悪魔の連絡網から三日経った。 バイトくらいならすぐに見つかる。 ただ、期末テストを無事に乗り切るのは多少の無理が必要だ。 井上の場合、三日前とかに突然言うこともある。 それに比べれば一ヶ月以上前に言われた今回はまだ救われた方だ。 「ったく、何で俺がこんなことに……」 原因は分かっているのだが、逆らえない強制力が奴にはあった。 俺もまだ命が惜しい。 「いらっしゃいませ〜」 コンビニの店員となった俺は適当にレジをこなす。 まったくこんな梅雨の時期からバイトとはやってられませんな。 「872円になりや〜す。千円ね〜」 レジには俺の求めるマネーがたんまりとある。 持ち逃げしてやろうかと思いながらお釣りを取り出す。 「128円のおつりッス。ありがとうございやした〜」 雄二と付き合っていれば、こうしたことは当たり前のように起きる。 あいつの友達にとって井上の干渉は絶対的な物になる。 最近は谷口もその範疇に入りつつある。 それでも付き合う価値がある奴なんだよな……雄二って奴は。 あいつも不幸だよな。 「いらっ……」 決まりきったセリフを最後まで言うことはできないまま俺は凍った。 「おお、健吾ではないか」 「い、井上……」 終わった……次のアルバイトを探さなければ……。 「じゃ、お客様に一言」 「……いらっしゃいませ」 何でここに来る。お前の家の近くにコンビニ一軒あるだろうが!! 「旅行のためのバイトかね。感心、感心」 そう思ってくれるなら何も買わずにUターンして帰れ!! だが、そこで終わらないのが井上春香という人間だ。 「あんま邪魔すんなよ。クビになったら旅行行けなくなるだろ?」 「安心しろ、金ならあたしが貸してやる」 俺はまだ借金地獄に落ちるつもりはない。 「高槻君、知り合いかい?」 「あ、店長。ええ、クラスメー……」 「高槻君の彼女の井上です♪」 ……コノアマ。 にっこり笑って言いやがって。 「いや、違いますよ!?」 「へぇ、かわいい彼女じゃない」 容姿だけな。性格は間違いなく破綻してるぞ。 容姿だけならクラスで五本の指に入るというのにもったいねぇ。 「あの、高槻君、今日バイト何時に終わるんですか?」 「あと1時間で終わりだよ。ね、高槻君」 「え、は、はい」 本当はあと2時間だ。 金がたまらんではないか……やっぱり借金地獄か? 「じゃ、私はまだ仕事があるから、ごゆっくり」 てめぇも、いらねぇ気を使うんじゃねぇよ!! クビにならない代わりにとんでもないことになった。 「さて、じゃ、とりあえずスマイル一つな」 店長がいなくなったとたんノーマルモードに戻る。 「ここはファーストフード店ではございません……」 滅茶苦茶言いやがる。 「ちっ、じゃあ適当に握ってくれ」 「寿司屋でもねぇんだよ!! 営業妨害か?」 「んなわけないでしょ。今度の旅行は楽しくやりたいからねぇ」 「店長にあんなこと言いやがって。からかわれること必至だぞ」 「いいではないか。あたしが彼女だぞ、自慢できるぞ。よかったな」 いいわけねぇだろ。そういうのは雄二にやってやれよ……。 「ま、頑張れ。もしかしたら女子と相部屋だぞ、クジだけどな」 いや、どうせ来るのB組のメンバーだろ。 「楽しいイベントも盛りだくさんだぞ」 お前にとって楽しいイベントだろ、どうせ。 「何だ、その顔は文句でもあるのか?」 「いや、ないッス」 本当は文句だらけだが、真実は俺の心の奥底だ。 「なんか買うなら早く買ってくれ」 そして一秒でも早くこの店から出て行け!! 「仕方ない、うまい棒全部。籠に入れてくれ」 「……自分で持ってきてください」 「何? あたしは客だよ? 持ってきてよ」 ……しぶしぶ籠にうまい棒を入れる。 「終わったぞ。全部で1210円な」 「あ、それもういらない。このヨーグルトだけでいいや」 ……やっぱり営業妨害じゃねぇか。 「はい、105円。ちょうどな、ありがとうございやした」 「じゃ、頑張れよ。行けないとか言ったらボコるからね」 重々承知してるって…… 悪魔が去って、俺はうまい棒を元に戻し始めた。 「災難だったな」 「雄二……」 来るのが少し遅いぞ。 「外で春香に会ったぞ。何があったかは聞かないがクビにはならなかったか?」 「ああ、何とか無事だ。奴も今回の旅行に期待しているらしい」 「そっか、まぁ俺は邪魔しないから頑張ってくれ」 「ああ」 結局、俺のバイトが終わるまで雄二は時間を潰してくれていた。 「お前ってさ。よく頑張れるよな」 「んあ?」 「井上だよ。よく耐えれるな、俺なら付き合い辞めてるぞ」 「……まぁな」 空を見上げながら雄二は言った。 「でもな、アイツ……いい奴だぞ」 「アレをいい奴というと俺の中の何かが確実に壊れるぞ」 「昔からああいった性格だったわけじゃないぞ」 「中学からあの性格だっただろ」 初めて雄二に会ったのは中学のときだ。 井上の存在を知らずに友達になった。 「春香の人生の目標、知ってるか?」 「俺が知るわけねぇだろ。世界征服か?」 俺だって本当に酷い奴だなんて思っちゃいない。 冗談で言っているだけだ。 「これ言うと俺の命に関わるから言えねぇんだけどさ。アイツといると楽しいだろ?」 「まぁ……不思議と辛いと思ったことはないな」 どんなに酷い目にあっても後々笑い話になる程度だ。 よく考えれば辛くはない、どちらかといえば楽しいと言える。 「そういうこった」 「……よく分かんねぇ」 いったい井上の人生の目標って何だ? 俺は今夜眠れぬ夜を過ごすことになった……。 |