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 あっという間にテストが終わり、結果が返ってきた。
 俺の点数は補習は余裕で免れた、と言っておこう。
 さぁ、一人で頑張った春香の点数は……

第82話 たった一つの頑張り <<雄二>>


 テストが全教科返却された。
「ふ、雄二。貴様の時代は終わった」
 やけに自信満々だな……コイツ。
 春香は両手を腰に当て、座っている俺の前に立ちはだかった。
「俺の時代なんか来てないと思うんだが……」
「これを見ろ」
 春香が見せたのは今しがた返ってきた国語の答案だった。
「……マジ?」
 この人……なにやってんの?

「ふっふっふ。参ったか」
「…………」
 呆れて何も言えない。
「どうした。そんなに良かったのか?」
 俺の前に座る健吾が聞いてくる。
「見るか? 貴様のしょぼい知能じゃ到底取れん点数だぞ」
「しょぼい言うな」
 健吾が答案を見て固まる。
「…………マジ……かよ」


 ああ、手っ取り早く言うと……満点、100点おめでとう、だ。
「春香、他の答案を見せろ」
「それはできんな……」
 コイツ……まさか…まさか。
「つかぬ事をお聞きしますが……大佐?」
「なによ」
「この10日程、国語のみを勉強したのでは?」
「答える義務はない」
 ……絶対、国語だけしか勉強しなかったに違いない。
 
「補習免れてるんだろうな!?」
「免れたよ。なんとか」
 なんとかかよ。

「俺、たまに…いや、頻繁に井上の思考が分からなくなる」
「言うな健吾。俺もだ」
 俺達は肩をポン、と叩き合った。

「健吾は大丈夫だったか?」
「おお、結構必死にやったからな」
 全員大丈夫だろうか。
 
「さ、斉藤さん」
「な、何? 藤木君」
 慣れねぇな。この呼び方……
 リオラートに行くまでずっと斉藤さんと呼んでいたのに
 一度修正した呼び方を元に戻すのは思ったより難しいもんだな……
「補習、免れたか?」
「うん、大丈夫」
「そっか、聞くだけ無駄だったよな」
 さ、次だ次。

「田村〜、補習かぁ?」
 遠距離から聞く。
「その聞き方は何だ!! 俺が補習確定みたいな言い方しやがって!!」
 ちっ、無事か……。
「お前はどうなんだよ」
「愚問だな。貴様よりいい成績を取ってる俺に聞くなんてな……」
「て、てめぇ……旅行のとき見てろよ」
「ああ、見ててやるよ」
 お前の見事なピエロっぷりをな……。

「結城も大丈夫だよな?」
 自分の席に戻り結城に聞いた。
「当然」
 そういやコイツ……なんで旅行に参加するんだろ……。
「ん、これで全員だよな。旅行準備はできてるか?」
 智樹には聞く必要もない。
「あのねぇ、藤木君じゃないんだから行くと決めた時点で準備してるわよ」
 む、失敬な。俺だって準備くらいしてあるぞ。
 金だけだけどな……。

「ねぇ、それより春香……何点だったの?」
「聞いて驚くなよ。満点だ。あのバカ、国語だけに全力かけやがったんだ」
「……それで満点取るのも凄いわよね」
「まぁな」
 しかし……無駄ではないか?

「バカで悪かったね……」
「…………」
 後ろに春香がいるのを忘れていた……。

「久々に早退してみる?」
「い、いえ、結構です……」
 振り向きたくないときってあるよな……。
「じゃあ、保健室行ってみようか」
「それも、できればご遠慮願いたいんですけど」
「保健室か早退か。選びな」
 軽傷か重傷かの2択だった。
 こ、答えたくねぇ……。
 しかし、答えなければ自動的に早退になってしまう。

「なぁ、春香。ただちょっとバカって言っただけじゃないか」
「悪いけど、問答無用」

パンッ
 背後からのローキックで膝から崩れ落ちる。
 
ガスッ!!!
「かはっ」

 首に衝撃が走り、視界が真っ白に染まる。
 おそらく延髄蹴りが決まったんだろう……。

「…………成敗」
 春香のセリフを最後に俺の意識は途絶えた。




「…………いてぇ」
 目覚めた場所は宣言どおり保健室のベッドの上だった。
「大丈夫?」
「ゆ、……斉藤さん、か?」
 視界が揺らぐ。声だけを頼りに判断した。
「うん」
「今は……」
「もう、放課後よ」
「そっか。春香は?」
「……帰っちゃった」
 アイツ……俺の存在を忘れたな……。

「宮崎先生は?」
 宮崎先生は保健室の先生だ。
「職員会議だって言って出てったわ」
「そっか……俺達だけか? 他に誰もいねぇよな?」
「う、う…う、うん」
 あぁ、頭がクラクラする。

「風華。<<風よ、我が身の傷を癒せ>>」
 風華を呼び出しすぐに怪我を癒す。

「よし、帰ろうぜ」
 ベッドから立ち上がり保健室を出ようとした。
「…………」
「どうかしたか?」
 ずっとベッドに突っ立っている有香に聞いた。
「……なんでもない」
「あっそ。んじゃ、帰ろうぜ」
「…うん」
 教室で荷物を取ってから俺は有香と一緒に帰った。

「それにしても斉藤さんが春香に誘われるなんて思わなかったなぁ」
「そ、そうだね」
「そうだねって……自分のことだろ? なんか心当たりとかねぇの?」
「ないです!!」
 おい、まったく考えずに即答かよ。

「雄二君」
「ん〜?」
 って今、俺のこと……
「今度、リオラートに行くときも絶対私を呼んでね」
 ちらりと有香を見ると有香は真剣な表情でまっすぐ俺を見ていた。
「お、おお。そのつもりだけど……」
「……ならいいの」
 なんだよ。何、マジな顔してんだよ。

「呼ばないとでも思ってたのか?」
「……正直、思ってた」
 何ゆえ?
 ……さっぱり理解できん。
「なんで? って顔してるね……」
 げ……読まれた。
 有香って……たまに春香と同じくらいに俺の表情読むよなぁ。

「いつか、私も智樹君も置いて一人で行っちゃいそうな気がして……」
「んなことあるかよ」
「私達に高い確率で命の危険があったとしても?」
「…………」
 そういう時になった場合……俺は迷わず一人で行く。
 智樹達を巻き込んだのは俺だ。
「約束して。どんな場合でも連れて行くって」
 どうする。
 そんなできもしない約束をしてもいいのか?




「有香、悪ぃ。約束できねぇわ」
「…………」
「その約束だけは勘弁してくれ。守れる自信ねぇからさ」
 俺はきっぱりと言い切った。
 できない約束はできない。
 嘘をついて誤魔化してもいいんだが……有香の表情が真剣だったから、そんな気は失せた。

「……やっぱり、雄二君だね」
 は?
 有香のセリフが理解できなかった。
「いいわ、その時はどんな手を使ってでも行かせないから……」
「……はい?」
 
「こっちの話。さ、帰りましょ」
「お、おう」
 やっぱり有香は少し怖い。
 でも有香の意志の強さを垣間見た気がした。



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