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 雄二も大変だけど、僕だって結構きついんだよ?
 学校では席が隣だけど、井上さんと話すことなんてそんなにないし……。
 いきなり二人きりにされても困るだけなんだよ……。

第106話 隠匿 <<智樹>>


 ルームナンバーは809、昨日と同じ部屋だ。
 余計な移動を省くために僕のいた部屋に井上さんがやってきた。
「本当に凄いぞ!!」
「あ、ありがと」
 先ほどのパラシュートデストロイの件で、さっきから僕を褒める井上さん。
 僕もまさか一発で当たるなんて思ってなかった。
 ほんのちょっと先読みして撃っただけで、偶然当たっちゃっただけなんだ。

「…………」
「…………」
 なんとなく分かってた。それ以外に会話がないんだってことを。

 僕は井上さんの情報は知ってるけど中身は知らない。
 井上さんは僕の情報も中身も知らない。

 雄二という架け橋があって初めて、僕と井上さんに会話が成立するのだ。
「お風呂、先に入る?」
「……ん、そうする」
 気遣ったわけじゃない。ただ2人でいる時間をなんとかしたかっただけだ。


「どうしたらいいんだろ……」
 とっとと寝てしまうのが吉なんだろうね。
 でも、雄二と友達でいるなら、これじゃいけないとも思う。
 かといって何を話せばいいのかも分からない。

 
 僕は結局、部屋から逃げ出した。
 廊下の各所にある休憩所のソファーに身を預ける。

 リオラートに行っても何も変わっちゃいなかった。
 少しは変われたと思っていたのに、気まずさに耐えることすらできなかった。
 そんな自分に腹が立つ。ただ一緒に話すことすら拒絶している。
「僕は……ダメだね。神無」
 情けない。どこまで恐怖心に負ければ気が済むんだ。

『智樹様……』
 右腕にタオルをかけて神無が見えないようにしてあった。
(地球に戻った途端これだもんね)
『本当にそう思ってますか? 自分がまだダメだと?』
(思ってる。僕は強くなんてなっちゃいなかったんだよ……)
『命の危険という恐怖に打ち勝てたじゃないですか』
 確かに僕はリオラートで勇気を手に入れていたと思っていた。

『智樹様。それに比べればたいしたことじゃないのではないですか?』
 確かに井上さんと話をしなかったからって死ぬわけじゃない。
 気まずいからって死ぬわけじゃない。
(そうだね……たいしたことじゃないね)
 神無にはいつも恐怖心を和らげてもらっている。
 頼りっぱなしだな……。
「ありがとう。神無」
『いえ、久しぶりに話せて嬉しかったです』
 そう言い残して神無は消えた。
 これからはちょくちょく呼んであげることにしよう。

 さぁ、頑張ろう!!
 僕はコンビニで買い物をしてから部屋に戻った。


「谷口。風呂上がったぞ」
 部屋に帰ると井上さんはお風呂から上がっていた。
「じゃあ、これでも飲む?」
 僕が取り出したのはカクテル2本。お酒に助力を頼んだ。
「…………」
「あ、いらない?」
 ここで断られたら作戦失敗。だけど僕には自信があった。

「いや、もらう」
 僕は井上さんに一本渡した。
「スクリュードライバーか……」
「雄二が好きなやつなんだけどね。井上さんは嫌い?」
「うまいぞ」
 既に飲んでいた。

 軽く飲んでから井上さんが話しかけてきた。
「谷口。アンタに聞きたいことがある」
「ん、何?」
 井上さんが僕に聞きたいこと? まったく想像がつかない。

「アンタと雄二。あたしに何か隠し事をしてないか?」
「ど、どうして?」
「二人で何かこそこそ話してるだろ。最近」
 リオラートのことだ……。疑ってたんだ。恐らく体育大会のあのときから……。
 ……どう答える?
 もちろんリオラートのことを言うつもりはない。あやふやにするつもりもなかった。

「………隠してるよ」
 正直に……僕は答えた。
「それはあたしに言えないことか?」
「うん、僕からは言えない。雄二も井上さんに言うつもりはないだろうね」
 言う時が来るかどうかは分からない。でもその時は雄二が決めることだ。
「どうしても、言えないか?」
「どうしても言えない。たとえ井上さんがどんな手を使っても僕は言わないよ」
 たとえ殴られたって言うもんか。僕はそれくらい真剣だった。
 これは雄二との暗黙の盟約だと思っているから……。
「ふっ、アンタは変わったな……。あたしにそんなこと言うなんてな」
 井上さんが微笑んだ。それはとても暖かい微笑みだった。

「雄二のおかげかな。悪いけど、諦めてくれるかな?」
「何しても無駄なんでしょ? でも、いつか絶対に聞きだしてやるわ」
「…………」
 やはり井上さんは井上さんだった。彼女らしい答えだった。

 お酒を一本飲み干してから僕は切り出した。
「いつか、話すときが来るかもね……」
「ふん」
 井上さんもビンを傾けお酒を飲み干す。
「寝る。電気消しといて」
 そそくさとベッドに入って布団をかぶってしまった。
「了解」
 電気を消してからベッドに入る。
「おやすみ」
「ん」
 話して終えてからたいしたことじゃなかったことに気付く。
 
 僕はこの夜、また一つ成長できたような気がする……。



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