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 プールは見るものではないと改めて実感している。
 それなのに俺はなぜプールをただ見ているだけなのだろうか。
 答えは……この無数の痣のせいだ。

第87話 悪魔達の宴 前編 <<雄二>>


 ベンチに座りぼーっと流れるプールを見る。なんと風流なことか……
 あまりに風流すぎて暴れたいくらいだ。
「お前は泳がないのか?」
「それは俺に対する嫌味か?」
 健吾は“泳ぐ”という単語に対してかなり敏感になっていた。
「いや、そうじゃなくて。プールに入らないのかって聞いてんだよ」
「たまにはこういうのもいいんじゃねぇの?」
 そうだよな……たまにはのんびりってのも……

「た〜すけてくれ〜!!」
 遠くから聞き覚えのある声が聞こえる、気がした。
 春香のネックブリーカーで飛び込み台から2人同時にダイブする田村を見た、気がした。

ドッパーーン!!

 水しぶきが上がると同時に高々と笛の音が鳴る。注意されるのだ。
「平和ですな。少佐」
「うむ、毎日がこんなに平和だったらいいのにな」
 
「あんた達、不健康ねぇ。ちょっとは遊んできたら?」
 同じくベンチに座っている結城が話しかけてきた。
「「お前に言われたくねぇ」」
 俺達はハモって言った。
「私は……ほら、十分に健康的だから」
「けっ、そのボディはさぞかし健康的だろうよ」
 健吾が罵るように言った。
「ああ、まるで蝿取り草のようだ」
 俺もそれに続く。
 周囲はまさに蝿が集っているようだった。

「うるっさいわねぇ。アンタ達がいると誰も声かけてくれないじゃない」
「なんだよ。お前ナンパ待ちかよ」
 結城は健吾の言うとおりナンパ待ちだったようだ。

「なんだ待ってたのか? 変なのが来ないように警戒してたんだけどな」
 それなら早く言え。威嚇が無駄になっちまった。
「ボディガードありがとう。でも、もういいわ。春香を呼んできてくれる?」
「春香? まさか、お前……アイツとナンパ待ちする気か?」
 かなり嫌だ。春香……鬼だからなぁ。
「そうよ。呼んできてくれない?」
「お前、分かってて言ってるのか?」
 春香をナンパした人間がどうなるかを。
「知ってるわよ。そん中からチョイスするからいいのよ。早く呼んできて」

「了解」
 俺は春香を呼びに飛び込み台に向かった。
「なぁ、井上ナンパしたらどうなるんだ?」
 言ってもよいのだろうか……あの鬼の所業を。
「分かりやすく簡潔に説明してやろう。よく聞け曹長」
「イエッサー」
「誘われる、食べる、飲む、遊ぶ、殴る」
 実に簡潔に説明した。
 我ながらナイス説明!!

「ちょっと待て。最後のだけなんか違う!!」
「いや、まったく違わないぞ。あれで正解だ」
「どういうことだよ……」
 そういうことだよ。

「おい、春香」
 田村を引きずりこんでプールから上がってきた春香を呼んだ。
「なに?」
「結城が呼んでるんだけど……」
「さやかが? ちっ」
 春香の返事は舌打ちだった。
 いや、そんなことよりも今は田村を開放してやらなければ……
 田村はもうグロッキーだった。

「おい、田村大丈夫か!!」
「少佐!! かなりヤバめです!!」

「メディック!! メディーック!!」
 俺は高らかに叫んだ。
「衛生兵はここにはいません!!」
「ちぃっ!! 俺達で運ぶぞ!!」
「イエッサー!!」
 俺達は田村をベンチに運んだ。
 が、そこにすでに結城の姿はなかった。春香の姿も……

「は、始まってしまった……」
 悪魔達の宴が始まってしまったのだ!!
「何がだよ。そんなことより田村が……」
「そんな奴よりこっちのほうがヤバいんだよ!!!」
「はぁ?」
「見ろ。今、奴等は食べるの段階に入っている」
 春香と結城は見たことも無い男4人と飯を共にしていた。
「何がヤバいんだよ……」
「てめぇは俺の説明を聞いていたのか!!」
 食べる、飲む、遊ぶ、『殴る』だぞ!!!

「勝手にやらせとけよ。俺達に関係ねぇだろ?」
 あるんですよ。
 春香はトラブルメーカーなんて生易しいもんじゃないんですよ。
 奴はトラブルコーディネーターなんですよ。
 ゲーム感覚でトラブル作り出すんですよ!!
「健吾、戦闘準備しとけ……」
「え? マジでこっち来るのか?」
 俺は無言で頷いた。
「え? あいつら食うだけ食って、飲むだけ飲んで、遊ぶだけ遊んで、始末は俺達なのか?」
 当然。トラブルコーディネーターだからな。
 無言で頷く。
「そりゃねぇだろ!!」
「そりゃねぇよなぁ……」

「俺は嫌だぞ。こうなったら……」
 久々にコンビネーションが炸裂した。
(逃げるぞ!!)
(ああ、逃げよう!!)

「そうと決まれば……せいっ!!」
「かはっ!!」
 健吾は田村に気合を入れて目を覚まさせた。

「田村、大丈夫か?」
「げほっ、げほっ。あ、ああ……」
「もうちょっとここで休んでろ。あと1時間くらい」
 尻拭いが完了するまで……たっぷりと休め。
「お、おう」
 
「俺達、ちょっと行くところあるから。悪ぃな」
「気にすんな。助けてくれてサンキュー」
 俺は健吾と嵐の前の静けさの時点で離脱に成功した。

「今回も修羅場を潜り抜けましたな」
「そうだな……田村伍長。三階級特進かな……」
「ああ、田村少尉……我々は君の栄光を忘れない……」
 俺達は空の見えない天井に向かって3秒黙祷した。
 約1時間後に起こるであろう厄災を記憶の彼方に葬り去りながら



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