私の引いたトランプはハートの3だった。 スペードの3を引いたのは雄二君の妹の千夏ちゃん。 雄二君と同じ部屋になったらなったで困るのでこれでよかったのかもしれない。 「よろしくお願いします!!」 「うん、よろしくね」 部屋に入って最初に交わした言葉はただの挨拶だった。 ちょろちょろと部屋中を見て回る千夏ちゃん。 (いいなぁ、私も妹がほしかったな……) 実際、私にいるのはちょっと生意気な弟だけだ。 雄二君が羨ましい。 「うわぁ、有香姉、有香姉。凄い景色だよ〜」 いつの間にか千夏ちゃんはベランダに出て外を見ていた。 そして私はいつの間にか有香姉になっていた。 (井上さんは春姉、私は有香姉……か) なんか微笑ましいな……。 「有香姉?」 「ん、今行くわ」 ベランダから千夏ちゃんが催促をしてくる。 ベッドから立ち上がりベランダに出る。 「ほらぁ、凄い夜景だよ」 「そうだね」 私は千夏ちゃんと仲良くなれそうだった。 ― 俺、兄貴ほしかったんだよなぁ ― 愚弟の言葉がリフレインする。 (……私も妹ほしいな。もし、雄二君と……) って、なに考えてんのよ私は!! 「有香姉」 「なに?」 「お風呂行こっ」 「お風呂って、大浴場?」 この部屋には備え付けのユニットバスがある。 しかし、宿泊客じゃなくても入ることのできる大浴場もあった。 「うん。サウナがあるんだよ!!」 す、凄い目が輝いている……。 相当サウナが好きなんだろうなぁ。 「いいよ。行こっか?」 「うん!!!」 智樹君が素直に付き合ってしまうのも判る気がするよ。 そしてここはサウナの中。 (暑い……。この子、何分いるつもりよ) すでに30分は経過している。 「う〜、まだまだ〜」 「…………」 まだまだ? 序の口なの? すでにお互い汗だくになっていた。 「出ないの?」 「有香姉が出るまで出ない〜」 いつの間にか勝負になっていたのね……。 だからといって、とっとと出るというのはなんだか癪だった。 「じゃあ、私も負けないわよ?」 「じょ〜と〜だ!!」 どっちかというと私のほうが有利だと思う。千夏ちゃんはすでにヤバ目だった。 「うあ〜」 「もう出たら?」 さらに15分後、私もきつくなってきた。 「あたしに負けは許されないのだ〜」 それ、井上さんのセリフだよ……。 どうやら彼女に多大な影響を受けているようだった。 (これ以上やったら倒れちゃうわね……) 「じゃあ一緒に出て引き分けにしよ?」 「……じゃあ有香姉、先に出て」 「?」 「一秒後に出るから」 そこまで勝ちにこだわる必要があるの? 「はいはい」 最初から勝負なんてどうでもよかった私は早々に出ることにした。 「勝利〜」 続いて千夏ちゃんがふらふらになりながら出る。 「大丈夫?」 「な、なんとか……」 本当になんとか大丈夫といった感じだった。 「無理しちゃダメだよ……」 「でも春姉が勝負は勝ってなんぼって言ってた」 やっぱり……。 「その言葉は忘れたほうがいいよ」 井上さんしか実行できそうにないから。 常勝無敗なんて誰もできるもんじゃない。 その後、私達はシャワーで汗を流し、大浴場から出た。 「あっ、先輩!!」 「谷口君?」 廊下のソファーでジュースを飲んでいる智樹君を見つけた。 「斉藤さん達はお風呂?」 「うん!!」 「谷口君は何してるの?」 すると智樹君は苦い顔をして頬を掻きながら言った。 「ちょっと部屋に居づらい状況になっちゃってね」 ……なんとなく判る気がする。 「先輩、遊びに行こう!!」 「え、また!?」 今日一日千夏ちゃんにつき合わされ続けた智樹君。その苦労を考えると同情する。 「分かったよ……どこがいい?」 「プラネタリウム!!」 最上階に設置されたプラネタリウムだ。情報誌にも載っていた。 しかし、湊市は田舎のため星を見るのには適した場所である。 プラネタリウム要らずと言ってもいいほど空気が澄んでいて星がきれいである。 「いいよ。斉藤さんはどうする?」 「有香姉も来るよね?」 千夏ちゃんは既に来ることを前提に言葉を発していた。 「うん」 まぁ行くんだけど。どうせ一人で部屋にいてもいろいろ考えちゃうだけだし。 「どうせなら雄二も呼ぼうか」 「お兄ちゃん?」 智樹君は気を使ったつもりなんだろうな。でもね…… 「たぶん藤木君はそれどころじゃないと思うから……」 「それも……そうだね」 結局、プラネタリウムには3人で行くことになった。 ― 七夕の伝説で有名な織姫と彦星……こと座のヴェガ、鷲座のアルタイル ― 眠るような体勢で、眠くなるようなアナウンスを聞きながら星を見る。 誰も一言も喋らない。 真剣に見ているのだろうか……。 ― 白鳥座のデネブ。これが俗に言う夏の第三角形です ― 夜空の三点が結ばれ、三角形ができる。 七夕かぁ。一年に一回しか会えない織姫と彦星。 いいじゃない。仲良くて夫婦になってるんだから……。 まだ、この星達は救われているほうだと思う。うまくいかないよりは。 ― ご清聴ありがとうございました ― ぼーっと聞いていたらいつの間にか終わっていた。 「千夏ちゃん。帰ろっか?」 「しっ、静かに。先輩が起きちゃうよ」 人差し指を口に当てて小声で訴えてきた。 千夏ちゃんに言われて初めて智樹君が眠っていることに気がついた。 (今日は疲れたんだね) ほぼ半日泳ぎっぱなしだったので智樹君にはきつかったのかもしれない。 「でも、起こさないとまずいんじゃない?」 「ん〜、せめて、他のお客さんが全員出るまで、ね?」 まだ6割方の客が出入り口前に並んでいる。 全員が出ていって私達3人だけになったとき、智樹君を起こした。 「ごめん、寝ちゃったみたいだね」 「気にしないで」 「先輩疲れてたもんね〜」 原因が自分にあると気づいているのだろうか……。 「部屋に帰って寝なおすよ」 「私達も部屋に帰りましょ」 「うん」 私はプラネタリウムでの眠気が残っていたのか、部屋に戻ってすぐに眠りにつくことができた。 |