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 負けた。
 ああ、もうそりゃ見事な負けっぷりだったよ。
 そんじゃ何か? 春香の次は有香と一緒に寝ろってか?

第102話 中華TIME <<雄二>>


 もういい。あの勝負のことは諦めた。
 相手が変わっただけだ。って言うと俺は最低の男みたいだ……。
 とっかえひっかえってやつになりかねん。

「雄二、心中察するよ……」
 ビーチチェアーに座っている俺に智樹が言ってきた。
「智樹、黙っててくれ。俺はこの旅行に参加したことを心底悔いているのだ」
「……でも、これでよかったのかもね」
 そう言って俺の隣のビーチチェアーに座る。
「Why?」
 英語で言ってみた。

「結城さんよりマシでしょ? 井上さんともう一泊する?」
「そう言われるとそんな気もするが……」
「少なくとも有香さんは嫌がってないと思うよ」
「そうなのか? それならこっちも気が楽なんだけどな」
 田村は健吾の泳ぎの練習に付き合い、結城は千夏と遊んでいる。
 有香は春香となにやら話し合っているようだ。

「それに僕だって井上さんと泊まるんだよ?」
 それを聞いた瞬間、智樹が戦友に思えた。
「お前もこの旅行じゃ苦労してるよな」
 千夏の遊び相手をして体力を根こそぎ使い、今日は春香相手に神経を使うことになるだろう。
「そんなことないよ。結構楽しいしね」
「そりゃ結構」
 明日の朝、同じセリフを吐けるかどうか楽しみだ。

「健吾ー!! 浮けるようになったかー?」
「うるせぇ!! なぜか沈むんだよ!!」
 健吾が泳げるようになる日はまだ遠そうだ。

「人間は普通浮くようにできてるんだけどね……」
「特殊仕様なんだろ」
 健吾の沈み方は尋常じゃない。泳ぐことを諦めたくなるのも分かる。

「もうそろそろ昼時だな。春香の注文どおり中華にしてやるか……」
「そうしよう。井上さんだいぶお疲れみたいだしね」
 恐らくそれは俺との格闘のせいだろう。俺も疲れてる。

「そんじゃ、行きますか……。 お〜い!! 飯食いに行くぞ〜!!」
 全員に呼びかけた。
 プールから上がった4人。春香と有香。全員が集合する。

「適当に食えばいいんでない?」
 春香が言ってきた。
「中華。食うんだろ?」
「中華か!? じゃあとっとと上がるぞ」
 春香はそう言い残して早足で更衣室に向かっていった。
「なにが奴をそこまで中華に駆り立てるのか……」
「考えるだけ無駄だと思うわよ?」
 結城の言うことも、もっともだ。
 俺達は春香のあとを追うように更衣室に入っていった。



 そして中華飯店に入った。回るテーブルが中華っぽさを強調している。
 中華は大人数で食べるのに適している。一つの料理が三人前ぐらいあるからだ。
「チンジャオロースー、ホイコーロー、マーボー豆腐、ライス8つ」
 既に春香は注文を決めていたようでメニューを見ずに言った。
 確かにその3種はどこの中華飯店でもあるメニューだろう。
「あ、あと食後に杏仁豆腐も9つ持ってきて」
 奴が2つ食べるつもりなのだろう。1つ増量されていた。

「雄二はん、雄二はん」
「んだよ」
 ニヤニヤ笑いながら春香が小声で話しかけてくる。
「先ほどの勝負での出来事ですがぁ、有香のことを呼び捨てにしちゃってませんでしたぁ?」
「……気のせいだ。忘れろ」
 本当のところ、ぜんぜん気のせいじゃない。
「いえいえ、あたしの記憶が確かならぁ、言ってましたよぉ。有香って」
「空耳だ。そんな声は貴様の幻聴にすぎん」
「往生際が悪いねぇ。とっとと認めろっつってんのよ、このカスが!! ペッ」
 カ、カス?
 唾まで吐きましたよ?
 神様……コイツ殺していいですか?

OK!!

 俺は親指をつきたてながら言ってくれた神を見た気がした。
 
 よし、神の許しが出た。実行!!
 春香の頬をつまんで左右に引っ張ってやった。
「気・の・せ・い・だ」
「ははへ〜」(離せ〜)
「気のせいだよな?」
 人はこれを脅迫と言うかもしれない。だが、そんなもんは知ったこっちゃない。
「気のへいへふ〜」(気のせいです〜)
「よし」
 離してやる。
「人間話し合えば分かりあえる生き物なんだな……」
 俺は貴重な事実を悟った。

「雄二……幼馴染として言わせてもらうわ」
「な、なんだよ?」
 妙に真剣な表情で言う。
「襲っちゃダメよ?」
 破顔一笑、と言っていいのか。一気にからかい口調に戻る。
「黙って座ってろ!!」

「あの、二人とも……」
「「 あ? 」」
 智樹の呼びかけに同時に振り向く。
「本人のいる前でそういう事は言わないほうがいいよ?」
 有香を見ると……茹蛸? というくらいに真っ赤になっていた。
「お、俺、襲ったりしねぇぞ!!」
 有香さん、俺は信用されていないのか!?
「さぁ、どうだろうねぇ。男は狼って言うからねぇ」
「てめぇも黙ってろ!!」
 結城まで俺を貶めやがる。一体俺がなにをした!?
「お兄ちゃん……」
 そんな目で兄を見るな妹よ!!

 既に俺の包囲網が完成しているように見えた。逃げ道はなさそうだ。
「だいたい、春香も俺と一緒に寝ただろうが!! 俺、何もしなかったろ!?」
「さぁね〜。どうだったのかにゃ〜」
 自己弁護の援護射撃は撃つことすらできていなかった。
 こうなったら本人に信用してもらうしかない。
「さ、斉藤さん!! 俺、絶対何もしないぞ!!」
「………う、うん」
「男はみんなそう言うのよ……」
「頼むから結城は少し黙っててくれ!!」

「雄二、だいぶ必死だよな……」
「ああ、藤木がここまで必死なのも珍しいよな……」
「焦れば焦るほど逆効果なのにね」
 健吾、田村、智樹。男性陣のありがたいお言葉だ。

「ちょっとは俺を弁護しろよ!!」
「「「 無理 」」」
 ……俺に味方はいなかった。

「お待たせしました。ライスとホイコーローになります」
 唯一の助けが来た気がした。
「ほら、飯だ。食べようぜ!!」
「うっわ、はぐらかしてるのバレバレ……」
「い・い・か・ら・食・え」
 結城に初めて殺意を覚えた。的確すぎるつっこみは殺意を生むことを知った。

 その後、料理が順調に運ばれ、会話はお流れとなった。
 春香が怒涛の勢いで食べ始めたからだ……太るぞコイツ。

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