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 そんなに分かりやすいかなぁ……
 ついに彼の幼馴染である井上さんにまでばれてしまった。
 本人にばれるのも時間の問題か?
 でも、雄二君は鈍いからなぁ……

第78話 For the Journey 有香編 <<有香>>

 とりあえずお金の工面をしなくては……
 何泊するのかも分からない状態では話にならない。
 私はいくら用意するのかも分かっていなかった。
「まずは情報収集ね」
 情報といえば彼だ。
 翌日、学校でさっそく智樹君に聞いてみた。

「谷口君」
「何? 斉藤さん」
「あの、井上さんの旅行呼ばれてる?」
「まぁね。どうかした?」
「私、詳しい情報まったく知らないんだけど……」
 智樹君に聞けば大抵のことは分かる。
 これから雄二君の事を聞くことが増えるかもしれない。

「本人に聞けばいいのに……」
「だって……寝てるし」
 井上さんは智樹君の隣の席で静かに眠っている。
「僕も詳しい話は聞けなかったんだけど雄二によると2泊くらいするらしいよ」
 2泊……宿泊費、食費、遊戯代などでまず3万円。
 新しい水着も買わなきゃいけないし、シェイプアップもしなくては……
 リゾートランドの情報も欲しいな……

「雄二が来るって言われて釣られたんだね?」
 …………。
「斉藤さんが望むような旅行になるとは思えないけどなぁ……」
「どういう意味よ?」
 まるで私の心中を察しているかのような物言いに少し苛立った。
「あ、ごめん。ただ、僕が思っただけだから」
「私はどういう意味って聞いたんだけど?」
 そこまで気になることを言うには智樹君なりの理由があるんでしょう?

「ここじゃちょっと言いにくいな……」
 そういって私に目配せをする。ああ、井上さんね……
 私達は教室を出た。

「で、井上さんに聞かれたらまずい話なの?」
「念のためだよ。僕だって自分の身は大事だからね」
 私はそこまで井上さんが怖くない。戦闘力のみでいえば私と大差ないからだ。
 ただ、井上さんの恐ろしいところは、それを使うことに躊躇がないこと。
 素人だろうが女子供だろうが彼女にとっては関係ない。

「じゃ、本題。確かに僕たちにとって楽しい旅行にはなると思うよ。
でもね、その旅行を一番楽しむのは誰だと思う?」
「当然、井上さんよね」
「じゃあ井上さんが楽しむときに、いつも巻き込まれるのは誰?」
 誰って……決まってるじゃない。
 いつも何とかしてあげたいって思ってるんだから……。
「そういうことだよ。 そういう雰囲気になるにはちょっと難しいんじゃない?」
「……そうね」
 私は今回の旅行に不安を抱かずにはいられなかった。


 しかし、楽しみなものは、やはりどう考えても楽しみで
 うきうきしながら準備を始めてしまう私だった。

ま、なんとかなるわよ

 もう行かないとは言えないし、行くしかない。
 毎日のようにデパートに入り浸り、水着を見て回る。
 道場に行く合間を縫ってアルバイトをする。
 家に帰って情報誌を読み、リゾートランドの情報を集める。
 夜景ポイントとかおいしい食べ物。カップルの情報とか……
「あはっ、私何見てんだろ……」
 期待による笑いが出てくる。自然と笑顔になってしまう。
「何見てんだよ」

びくぅ!!
 み、見られた……

 気づけば私の部屋の戸口で弟が訝しげに見ていた。
「見たわね……」
「いや、戸開けっ放しで見るなって方が難しいだろ……」
 私、戸閉め忘れてた?
「何浮かれてんだ? 男か?」
「ち、違うわよ!!」
「図星かよ……。姉貴に男かぁ」
 …………。
 私ってもしかして感情を表に出しやすいのかな……?

「俺、兄貴欲しかったんだよなぁ」
「そ、そんなんじゃない!!」
「何だよ、片思いかよ……つまんね」
 ちょっと待って。つまんないって何よ……
 私にとってはこの旅行も人生の分岐点並みに重要なんだけど……

「私が片思いなのがそんなにつまらない?」
「お、怒るなよ……」
「悪かったわね!! どうせ片思いよ!!」
「だ、だって、こんなに分かりやすい姉貴が片思いなんて
相手はどんな鈍い奴なんだろうなって思ってさ」
 確かに雄二君は少し鈍いけど……優しいもん。とってもいい人だもん。

「別にいいでしょ。どんな人だって」
「俺から伝えてやろうか? 湊大付属だろ?」
 我が弟は一つ年下。同じ高校に通う後輩でもある。
「やめてよ。それくらい自分でできるわ」
 というより、そういうことは自分で打ち明けるべきである。

「あのさぁ、もしかして……特殊クラス目指したのもそのことが絡んでる?」
「…………」
 絶句。
 何故そこまで推理できるの?
「やっぱり、そうなんだな」
 3年F組、及び2年B組は湊大付属生にとって特殊クラスと呼ばれている。
 問題児とか一芸に秀でた人を校長先生が集めるのだ。

「姉貴の武勇伝、俺たち新入生の間でも知れ渡ってるぞ」
「え、嘘!!」
「嘘なんかつくか!! お前の姉ちゃんすげぇなとか言われてるんだぞ」
「ご、ごめん」
 しかし、仕方なかったのだ。ああでもしないと特殊クラスには入れなかった。
「いいよ。姉貴の恋の為だってんなら、その価値あるしな」
「恋の為って……」
「そうなんだろ?」
 イエス……その通りです。
「けどさぁ、いくら特殊クラスでもびびっちゃうんじゃないの? その人」
「そんなことないわよ……」
 私以上の人間と幼馴染やってるし……

「でも、空手部全滅はやりすぎじゃないか?」
「…………黙りなさい」
 私が特殊クラスに入るためにとった手段。
 空手部の道場に乗り込んで道場破りの真似事をやった。
 雄二君は間違いなく特殊クラス入りだった。
 日頃の雄二君を見て、そのことを確信した私は道場に乗り込んだ。


「それに『怪獣』の知り合いってだけで凄いんだから……」
 井上さんの二つ名『湊大付属の怪獣』
 ちなみに私も不本意ながら『湊大付属のアマゾネス』と呼ばれているらしい。
「とにかくその人、あんまり怖がらせないようにしといたほうがいいよ」
 大丈夫。その人は怪獣の最も近くにいる人だから……

「で、旅行ってどこ行くんだ?」
「リゾートランドだけど……」

「ってことは……泊まり?」
「うん」

「いきなり男と泊まりの旅行!?」
「二人っきりじゃないわよ!! 友達も一緒!!」
 二人っきりなんて……まだ無理だもん。

「そうかぁ、いや〜、びっくりした」
「何考えてんのよ……」
 まったくこの弟の思考回路には困ったものだ。

「でも、いつか紹介してくれるんだろ? 彼氏として」
「…………前向きに検討しとく」
 雄二君を彼氏として紹介することができる日は来るのだろうか。
 ライバルは少ない、と思う。
 井上さんも雄二君のことをどう思っているのかは不明だし……
 智樹君もさすがにそこまでは調べられていないだろう。
 もし、井上さんがそうなら……相手が悪すぎる。

「俺は応援もするし協力もするぞ。面白そうだし……」
「余計で大きなお世話よ!!」
「ひぇ〜、退散退散」
 弟が出て行ったのを見送り、扉を閉めて鍵をかける。

「まったく……」
 そして机に向かい、再び情報収集に勤しむのであった……



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