負けた。 ああ、もうそりゃ見事な負けっぷりだったよ。 そんじゃ何か? 春香の次は有香と一緒に寝ろってか? もういい。あの勝負のことは諦めた。 相手が変わっただけだ。って言うと俺は最低の男みたいだ……。 とっかえひっかえってやつになりかねん。 「雄二、心中察するよ……」 ビーチチェアーに座っている俺に智樹が言ってきた。 「智樹、黙っててくれ。俺はこの旅行に参加したことを心底悔いているのだ」 「……でも、これでよかったのかもね」 そう言って俺の隣のビーチチェアーに座る。 「Why?」 英語で言ってみた。 「結城さんよりマシでしょ? 井上さんともう一泊する?」 「そう言われるとそんな気もするが……」 「少なくとも有香さんは嫌がってないと思うよ」 「そうなのか? それならこっちも気が楽なんだけどな」 田村は健吾の泳ぎの練習に付き合い、結城は千夏と遊んでいる。 有香は春香となにやら話し合っているようだ。 「それに僕だって井上さんと泊まるんだよ?」 それを聞いた瞬間、智樹が戦友に思えた。 「お前もこの旅行じゃ苦労してるよな」 千夏の遊び相手をして体力を根こそぎ使い、今日は春香相手に神経を使うことになるだろう。 「そんなことないよ。結構楽しいしね」 「そりゃ結構」 明日の朝、同じセリフを吐けるかどうか楽しみだ。 「健吾ー!! 浮けるようになったかー?」 「うるせぇ!! なぜか沈むんだよ!!」 健吾が泳げるようになる日はまだ遠そうだ。 「人間は普通浮くようにできてるんだけどね……」 「特殊仕様なんだろ」 健吾の沈み方は尋常じゃない。泳ぐことを諦めたくなるのも分かる。 「もうそろそろ昼時だな。春香の注文どおり中華にしてやるか……」 「そうしよう。井上さんだいぶお疲れみたいだしね」 恐らくそれは俺との格闘のせいだろう。俺も疲れてる。 「そんじゃ、行きますか……。 お〜い!! 飯食いに行くぞ〜!!」 全員に呼びかけた。 プールから上がった4人。春香と有香。全員が集合する。 「適当に食えばいいんでない?」 春香が言ってきた。 「中華。食うんだろ?」 「中華か!? じゃあとっとと上がるぞ」 春香はそう言い残して早足で更衣室に向かっていった。 「なにが奴をそこまで中華に駆り立てるのか……」 「考えるだけ無駄だと思うわよ?」 結城の言うことも、もっともだ。 俺達は春香のあとを追うように更衣室に入っていった。 そして中華飯店に入った。回るテーブルが中華っぽさを強調している。 中華は大人数で食べるのに適している。一つの料理が三人前ぐらいあるからだ。 「チンジャオロースー、ホイコーロー、マーボー豆腐、ライス8つ」 既に春香は注文を決めていたようでメニューを見ずに言った。 確かにその3種はどこの中華飯店でもあるメニューだろう。 「あ、あと食後に杏仁豆腐も9つ持ってきて」 奴が2つ食べるつもりなのだろう。1つ増量されていた。 「雄二はん、雄二はん」 「んだよ」 ニヤニヤ笑いながら春香が小声で話しかけてくる。 「先ほどの勝負での出来事ですがぁ、有香のことを呼び捨てにしちゃってませんでしたぁ?」 「……気のせいだ。忘れろ」 本当のところ、ぜんぜん気のせいじゃない。 「いえいえ、あたしの記憶が確かならぁ、言ってましたよぉ。有香って」 「空耳だ。そんな声は貴様の幻聴にすぎん」 「往生際が悪いねぇ。とっとと認めろっつってんのよ、このカスが!! ペッ」 カ、カス? 唾まで吐きましたよ? 神様……コイツ殺していいですか? OK!! 俺は親指をつきたてながら言ってくれた神を見た気がした。 よし、神の許しが出た。実行!! 春香の頬をつまんで左右に引っ張ってやった。 「気・の・せ・い・だ」 「ははへ〜」(離せ〜) 「気のせいだよな?」 人はこれを脅迫と言うかもしれない。だが、そんなもんは知ったこっちゃない。 「気のへいへふ〜」(気のせいです〜) 「よし」 離してやる。 「人間話し合えば分かりあえる生き物なんだな……」 俺は貴重な事実を悟った。 「雄二……幼馴染として言わせてもらうわ」 「な、なんだよ?」 妙に真剣な表情で言う。 「襲っちゃダメよ?」 破顔一笑、と言っていいのか。一気にからかい口調に戻る。 「黙って座ってろ!!」 「あの、二人とも……」 「「 あ? 」」 智樹の呼びかけに同時に振り向く。 「本人のいる前でそういう事は言わないほうがいいよ?」 有香を見ると……茹蛸? というくらいに真っ赤になっていた。 「お、俺、襲ったりしねぇぞ!!」 有香さん、俺は信用されていないのか!? 「さぁ、どうだろうねぇ。男は狼って言うからねぇ」 「てめぇも黙ってろ!!」 結城まで俺を貶めやがる。一体俺がなにをした!? 「お兄ちゃん……」 そんな目で兄を見るな妹よ!! 既に俺の包囲網が完成しているように見えた。逃げ道はなさそうだ。 「だいたい、春香も俺と一緒に寝ただろうが!! 俺、何もしなかったろ!?」 「さぁね〜。どうだったのかにゃ〜」 自己弁護の援護射撃は撃つことすらできていなかった。 こうなったら本人に信用してもらうしかない。 「さ、斉藤さん!! 俺、絶対何もしないぞ!!」 「………う、うん」 「男はみんなそう言うのよ……」 「頼むから結城は少し黙っててくれ!!」 「雄二、だいぶ必死だよな……」 「ああ、藤木がここまで必死なのも珍しいよな……」 「焦れば焦るほど逆効果なのにね」 健吾、田村、智樹。男性陣のありがたいお言葉だ。 「ちょっとは俺を弁護しろよ!!」 「「「 無理 」」」 ……俺に味方はいなかった。 「お待たせしました。ライスとホイコーローになります」 唯一の助けが来た気がした。 「ほら、飯だ。食べようぜ!!」 「うっわ、はぐらかしてるのバレバレ……」 「い・い・か・ら・食・え」 結城に初めて殺意を覚えた。的確すぎるつっこみは殺意を生むことを知った。 その後、料理が順調に運ばれ、会話はお流れとなった。 春香が怒涛の勢いで食べ始めたからだ……太るぞコイツ。 |