次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る


 疲れた……やっと眠れる。
 香織さんは俺が眠るようなことを許してくれるはずもなく
 結局、家に着くまで一睡もできなかった。

第110話 夢と強さと優しさと <<雄二>>


 現在時刻12:27。
 帰ってくるなり荷物の片付けもせず自分の部屋に入り、ベッドにダイブする。
「や、やっと眠れる……」
 もはや着替えるのも億劫だ。このまま眠りに堕ちてしまいたい。
 非睡眠時間、約30時間になろうとしている。
 徹夜に慣れていない俺にとって、この時間は限界をとっくに超えている。

「お兄ちゃ〜ん。ジュースは〜?」
「頼む……明日にしてくれ」
 出発前にもめた、ジュースの問題を掘り返してくる。
「……おやすみ」
 何も言わずに扉を閉めて出ていった。ああ、妹よ。お前は優しい奴だなぁ。
 では、お言葉に甘えて、戦士の休息といきますか……。

ZZZzzzz……。


― …ジさん、ユー……ん ―
(この声……レナか?)
― ユージさん。エリス様がまだ帰らないのかと催促が厳しくなってきました ―
 あのじゃじゃ馬……。こっちでも俺の妨害をするか……。
(夢にまで出てくるなよ……)
 俺の気が休まらないじゃねぇか。
― すみません。普通に話しかけても答えてくれなかったものですから…… ―
 だから、夢に出てくることにした、と。
 
(つまり、リオラートに行けばいいんだろ?)
― はい、準備ができたら呼んでください ―
(智樹と有香はどうする?)
― 大丈夫です。練習しましたから3人でも召喚できますよ ―
(明日になるがいいか?)
 今日は眠らせて欲しいし、旅行が終わってすぐ2人を呼び出すのも変な話だ。
 やっと1つのイベントが終わったのだ。次にいくには早すぎる。
 
(とにかく今日はゆっくり眠らせてくれ。いろいろあって疲れてんだ)
― は、はい。では、連絡をお待ちしてますね ―
 レナの連絡が途切れる。ようやく眠れる。
 


(ん……。今何時だ?)
 真っ暗な室内、ベッドから手を伸ばし携帯をとる。
(9時……か)
 ま、こんなもんだろ。軽く伸びをして身体を解す。
「電話、しなきゃな」
 また、あの世界に行くことになった。じゃじゃ馬のせいだ。
 
 まずは、じゃじゃ馬の保護者に電話するかね……。
 アドレス帳から智樹を呼び出す。

トゥルルルルル
 トゥルルルルル

「もしもし? おはよう、雄二」
「ああ、おはようさん。突然だが明日、俺の家に来れるか?」
「行けるけど……」
「じゃ、明日。昼過ぎに来てくれ」
 俺が夜中にもう一度寝て、起きればそのくらいの時間になるだろう。

「分かった。2時ごろに行くよ」
 これだけは智樹に言っとかなきゃならない。
「それと、今日の喧嘩な。なかなかいい動きだったぞ」
「……僕が? かわしていただけだよ?」
 確かにそうだ。俺のフォローがなければ殴られていた場面もいくつもあった。
 
「喧嘩初心者が経験者の攻撃をかわしたんだぞ? 上出来じゃねぇか」
 その攻撃をかわすのが、喧嘩の、戦闘の極意とも言えるんじゃないか?

「上出来……。嬉しくないね……」
「だろうな。俺も強いって言われてもあまり嬉しいとは思わねぇよ」
「雄二も?」
「ああ」
 俺だって喧嘩しないで済むならそれに越したことはないと思ってる。
 だが、周囲がそれを許さない環境にあった。
 
 これはただの言い訳かもしれない。
 だけど俺が誰かに喧嘩しないで済む状況を作ることができるなら
 それだけでも俺が強くなった意味があるんじゃねぇかなぁ……。

「智樹、今なら分かるだろ? 武闘派って意外と面倒なんだよ」
「なんとなく分かる気がするよ……」
「ま、言いたいことはそんなとこだ。明日、またな」
「うん」
 電話を切った。有香にもかけなければいけないので長話はできない。

「あ゛……。俺、有香の番号知らねぇじゃん」
 有香は俺の番号知ってるのに俺は有香の番号を知らなかった。
 誰かに聞くわけにもいかんしなぁ……。
 連絡網の紙どこやったっけなぁ。
 使わないと判断して捨てちまったかもしれん。
 俺は部屋の捜索を開始した。


10分後……

「見つからん……」
 やはり捨ててしまったようだ。どうしよう…… 

トゥルルルルル
 トゥルルルルル

「雄二? どうしたの?」
「有香の番号知らねぇ?」
 結局、智樹に頼ることにした。

 
 智樹から有香の家の番号を聞き出し、有香に電話をかける。

トゥルルルルル
 トゥルルルルル
  トゥルルルルル

「はい、もしもし」
 男の声だ。父親か? 
「斉藤さんのお宅ですか?」
「そうだけど?」
 声が若い、兄貴か弟だろう。
「湊大付属の藤木ですけど有香さんいますか?」
 慣れない敬語を使いながら話す。
「ふ、藤木って、もしかして藤木雄二さんですか!?」
「そ、そうだけど……」
 何故、俺のフルネームを知っている……。
「姉貴ですね? すぐに代わります!!」
 保留音が流れる。卒業式で聞いたことのある曲だ。
 そして、どうやら電話の相手は有香の弟だったようだ。
 
「も、もしもし?」
 しばらくして有香が電話に出る。
「あ、有香か? 俺だけど」
「……何か用?」
 心なしか声が冷たかった。まだあのことを根に持っているのだろうか。
「あ、明日なんだけどさ。暇か?」
「暇だけど……」
「2時頃にに俺の家に来て欲しいんだけど……いいか?」
「…………」
「有香?」
「……うん、大丈夫」
 ここはやっぱり謝っといたほうがいいのかもしれんな……。

「有香、昨日は悪かったよ。風華使っちまって……」
「……て……よ」
「え? なんだって?」
 声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「雄二君、分かってないよ。私、風華を使ったことで怒ってるんじゃないよ……」
「じゃあ何で怒ってんだよ?」
 有香の怒りの原因がまったく分からない。

「……雄二君が私を眠らせて徹夜したことに怒ってるの!!」
 いきなり大声で言われて耳が痛くなった。
「雄二君が徹夜するなら私も徹夜したかった!! 私を眠らせたなら雄二君も眠って欲しかったの!!」
「……あ…」
 マジで怒ってる。俺は相当やばいことをしてしまったようだ。
「私そんなことされてもぜんぜん嬉しくない!! 雄二君……優しすぎるよ……」
 だって、一緒に寝ることができねぇなら有香だけでも眠ったほうがいいじゃねぇか。
 
「ごめん……。明日はちゃんと行くから、今日はごめんね……」

ブツッ
ツー、ツー、ツー、ツー

 電話は切れた。俺は携帯を耳に当てたまま固まってしまった。
「結城に続いて有香もかよ……。俺、何やってんだろ」
 俺は俺のやりたいようにやってきた。
 その行動が裏目裏目に出た結果、これだ。
「どうすりゃいいんだよ。さっぱり分からねぇよ……」


雄二君……優しすぎるよ……


 有香。俺、優しくなんかねぇよ。
 本当に優しい奴が人を怒らせたり悲しませたりするかよ……。



次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る

inserted by FC2 system