを済ませる。
 俺達はリビングに座り、レナの入れたお茶を飲んでいる。
「じゃじゃ馬はどこ行ったんだ?」
「私の家でご飯を食べてますよ」
 じゃじゃ馬のレナにたかっていた事実が判明した。

「エリスってご飯作れなかったっけ?」
「野宿したとき作ってたよ?」
 智樹の質問に有香が答える。
「ええ、どうせなら美味しいもの食べたい、だそうで」
 絶対違う。面倒なだけだ……。
 レナの言葉を聞いて俺はそう確信した。

「3食食いにきてんのか?」
「はい、ご飯の時間になると私の家に来るんですよ」
 どうやら俺達のいない間、じゃじゃ馬はしっかりと餌付けされていたようだ。


「レナ〜。いるの〜?」
 じゃじゃ馬のご帰還だ。
「よっ」
 軽く挨拶してみた。しかし、エリスの表情は瞬時に切り替わった。怒りの表情に……。
「ユージ!! アンタ今までどこほっつき歩いてたのよ!!」
「どこだっていいだろ? 関係ねぇじゃねぇか」
「アンタねぇ、護衛対象ほっとく奴がどこにいるのよ!!」
「ここ」
 反語表現だということくらい分かっている。
 だがエリスの怒りを煽るにはそれだけで十分だった。

「……晃斥」

チッ

 今、頬を何かが掠めていった。手を当ててみると血がついていた。
「次は当てるわよ……」
「ちょっと待て。お前、今、何やった……?」
 何かが飛んできたようだったが……。

「斥力だよ。たぶん晃斥で小石か何かを飛ばしたんだ」
 智樹が答える。危ねぇ小技覚えやがって……。
「ふん、さすが。相変わらず鋭いわねトモキは」
 俺に向ける表情とは違ってニッコリと笑う。
「まぁね、元気だった?」
「うん、ユカも元気そうね?」
「久しぶり、エリス」

 ちょっと待て。 ねぇ、何? この雰囲気?
「俺はほったらかしかい!!」
「なによ?」
「お前、俺は怪我したんだぞ!!」
 頬を指差して主張する。
「当てなかっただけでもありがたいと思いなさいよ」
 こ、このアマ……そういう問題じゃねぇだろ。

「ちょっとは謝るとかしたらどうなんだよ!!」
「そんな傷、とっとと治しなさいよ。ちっちゃい男ね」
「…………」
 もうダメ、限界。殺っちまっていいですか?

「二人とも喧嘩はそこまで!!」
「お、おう」
「……分かったわよ」
 智樹の制止に従う。エリスも渋々といった感じで従っていた。

「相変わらずですね、ユージさんは……」
 レナが呆れ気味に言った。悪かったな。


「風華。<<風よ、我が身の傷を癒せ>>」
『理不尽よね……。矢でも撃っとく?』
 風華は攻撃を推奨した。まるで撃てとでも言わんばかりの口調だった。

(怖ぇこと言うなよ)
『せっかく帰ってきたのに出迎えに弾丸はないでしょ?』
(まぁ、そうは思うけどな。俺が大人にならねぇとな)
『さっきまで精神年齢が同じだったように見えるけど?』
(黙れ……)
 傷は治った。だがこのまま引っ込むのも癪だな……。

『あ、今、一発くらいならって思ったでしょ』
(…………)
 しっかりバレていた。さすが魂の共有者……。

「で、今日は何をしに来たの?」
「ここは俺達の家だ。帰ってきて何が悪いんだよ」
「雄二。このままじゃ話が進まないよ」
 そう言われてもエリスの言い方はなんか頭にくるんだよ。

「僕達はただ帰ってきただけだよ。旅が一段落したからね」
 スラスラと嘘を語る。智樹なら嘘発見器でも騙せそうだ。
「ふ〜ん、しばらくここにいるの?」
「そのつもりだけど……何かまずいかな?」
「ぜんぜん。元々トモキ達の家だしね」
 俺、ただ聞いてるだけ。
 口を挟むなという無言の圧力が智樹からだけじゃなく有香からも発せられていたからだ。

