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 これは競泳に負けた罰ゲームであって相手はあの人なわけで。
 井上さんが鬼で私はここまでしてくれた井上さんに感謝と殺意を持ったわけで。
 ……だめだ。混乱してて何が何やら分からなくなってきた。

第107話 Panic Night <<有香>>


「…………」
「…………」
 花火が終わって部屋に戻ってきた二人……。
 最初から私は緊張していたのに、あの時、井上さんが煽るから……。



〜〜 回想 〜〜


「有香〜。こうなったら逆に襲っちゃう?」
「襲いません!!」
 完全に仕組まれた競泳大会だった。
 井上さんから初めから私と雄二君をダブルにするつもりだったのだ。
 その証拠に結城さんたちにはノータッチだ。

「はめられた……」
「人聞き悪いよ有香。有香の為じゃん」
 井上さん、顔が笑ってるよ……。説得力ないよ……。
「別に最後まで、とまでは言わないけどね」
「そ、そそ、そんなつもり」
「ちょっとは進展したいっしょ?」
「それは……」
 進展があればいいなぁとは思う。だけどいきなりこれは……
「いい機会なんじゃない? 有香にとって」
 いい機会……そうかもしれない。
「腕枕でもしてもらいな」
「う゛……!!?」
 腕枕!!?


〜〜 回想終わり 〜〜



「腕枕……」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもない!!」
「……あっそ」
 腕枕……。
 腕枕ってことは雄二君の腕の中で眠るってことよね……。
 うわぁ、凄いなぁ。幸せだろうなぁ……。
「有香、大丈夫か?」
「ん、大丈夫……」
 ぜんぜん大丈夫じゃない。頭の中では妄想だらけだ。

「……ね、寝るか?」
「う、うん」
 ベッドは1つ、布団も1つ、枕だけが2つあった。
「…………」
「…………」
 ベッドを見てお互い無言になる。私も雄二君も入ろうとはしない。
 
「あ、私着替えなきゃ」
 私服のままだということに気がついた。
「お、おう。俺も着替えるぞ」
「じゃあ、雄二君。私着替えてくるね」
「ああ」
 パジャマを持ってバスルームに入る。念のため鍵をかけて着替え始める。
 信じてないわけじゃないんだけど……。

 いそいそと着替えてバスルームを出る。
「着替え……終わった?」
「見ての通りだ」
 Tシャツ一枚にハーフパンツ。私はピンクのパジャマ。
「思ったんだが、風呂入ってねぇよな」
「う、うん」
 そういえばそうだった。頭がいっぱいで忘れていた。

「大浴場行くか? ここじゃ入りにくいだろ?」
「私は、ここでいいよ」
「そうか? じゃあ先に入ってこいよ」
「うん」
 またバスルームに戻る。

 会話がぎこちなく、居心地が悪かった。
 雄二君の傍にいるのにこんなことを思うなんて……。
「壁雲」
『有香ちゃん。苦労してんなぁ』
 呼んですぐに後悔した……。気晴らしに呼んだのは失敗だったか。
『いやぁ、見てて笑えるぞ。有香ちゃんとアイツ』
(笑ってんじゃないわよ……)
『今夜が勝負じゃねぇの? 告っちまえよ』
(……無理よ)
『アイツも無理って言ってたしなぁ』
 キャンピングカーで聞いてしまった。私と付き合うのは無理だって……。
 やっぱり私じゃダメなのかなぁ……。
『俺は一番近くで応援してるぞ。有香ちゃん』
(ん……。ありがと)
 自分の中で応援されてもなぁ……。
 
 気付けば体を丹念に洗っていた。
『気合入ってんじゃん』
(……無意識でやっちゃっただけよ)
『その気あんの?』
(な、無いわよ!!)
 そんなの無理、絶対無理!!
『だよなぁ、無理だよなぁ』
 この人は分かってて言うんだから……性質が悪い。
「もういい、消えて。貴方と話そうと思った私が悪かったのよ……」
『了解。でも、応援してんのは本当だぞ』
 そう言い残して壁雲は消えた。


 バスルームを出ると、雄二君がベッドの上に座っていた。
「じゃ、俺の番だな」
 雄二君は早足でバスルームに入っていった。
 しばらくしてシャワーの水音が聞こえてくる。
 緊張が高まる。このあと雄二君が出てきたら……一緒に寝るんだよね。
 
