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 クジの結果はとんでもないことになった。
 俺達は救われたほうだ……いや、マジで。
 気まずいこともなく、いい感じの組み合わせだ。

第94話 ROOM807 <<健吾>>


「救われたな……」
「ああ……」
 俺とペアになったのは田村だった。
 女と一泊ほど気まずいことはないと思う。
 
 荷物を置いて風呂に入った。自由時間の始まりだ。
「さぁ、有料放送を見るぞ」
 いきなり何を言い出すんだ。このアホは……
「バカ、明日も泊まるんだぞ」
 清算時にバレるではないか。
「はぁ? 一泊だろ?」
「二泊だ。知らなかったのか?」
 え? コイツ……まさか。
「マジ……ッスか?」
 げ、本気で知らなかったらしい。
「残念ながらマジだ」


「ノォォォォォ!!!!」
 田村の叫びが室内に響いた。
「哀れな奴……」
 俺は本気で田村に同情した。これが俺だったらと思うとぞっとする。

「もう一泊分の金はどうすりゃいいんだよ!?」
「キャッシュカードはあるか?」
「カードはあるが貯金がねぇ」
 田村氏の所持金は底をついていた。

「だって井上は一泊で、雄二をはめるって言ってたんだぞ!!」
「あの井上が雄二をはめるわけねぇだろ。幼馴染だぞ?」
 普通に考えて、奴等を見てれば分かると思うが……。
 あの仲の良さは異常だ。ゲームのようにはいかない。
 幼馴染が仲良しだという幻想を実現している奴らだった。
 俺にも幼馴染の野郎がいるが小学校で連絡は途絶えた。
 挨拶程度には話すがこっちからも向こうからも連絡することはあまりない。

「幼馴染っつっても、藤木は井上の玩具だろ」
 玩具とは言いすぎだが、確かにそんな感じが強い。
 しかし、あいつ等をカップルと見るとなかなかいいコンビだと思う。
「俺は結構お似合いだと思うだけどな」
「お互いそんな気ねぇんじゃねぇの?」
 まぁ、そうかもしれん。
 だが今日の移動中、雄二と井上の母親の会話を聞いた限りでは……
「井上の方は満更でもないんじゃないのか?」
「さぁな」
 すると斉藤にとっちゃ分が悪いな……。

「斉藤も大変だな」
「なんで斉藤がでてくるんだよ?」
 マジかよ。もしかしてコイツ、知らんのか?
「なんでもねぇ。忘れろ」
 他人の恋愛事情を勝手にチクるわけにもいかんだろう。

「なんでアイツはあんなにもてるんだ……」
「藤木がか? 冗談だろ?」
 斉藤だけじゃなく結城とも親しげだ。
「アイツがもてるんなら俺はスター扱いだぜ」
 自分を知らないとは……ある意味、罪だな。
 俺もアイツには様々な点で負けを認めている。
 あんな器用な奴は見たことがない。それと同時にあんな不器用な奴も見たことはなかった。
 
 ある面でものすごい器用さを見せると思ったら違う場面ではとんでもなく不器用だったりする。
 器用で不器用。まったく不思議な野郎だ……。
 だからこそ認めてるんだけどな。

「それにしてもついてねぇなぁ」
 田村がぼやくように言ってきた。
「なんでだよ?」
「よりによってペアがお前だもんな」
「悪かったな……」
 俺だって雄二や谷口の方が少なくともお前よりは良かったよ……。

「結城とか斉藤が一緒だったらなぁ」
 結城が相手なら警戒されるし、斉藤相手なら殺される。
「お前じゃ無理だろ……」
「そりゃ、お互い様だろ? でも男相手よりマシじゃねぇか」
 そうか? 俺は下手に女と一緒になるより男と相部屋の方が厄介事にならなくていいが。
 雄二も恐らくそう思っていることだろう。
「ああ、藤木の妹でもいいから女と相部屋が良かったぁ!!」
 おいおい雄二が聞いてたら、お前3回は死んでるぞ……。
「お前はそんなことより明日の金の心配をしてろ」
「そうだよ金だよ。俺、金どうすりゃいいんだよ!?」
「それは知らん」
 俺の知ったことか、伍長、自力で解決せよ。

「貸してくんねぇ?」
「俺はバイトまでしてここに来てんだ。そんな金はねぇよ」
「誰か貸してくんねぇかなぁ」
 ……いる。たった一人確実に貸してくれる奴が……。
 だが、友人を借金地獄に落としてもよいものだろうか。

『いいんじゃねぇの?』
 心の中の悪魔がぶっきらぼうにほざく。

『ダメだ。田村を救えるのは健吾だけなんだよ!?』
 天使が真剣に俺に訴えかける。

「誰でもいい!! 俺に金を貸してくれ!!」
 ホントウニダレデモイイノカ?
 悪魔が大きくなって魔人と化す。

『誰でもいいんだとよ。決定だな』(悪魔・魔人化)
『誰でもいいっていうなら……』(雑魚天使)

 決定!!!

「本当に誰でもいいんだな?」
「おう、当てがあるのか!?」
「ある」
「誰だよ!?」
「井上だ。アイツなら絶対貸してくれる」
 闇金並みの金利でな……。
「マジで!? サンキュー!! 行ってみる!!」
 田村は井上の部屋に向かって旅立った。
 俺は帰ってきたときにとばっちりを食わないように逃げ出した。
 メダルでも使うか……。
 俺はゲーセンで遊ぶことにした。




 ゲーセンでメダルを使い切り、部屋に戻ってきた。
 田村は涙のあとを頬に残し眠っていた。
 どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだった。

 スマン……田村……。
 俺は一人の男の人生を狂わせてしまったようだ……。



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