時刻は午後6時30分。更衣室前に集まる時間は過ぎてしまっていた。 あたしは集合時間に30分遅れて到着したのだが 当然、既に全員集まっていて、その全員が飢えた目であたしを睨んでいた。 「春香……お前……」 雄二があたしに呆れたような瞳を向けた。 「井上、お前は鬼か?」 「なんなのだ一体!?」 たかが30分遅れてしまっただけではないか。 「俺を飢えさせるための作戦なのか!?」 田村があたしに怒りを向ける。 殺意が混じっているような気もする。 「春香、とにかく謝っとけ」 「む……すまん」 雄二があまりに真剣な顔をして迫ってくるので素直に謝った。 「田村君は昼食抜きなんだよ……」 谷口君が小声であたしに言ってきた。 なるほど……そういうことか。 「それに、みんなたくさん動いてお腹すいてるんだよ」 「ああ、そのようね」 あたしが遅れた30分はかなり重要な時間だったことを悟った。 「じゃあ、飯にしようぜ。和、洋、中、どれがいい?」 「言いだしっぺの雄二が決めな」 それが筋ってもんでしょうが。 リゾートランドにはたくさんのレストランがありジャンルは様々だ。 「俺は和食がいいんだが……」 「何でもいい!! とにかく食わせろ!!」 田村は少々暴走気味だった。食料の恨みは恐ろしいな……。 「あたしは中華だ」 自分の意見はしっかりと言っとくべきだ。 「俺は洋食だな」 「あたし、ナポリタンが食べたい!!」 健吾に続いてナツが主張する。 「じゃ、僕も洋食にしようか」 「私も洋食がいいわ」 「私は……和食がいい」 谷口、さやか、有香の順番だ。 和食2、洋食4、中華1、なんでもいい1。 あたしに賛同する人間が一人もいないのは一体……。 鳥になって飛び立ちたい気分になった。 「じゃ、洋食だな。もうなんでもいいや」 「……中華がいない」 「諦めろ。中華は明日にしろ」 雄二があたしの肩を叩いて慰める。 と、いうことで今日の夕食は洋食になった。 「いらっしゃいませ、何名様ですか?」 「8名だ!! 席に案内して速攻でメニューもってこい!!」 「…………」 田村は本当に必死だ。飢えた田村は性質が悪い。 奴の新たな一面を見た。 「あたしナポリタン〜」 ナツがメニューも見ないで注文した。 「僕もナポリタンで」 谷口がメニューを見てナポリタンの存在を確認し、注文する。 彼はナツに合わせ気味だな……。 「俺は和風ステーキセットだ」 メニューを見て決める。 あくまで和風にこだわる雄二。 「わ、私もそれで」 それに合わせる有香。有香は古武術とかやってる分、和風な物が好きらしい。 「俺はハンバーグセットでいい」 「私はミックスピザ」 「あたしはミートソースとミックスピザだ」 腹減ってるからたくさん食えそうだ。 「まず、ステーキセットとハンバーグセット。あとは……ミックスピザ2枚」 おい、田村。本当にそれだけ食うつもりか? 「あと、ドリンクバー全員分お願いします」 雄二が全員の飲み物を頼む。 「ご注文繰り返します」 「繰り返さなくていい!! とっとと作って持ってこい!!」 「は、はいぃ!!」 ウェイトレスが走って厨房に逃げていった。 「おい、田村。ちょっと酷いぞ」 「黙れ藤木。俺の空腹はあと一歩歩いたら餓死してダンジョンから蹴り出されるところまできてるんだよ」 「ダンジョンってなんだよ……」 それは分かる人にだけ分かる謎だった。 「ねぇ、春香」 「ん?」 「何で遅れたわけ?」 さやかが聞いてきた。 「仮眠室で寝てた」 「寝坊かよ……お前って奴は」 雄二は呆れ果てている。 「気にすんな。夜はちゃんと寝るから」 「当たり前だ!!」 雄二の突っ込みはキレが良かった。 「井上って良く寝るよな」 「そういえばそうね」 健吾のセリフに結城がのってきた。 「そうか?」 昨日は午前0時に寝て4時前に起きた。 そのあともう一回寝て8時頃に雄二に叩き起こされて……。 今回、午後2時半頃から6時ちょっとまで寝てたから……。 合計、約11時間!! おお、なんて健康的。寝る子は育つ。 「ちょっと寝すぎだろ。授業中も寝てるしな」 「先生も何も言わないわよね。触らぬ春香に祟りなしってね」 何だそのことわざは……。 「よいではないか。よいではないか」 「そうだな」 「そうなんだけどね」 あたしのことはあたしが決める。文句あっか? あたしは神を信じない。あたしが神だ!! 食事を終えたあたし達はまったりとドリンクバーを楽しんでいた。 さて、もうそろそろショータイムといきますか……。 「さぁ、お楽しみの時間だ」 あたしはポーチからトランプを取り出す。 「マジでやるのか?」 「雄二はあたしが冗談で言っているとでも思っていたのか?」 「5%くらい期待してたんだが……」 たった5パーかい。 「これは冗談でもなんでもない。マジだ」 トランプの中から1から4を2組。わざと意味深にスペードとハートを取り出した。 「契約書にも書いてあったが何が起きても自己責任だからな」 「「「 ………… 」」」 全員沈黙。 だが甘いぞ皆の衆。もう一つ洒落にならない事実を話さなければ……。 「ちなみにエースを引いたものはツインじゃなくダブルだ」 「はぁ!!?」 「ちょっと待って!!」 「そ、それはやりすぎだよ!!」 雄二、有香、谷口が即座に反応する。 有香の反応が早かったな。谷口も意外に……。 「コイツ……どっか逝っちまってんじゃねぇのか?」 「春香ぁ。いくらなんでもやりすぎじゃないの?」 「ダブルだもんなぁ……」 「…………」 健吾の悪口、結城と田村の責め。ナツにいたっては絶句してしまっている。 「あたしが悪いわけじゃない。向こうの手違いなんだぞ?」 「他に部屋は?」 「ない。あたしも聞いたからな」 雄二が確認をとるように言う。 「このゲームを中止する気はないのか?」 「ないね。男女がダブルになるとは限らないし、確率はたった25%だ」 「…………みんな。覚悟決めろ。春香は……もうやる気だ」 そう、あたしはやる気満々だ。エースを引かなければいいのだ。 これぞギャンブル!! 「じゃ、始まり始まり〜」 8枚のカードをテーブルに置き、混ぜていく。 「俺にもやらせろ。仕組みがないか確認する」 あたしに信用はないのか? 雄二の言葉に少々傷ついた。 雄二が丹念にカードを混ぜ、裏の模様を調べ、策がないことを確かめた。 「OKだ。たぶん何も仕組んでいないと思う」 どこまで信用がないのだ……。 「みんな、カードを引け。あたしは最後のでいい」 全員がカードを凝視し、一枚ずつ取っていく。 残ったカードをあたしが取る。全員がカードの中身を見ていない。 「いいか? せーのでいくぞ?」 頷くメンバー達……誰があたしと一緒の部屋になるのか……。 「「「 せーの!!!!!! 」」」 パシンッ 全員のそろった掛け声が店内に響き、カードが白い面を見せた……。 |