プルルルルルル
 プルルルルルル

「!!?」
 急に部屋の内線電話が鳴る。私はビクッともの凄い反応をしてしまった。
「も、もしもし……」
「あっちゃ〜。緊張してるわね〜」
「結城さん?」
 結城さんから電話があった。
「藤木君は?」
「今、シャワー浴びてるわ」
「ふぅん」
「な、何の用?」
 早く用件を聞いて切ってしまいたかった。

「大丈夫よ。藤木君、紳士だしね」
「……うん」
 何かしてくるとは思っていない。ただゆっくり眠れるかどうかは別だった。
「ま、頑張ってね」
「はぁ」
 どうやら私の緊張を和らげるために電話をかけてきてくれたようだ。
 電話を切ってベッドに座る。

「…………」
 間が持たない。あとは寝ること以外にやることが無い。

先に布団に入っちゃってた方がいいのかな?
でも、それだと待ち構えてるように思われるかもしれないし
雄二君が入るのを待ってから、私が入るのもなんだかなぁ……。

 既に寝るときの想像が頭を駆け巡る。そして、それは自分では制御できない。

ガチャ

「!!?」
 ついにその時がきてしまった。雄二君がバスルームから出てきたのだ。
「んじゃ、有香、とっとと寝ろ」
「へ?」
 寝ろってどういうこと?
「俺はお前が眠ってからベッドの隅で寝るんだよ。そうすりゃ気にならないだろ?」
「でも……」
「風華と相談した結果だ。いい案だろ?」
 確かにいい案だけど、なんか悪い気がする。
「じゃあ雄二君が先に寝て。私はあとでいいから」
「いいや、有香が先に寝ろ。俺があとだ」
 お互い譲り合って、堂々巡りだった。
 

 何度か私があとだ、雄二君があとだ、と言いあっていた。
(これじゃ埒が明かないよ……)
 このままでは朝まで言いあっていそうな雰囲気だった。

「じゃあ……。一緒に寝よ……」
「ゆ、有香?」
「わ、私は気にしてないから。雄二君のこと信じてるし……」
 信じている。信じられる。雄二君は襲ったりなんかしないし、できない。
 そういう人だってことを私は良く知っているから……。

「だ、だけどよ。さすがに……」
「ほ、ほら、さっさとベッドに入って。私も……入るから」
 布団を捲り上げて雄二君を促した。
「…………」
 渋々といった感じで雄二君がベッドに入った。私も入る。
 当然、お互い向こうを向いて寝た。
 ベッドの端と端。真ん中は誰かがいるかのようにすっぽり開いていた。

(もう、限界だよ……)
 さっき言ったセリフで既に緊張はピークに達していた。
 今夜は眠れそうもない……。

「……もっと真ん中の方、使えよ」
「ゆ、雄二君こそ……」
 今度は真ん中の譲り合い。
 同じ布団で眠っているので布団が使いにくいけど……それどころじゃない。
 こんなとき堂々と雄二君とくっついて眠れるほど積極的だったらなぁ……。
 やっぱり私は消極的なようだ。

 雄二君の様子を伺おうと振り向いた。
「…………」
「…………」
 雄二君も私の様子を見ようと思っていたようで、視線がぶつかる。
「な、なんか変な感じだな」
「……そ、そうだね」
 何が変な感じなのか。実のところまったく分かってなかった。

「有香、もっと真ん中よれよ……。……俺もよるから」
「え?」
「た、ただ寝るだけじゃねぇか。な?」
「う、うん」
「俺は何もしないし、有香も何もしない。ただ寝るだけだ。だろ?」
「……うん」
「じゃ、堂々と真ん中で寝ようぜ」
 それはそうだけど……それって、まさか、密着!?

「嫌なら、このままでもいいぞ」
「……嫌じゃないよ。私は雄二君のこと……」
 ちょっと待って。私は何を言おうとしているのだ。
 今がその時なの? 否。まだ……その時じゃないと思う。

「……ぜんぜん嫌いじゃないから」
 結局、私は誤魔化した。
「そっか。なら良かった」
 雄二君も特に気には留めなかった。というか気付いていないのでしょうね……。

 徐々にお互いの距離をつめる。そして腕が触れる……。
「おやすみ。悪いな、有香……」
「え?」
 そのとき、優しいそよ風が吹いてきて、私は眠りに落ちてしまった。


(これは……もしかして、雄二君の春風?)
 眠りに落ちてしまった私に、それを確認する術はなかった……。



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