雄二も大変だけど、僕だって結構きついんだよ? 学校では席が隣だけど、井上さんと話すことなんてそんなにないし……。 いきなり二人きりにされても困るだけなんだよ……。 ルームナンバーは809、昨日と同じ部屋だ。 余計な移動を省くために僕のいた部屋に井上さんがやってきた。 「本当に凄いぞ!!」 「あ、ありがと」 先ほどのパラシュートデストロイの件で、さっきから僕を褒める井上さん。 僕もまさか一発で当たるなんて思ってなかった。 ほんのちょっと先読みして撃っただけで、偶然当たっちゃっただけなんだ。 「…………」 「…………」 なんとなく分かってた。それ以外に会話がないんだってことを。 僕は井上さんの情報は知ってるけど中身は知らない。 井上さんは僕の情報も中身も知らない。 雄二という架け橋があって初めて、僕と井上さんに会話が成立するのだ。 「お風呂、先に入る?」 「……ん、そうする」 気遣ったわけじゃない。ただ2人でいる時間をなんとかしたかっただけだ。 「どうしたらいいんだろ……」 とっとと寝てしまうのが吉なんだろうね。 でも、雄二と友達でいるなら、これじゃいけないとも思う。 かといって何を話せばいいのかも分からない。 僕は結局、部屋から逃げ出した。 廊下の各所にある休憩所のソファーに身を預ける。 リオラートに行っても何も変わっちゃいなかった。 少しは変われたと思っていたのに、気まずさに耐えることすらできなかった。 そんな自分に腹が立つ。ただ一緒に話すことすら拒絶している。 「僕は……ダメだね。神無」 情けない。どこまで恐怖心に負ければ気が済むんだ。 『智樹様……』 右腕にタオルをかけて神無が見えないようにしてあった。 (地球に戻った途端これだもんね) 『本当にそう思ってますか? 自分がまだダメだと?』 (思ってる。僕は強くなんてなっちゃいなかったんだよ……) 『命の危険という恐怖に打ち勝てたじゃないですか』 確かに僕はリオラートで勇気を手に入れていたと思っていた。 『智樹様。それに比べればたいしたことじゃないのではないですか?』 確かに井上さんと話をしなかったからって死ぬわけじゃない。 気まずいからって死ぬわけじゃない。 (そうだね……たいしたことじゃないね) 神無にはいつも恐怖心を和らげてもらっている。 頼りっぱなしだな……。 「ありがとう。神無」 『いえ、久しぶりに話せて嬉しかったです』 そう言い残して神無は消えた。 これからはちょくちょく呼んであげることにしよう。 さぁ、頑張ろう!! 僕はコンビニで買い物をしてから部屋に戻った。 「谷口。風呂上がったぞ」 部屋に帰ると井上さんはお風呂から上がっていた。 「じゃあ、これでも飲む?」 僕が取り出したのはカクテル2本。お酒に助力を頼んだ。 「…………」 「あ、いらない?」 ここで断られたら作戦失敗。だけど僕には自信があった。 「いや、もらう」 僕は井上さんに一本渡した。 「スクリュードライバーか……」 「雄二が好きなやつなんだけどね。井上さんは嫌い?」 「うまいぞ」 既に飲んでいた。 軽く飲んでから井上さんが話しかけてきた。 「谷口。アンタに聞きたいことがある」 「ん、何?」 井上さんが僕に聞きたいこと? まったく想像がつかない。 「アンタと雄二。あたしに何か隠し事をしてないか?」 「ど、どうして?」 「二人で何かこそこそ話してるだろ。最近」 リオラートのことだ……。疑ってたんだ。恐らく体育大会のあのときから……。 ……どう答える? もちろんリオラートのことを言うつもりはない。あやふやにするつもりもなかった。 「………隠してるよ」 正直に……僕は答えた。 「それはあたしに言えないことか?」 「うん、僕からは言えない。雄二も井上さんに言うつもりはないだろうね」 言う時が来るかどうかは分からない。でもその時は雄二が決めることだ。 「どうしても、言えないか?」 「どうしても言えない。たとえ井上さんがどんな手を使っても僕は言わないよ」 たとえ殴られたって言うもんか。僕はそれくらい真剣だった。 これは雄二との暗黙の盟約だと思っているから……。 「ふっ、アンタは変わったな……。あたしにそんなこと言うなんてな」 井上さんが微笑んだ。それはとても暖かい微笑みだった。 「雄二のおかげかな。悪いけど、諦めてくれるかな?」 「何しても無駄なんでしょ? でも、いつか絶対に聞きだしてやるわ」 「…………」 やはり井上さんは井上さんだった。彼女らしい答えだった。 お酒を一本飲み干してから僕は切り出した。 「いつか、話すときが来るかもね……」 「ふん」 井上さんもビンを傾けお酒を飲み干す。 「寝る。電気消しといて」 そそくさとベッドに入って布団をかぶってしまった。 「了解」 電気を消してからベッドに入る。 「おやすみ」 「ん」 話して終えてからたいしたことじゃなかったことに気付く。 僕はこの夜、また一つ成長できたような気がする……。 |