プールは見るものではないと改めて実感している。 それなのに俺はなぜプールをただ見ているだけなのだろうか。 答えは……この無数の痣のせいだ。 ベンチに座りぼーっと流れるプールを見る。なんと風流なことか…… あまりに風流すぎて暴れたいくらいだ。 「お前は泳がないのか?」 「それは俺に対する嫌味か?」 健吾は“泳ぐ”という単語に対してかなり敏感になっていた。 「いや、そうじゃなくて。プールに入らないのかって聞いてんだよ」 「たまにはこういうのもいいんじゃねぇの?」 そうだよな……たまにはのんびりってのも…… 「た〜すけてくれ〜!!」 遠くから聞き覚えのある声が聞こえる、気がした。 春香のネックブリーカーで飛び込み台から2人同時にダイブする田村を見た、気がした。 ドッパーーン!! 水しぶきが上がると同時に高々と笛の音が鳴る。注意されるのだ。 「平和ですな。少佐」 「うむ、毎日がこんなに平和だったらいいのにな」 「あんた達、不健康ねぇ。ちょっとは遊んできたら?」 同じくベンチに座っている結城が話しかけてきた。 「「お前に言われたくねぇ」」 俺達はハモって言った。 「私は……ほら、十分に健康的だから」 「けっ、そのボディはさぞかし健康的だろうよ」 健吾が罵るように言った。 「ああ、まるで蝿取り草のようだ」 俺もそれに続く。 周囲はまさに蝿が集っているようだった。 「うるっさいわねぇ。アンタ達がいると誰も声かけてくれないじゃない」 「なんだよ。お前ナンパ待ちかよ」 結城は健吾の言うとおりナンパ待ちだったようだ。 「なんだ待ってたのか? 変なのが来ないように警戒してたんだけどな」 それなら早く言え。威嚇が無駄になっちまった。 「ボディガードありがとう。でも、もういいわ。春香を呼んできてくれる?」 「春香? まさか、お前……アイツとナンパ待ちする気か?」 かなり嫌だ。春香……鬼だからなぁ。 「そうよ。呼んできてくれない?」 「お前、分かってて言ってるのか?」 春香をナンパした人間がどうなるかを。 「知ってるわよ。そん中からチョイスするからいいのよ。早く呼んできて」 「了解」 俺は春香を呼びに飛び込み台に向かった。 「なぁ、井上ナンパしたらどうなるんだ?」 言ってもよいのだろうか……あの鬼の所業を。 「分かりやすく簡潔に説明してやろう。よく聞け曹長」 「イエッサー」 「誘われる、食べる、飲む、遊ぶ、殴る」 実に簡潔に説明した。 我ながらナイス説明!! 「ちょっと待て。最後のだけなんか違う!!」 「いや、まったく違わないぞ。あれで正解だ」 「どういうことだよ……」 そういうことだよ。 「おい、春香」 田村を引きずりこんでプールから上がってきた春香を呼んだ。 「なに?」 「結城が呼んでるんだけど……」 「さやかが? ちっ」 春香の返事は舌打ちだった。 いや、そんなことよりも今は田村を開放してやらなければ…… 田村はもうグロッキーだった。 「おい、田村大丈夫か!!」 「少佐!! かなりヤバめです!!」 「メディック!! メディーック!!」 俺は高らかに叫んだ。 「衛生兵はここにはいません!!」 「ちぃっ!! 俺達で運ぶぞ!!」 「イエッサー!!」 俺達は田村をベンチに運んだ。 が、そこにすでに結城の姿はなかった。春香の姿も…… 「は、始まってしまった……」 悪魔達の宴が始まってしまったのだ!! 「何がだよ。そんなことより田村が……」 「そんな奴よりこっちのほうがヤバいんだよ!!!」 「はぁ?」 「見ろ。今、奴等は食べるの段階に入っている」 春香と結城は見たことも無い男4人と飯を共にしていた。 「何がヤバいんだよ……」 「てめぇは俺の説明を聞いていたのか!!」 食べる、飲む、遊ぶ、『殴る』だぞ!!! 「勝手にやらせとけよ。俺達に関係ねぇだろ?」 あるんですよ。 春香はトラブルメーカーなんて生易しいもんじゃないんですよ。 奴はトラブルコーディネーターなんですよ。 ゲーム感覚でトラブル作り出すんですよ!! 「健吾、戦闘準備しとけ……」 「え? マジでこっち来るのか?」 俺は無言で頷いた。 「え? あいつら食うだけ食って、飲むだけ飲んで、遊ぶだけ遊んで、始末は俺達なのか?」 当然。トラブルコーディネーターだからな。 無言で頷く。 「そりゃねぇだろ!!」 「そりゃねぇよなぁ……」 「俺は嫌だぞ。こうなったら……」 久々にコンビネーションが炸裂した。 (逃げるぞ!!) (ああ、逃げよう!!) 「そうと決まれば……せいっ!!」 「かはっ!!」 健吾は田村に気合を入れて目を覚まさせた。 「田村、大丈夫か?」 「げほっ、げほっ。あ、ああ……」 「もうちょっとここで休んでろ。あと1時間くらい」 尻拭いが完了するまで……たっぷりと休め。 「お、おう」 「俺達、ちょっと行くところあるから。悪ぃな」 「気にすんな。助けてくれてサンキュー」 俺は健吾と嵐の前の静けさの時点で離脱に成功した。 「今回も修羅場を潜り抜けましたな」 「そうだな……田村伍長。三階級特進かな……」 「ああ、田村少尉……我々は君の栄光を忘れない……」 俺達は空の見えない天井に向かって3秒黙祷した。 約1時間後に起こるであろう厄災を記憶の彼方に葬り去りながら |