「あ、ユージ。アンタにお母様から封書が来てるわよ」
「は? 俺に? 女王から?」
「今、取ってくるわ」
 エリスはリビングを離れ、部屋に入っていった。

「雄二君。エリスの言い方もいけないけど、雄二君も悪いと思うよ?」
「いや、分かってんだけど。つい、な」
「先が思いやられるよ……」
 エリスがいなくなった途端、有香と智樹に即座に責められた。俺もそう思う。
 極力黙るように心掛けようと思う。思うだけになりそうだが……。


「はい、これ。10日前くらいに届いてたわよ」
 女王の封書は10日間も放置されていた。
 封を切って中の便箋を取り出す。


最優先命令
ユージ・フジキ、トモキ・タニグチ、ユカ・サイトー
以上三名を第二王女護衛隊に任命する。
なお、護衛隊隊長はユージ・フジキとすること。
 クェード王国女王 ルーシィ・クェーデリア


「…………」
 おいおい、マジかよ。
「なんて書いてあったの?」
 俺は無言のまま智樹に便箋を渡す。

「…………」
 同じく無言。なに考えてんだあの女王は……。
「有香さん。僕達とんでもないことになっちゃったみたいだよ」
 そう言って便箋を有香に渡す。

「……嘘」
 これは嘘でもなんでもない。紛れもなく現実だ。
 つまり、俺達3人はエリスの側近になったのである。
 正式なクェード王国の兵士になった、といっても過言ではない。

「よし、断りの手紙を出そう」
 即決。一瞬の迷いもなかった。
「無理だよ雄二。2枚目をみてごらん」
 2枚目? もう1枚あったのか……。


なお、この命令を拒否した場合。
ユージ・フジキを50000リームの賞金首としてクェード王国中に発表する。

追伸……
逃がさないわよ♪


 文面通り逃げられなかった。日本円にして約500万の賞金首だった。
「な・に・が、逃がさないわよ♪だ!!」
 破り捨てたくなる衝動を何とか抑えた。
 いっそのこと見なかったことにして焼却してやりたくなった。
「しかも何で俺だけなんだよ!!」

「なんて書いてあったのよ?」
 エリスは一度も見ていないので何があったのか分かっていない。
 俺は便箋を渡してやった。

「隊長がユージ!? ありえない!!」
「よし、エリス。抗議の文書をしたためるのだ!!」
 娘の言うことなら親も聞くだろう。
「無理よ!! 最優先命令は何をしても覆らないの!!」
 状況は絶望的。
 
「よし、コイツをクェードに返してこよう」
「ええっ!?」
 俺の提案した最終手段にレナが驚く。

「賞金額上がるのが関の山だね」
 智樹の冷静で的確なツッコミに俺は泣きそうになった。
 え〜、俺は第二王女護衛隊隊長、ユージ・フジキです。
 役職名は格好良かった。しかし、所詮はじゃじゃ馬姫の側近だった。

「諦めるしかないよ……」
「待て、護衛ってことは旅に出ることも許されないんじゃねぇのか?」
 智樹、有香、レナにはこれだけで通じるだろう。

「「「 あ゛」」」
 やれやれ、どうやら今回も簡単に地球に帰れそうにない……。

「当然よ、旅に出るときは私も行くことになるわね」
 連れて行ける場所なら連れてってるっつうの!!

「どうしよ……」
 有香も状況が分かっている。どうしようもない状況だ。
 地球に連れて行くか、命令無視か……。それともエリスに俺達のことを話すか。
 最後の案が一番よさそうだが、最初の案と同じことになりそうだ。
 ちなみに真ん中の案は却下だ。俺はまだ死にたくない。

「対策を考えなきゃね……」
 こんな途方もない出来事に対策なんてものがあるのだろうか……。
 こっちの世界に来て1時間もしないうちに、こんな難問を抱えるとは思っていなかった。



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