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 七月半ば、湊市某所に僕達は集められた。
 なぜ集められたのかも分からない、ただ集まれと言われただけだ。
 ただ、集まらなければ死が待っていることを全員が理解しているのだった……。

第80話 自責の契り <<智樹>>


「今日集まってもらったのは他でもない。旅行の件についてだ」
 ベッドの上に立ち、井上大佐は演説を始めようとする。
「その前にちょっといいか?」
 しかし、藤木少佐がいきなりそれを遮った。

「なによ」
 話を中断されたので少々イラついた表情で雄二を見返す。
「聞きたいことがある」
 だいたい雄二の言いたいことはわかる。
 ただそれを聞く意味なんて無いのと同じだ。



「……何で俺の部屋なんだ?」
 そう、旅行に行く総勢8名は藤木家の雄二の部屋に集合していた。
「他に集まるとこないから」
「春香の部屋でもいいだろ」
「よくない。片付けんのめんどい」
 どうやら井上さんの部屋はあまり綺麗にしていないらしい。

「それとベッドの上に靴下で立つな」
「ん。そうだったわね」
 そう言ってベッドの上に腰掛ける。

「あの……何で僕達を呼んだの?」
 話が最初から脱線してしまったため、僕が戻すことにした。
「おお、そうだった。旅行の件でちょっとね」
 お金の問題なら田村君以外は大丈夫だろう。
「ずばり聞く。前回の中間、そして今回の期末テストで補習になりそうな人いる?」
 僕はまったく問題ない。雄二も期末で普通の点数をとれば大丈夫だ。

「俺……ちょっとやばいかも」
 高槻君がおずおずと手を上げた。
「じゃ、勉強ね。明日から放課後、教室で」
 井上さんは勉強は苦手だったはずだが……

「ね、春香は大丈夫なの?」
 結城さんも同じことを思っていたらしい。
「だから、あたしもやるのよ。一人なんて嫌じゃん」
 どうやら補習を免れるための同盟を作るために呼んだらしい。
「俺、バイトあるんだけど……」
「2時間くらい休め。テストだと言えば休みはもらえる」
「ラジャ」

「あ、雄二は参加だからね。強制で」
「うぃ」
 予想済みだったらしい、素直に受け止めている。
「私も下手したら補習かもしれないから参加していい?」
 有香さんが勉強会参加に名乗りを上げた。
「有香も参加? 四人集まりゃ何とかなるわね」
 こうして対期末テスト勉強会同盟が発足した。

「まず一つ目のお題終了。次の話ね」
 どうやらこのためだけに呼んだわけではないらしい。
「皆の者。これにサインと拇印を押せ」
 そう言って僕たち7人に紙を渡す。
「えっとなになに。契約書、ってなんでやねん!!」
 田村君の突っ込みが入った。
 そう、僕達に配られたものは契約書だった。
「ただのお約束みたいなものだから大丈夫よ」
 確かにそんなようなものだ。
 この契約書に書かれている内容は

今回の旅行で何があろうとも自分の意志で行動することを誓います。

 簡単に言うとこんな感じだ。
「おい、おかしいぞ」
 雄二が小声で言ってくる。
「うん、おかしいよね」
 僕達が僕達の意志で行動することは井上さんにとっては面白くないはずなのだが……。
「アイツ絶対何か計画してる。なにやらせる気なんだ……」
 僕も怖くなってきた。

「あの、何でこんなの書くの?」
 有香さんが正直に聞いた。
「あたし達も一応大人だし、夜の2人部屋で何があるか分かりませんからなぁ」
「ちょ、ちょい待ち。部屋割りは男女別じゃないのか?」
 井上さんのセリフに雄二が即座に反応する。
「何をいまさら……」
 僕も初耳だ。
「ちょっと春香。それ私も聞いてない!!」
「今言う。部屋割りはクジで決める!!」
「ク、クジ……」
 雄二が呆気にとられている。
 僕も周囲も同じだ。ただ有香さんだけが冷静に受け止めている。

「知ってたの? このこと」
「う、うん。みんな知ってるもんだと思ってたけど……」
 言い方は悪いが有香さんは雄二に釣られてきたようなもんだ。
 なるほど……これが決定打か……。
 井上さんがどのようにして有香さんを旅行に参加させたか分かってきた。

「たとえ何が起きても自己責任。自分の身は自分で守る」
「私はいいよ。それで」
「ち、千夏!?」
 雄二が妹の発言に驚く。
「どうせ何も起きないよ。お兄ちゃんは心配しすぎだよ」
 ……何が起きるかも分からないのに。
 雄二の妹は肝が据わっているのか何も考えてないのか……。
「はい、サイン。朱肉どこ?」
「ほい、ナツはいい子だねぇ」
 井上さんが千夏ちゃんの頭を撫でる。
 千夏ちゃんが淡々と誓約書に拇印を押してしまった。

「俺は自分の身くらい自分で守れるし……」
 田村君もたやすく処理を済ます。
「男子達。ちゃんと守ってよね」
 と、結城さん。
 守りたくないなぁ……と思ったのは僕だけだろうか。

「ま、諦めもついてるからいいけどな」
 高槻君が判を押す。
「け、健吾……」
「お前だって諦めてるんだろ?」
「まぁな」
 雄二が判を押す。
「誰かやばいことになったら俺に言えよ」
 雄二らしい。全員のボディガードをやるつもりのようだ。
「私も守ってもらうつもりないし……私を襲うような無謀な男子もいないでしょ?」
 有香さんも雄二に続いて判を押す。
 彼女は自分の身を守る術を持っている。
 そして、もし襲ったりしようものなら救急車でリタイアすることになるだろう。


 あとは僕だけだ。
「智樹……」
 そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ雄二。
「大丈夫。僕だって自分の身くらい守れるし、人を助けることだってできるよ」
 僕は堂々と契約書にサインをし、赤く染まった親指を紙に押し付けた。

「よし、全員契約完了だな。出発は夏休み初日。集合はここだ」
「だからなんで俺の家なんだよ!?」
「ここに参加者が二人いるから」
「…………」
 理屈的には正しい意見に雄二は何も言えなくなってしまった。

「じゃ、明日からテスト勉強に励めよ。補習になったら参加不可だからな」

「「「了解」」」

僕達は旅行の為にテスト勉強をすることになった。
学生なんてそんなもんだ。



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