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 夕食は各自で食うことになっていた。
 田村、結城とカラオケに行ったあと、俺は部屋でくつろいでいた。
 俺の部屋は昨日と一緒で807号室だった。

第104話 思い、振り返る夜 <<健吾>>


 腹は減っていなかった。
 夕食の時間になっても飯を食べる気にはならなかった。
 今日のルームパートナーは藤木千夏。雄二の妹だ。

ガチャ

 帰ってきたか……。
「おっす」
「あん? 雄二?」
 入ってきたのは千夏だけじゃなく雄二も一緒だった。
「あの部屋は、これから居心地が悪くなりそうでな……」
 気持ちは分からんでもない。だが斉藤も可哀想に……千載一遇のチャンスなのにな。

「健吾〜」
「あぁ、はいはい」
 適当にガキをあしらう。
 このガキは俺のことを呼び捨てにする。雄二が俺をそう呼んでいたからだ。
 当時、小学生だった千夏は雄二の真似をして俺を『健吾』と呼ぶようになった。

「ってなわけでしばらく居座るぞ」
「OK、OK。なんなら妹と部屋を換わってもいいぞ」
 と、言うより、そっちの方が嬉しい。

「健吾はあたしと一緒なのが嫌なの〜?」
「当たり前だろ」
 雄二と千夏。比べるまでもないだろ?

「酷い〜!!」
 枕を掴み、殴りかかってきた。
「冗談だ。冗談だから暴れるな」
 何度も枕でボフボフと殴られた。今のは俺が悪かった。
 あまりにもはっきり言い過ぎた。

「けど千夏も斉藤と一緒の方がいいだろ?」
「ん? そんなことないよ」
 どうやら俺は千夏に嫌われてはいないようだ。
 まぁ、俺は年下に、しかも親友の妹にはまったく興味はないがな……。

「あっという間だったよな」
「そうだな」
 俺達は明日の朝にここを発ち、湊市に帰ることになる。
「最後ぐらいパァーッとやりたかったなぁ」
 たいした問題行動もなく、わりとマシな旅行だった。
 せいぜい走り回ったりプールに飛び込んだくらいだ。
 そう考えると俺達らしくない旅行だったといえるだろう。

「今回は井上も大人しかったしな」
「ふん、知らないとは幸せなことだよな」
「なんかあったのか?」
 ナンパ男を殴った程度だろ?
「なにもねぇよ」
 何かあったに違いない。コイツは嘘が下手だ。ちょっと付き合いのある奴なら分かるほどに。

「楽しかったね」
 まともに何の問題もなく動いていたのはこのガキと谷口、斉藤くらいか。
 雄二、井上、結城は俺と共に逃亡劇をやらかした。
 田村は井上のせいで大ダメージをくらったが、問題ではないかもしれねぇな。
「ああ、楽しかったな」
 雄二も楽しかったと言う。

 俺は「楽しかったか?」と聞かれれば「楽しかったぞ」と答えるだろう。
 しかし、内心じゃもうちょっと楽しく遊ぶこともできたと思う。
 どうしたらそうなるか、は別として……今が『最高』じゃない。

「なぁ」
「あ?」
「遊びに行くか……」
 まだまだ、楽しむことはできる。まだ、この旅行は終わっていない。
「……おし、行くか!!」
「おう」
「え〜、またどこか行くの?」
 へっ、お前も行く気満々じゃねぇか。
 千夏の口調は困っていたが顔は笑顔だった。

 雄二も千夏も俺と同じように思っていたんじゃねぇかな。
 まだ終わりじゃない、と……。

「どうせなら全員呼んで花火でもやろうぜ」
 リゾートランドの敷地内に中庭があり、花火や夜遊びに使われる。
 花火の調達は施設内のコンビニで簡単に買うことができる。
「電話、借りるぞ」
 そう言って雄二は内線電話を使って話しだした。
「俺は花火の調達に行ってくる」
「頼んだ」
 雄二が周囲に知らせ、俺は雑用に回る。
 これが俺達の動き方だ。俺もそれで納得している。

 部屋を出たところで千夏が小走りでついてきた。
「あたしも行く〜」
「好きにしろ」


 コンビニへ行った俺達は花火コーナーを見て愕然とした。
「なんだこりゃ……」
「…………」
 結論から言うと花火はほとんど残っちゃいなかった。
 線香花火、煙玉、蛇花火。地味な花火がたんまり残っていてロケット花火は当然ない。
 こんな状態でどうやって調達しろと?

「健吾、外にでようよ!!」
「おい、ここは外に出れねえんだぞ? 分かってんのか?」
 リゾートランドは入場後、外に出ることはできなくなっている。
 外に出るときは施設内でのすべての料金を清算するときだ。
「頼めばきっと出してくれるよ!!」
「頼めばって……」
 無理だろそりゃ……
 そう思いながらも腕をぐいぐい引っ張る千夏に俺は仕方なく付き合った。


 そしてフロントで千夏は説得にかかったんだが……
「お願いします!!」
「どうぞ」
 ッてな具合であっさり出ることができたんだよ……。
 一旦部屋に戻り、雄二に外出を告げて財布を持って戻る。
 施設内の財布代わりであるリストバンドをフロントに預けて俺は千夏と外に出た。

「よかったね」
「ああ……」
 絶対フロントの野郎はロリコンだ……。
 なんせ俺達の前に並んでいた大人達はあっさり追い返されていたのだ。

「いらっしゃいませー」
 コンビニを見るとバイトしていたのを思い出す。
 この旅行の為に働いていたことを思うと、やはりまだ楽しむべきだと実感する。
「花火あったよ〜」
 千夏は走って花火のコーナーへ行っていた。
「おう、好きなもんを適当にかごに入れてくれ」
「うん、ロケット花火は?」
「当然入れる」
「子供用のやつは?」
「入れといてくれ」
「線香花火いる?」
「入れろ」
「蛇花火」
 コイツは……俺の話を聞いていたのか?

「……いちいち聞かなくていい。お前のやりたい花火を入れろ」
「ん……でもみんな何やりたいか分からないし」
 たまに人のことを考えたりするんだよなぁ。
 こういうところは雄二に似ている。雄二はたまに人のことを考えなくなる。
 雄二と千夏を足して2で割るといい感じになるのだが……。

「そんなこと気にする奴らじゃねぇから気にすんな」
 楽しけりゃそれでいい。それがB組精神ってやつだ。
「うん……」
「それに俺が選ぶよりお前が選んだ方が面白いの選びそうだ」
「そう? じゃ、好きなの選ぶよ〜」
「ああ」
 俺はエンターテイナーには向いてねぇんだよ。
 花火の調達に成功した俺達は悠々とリゾートランドに再入場を果たした。



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