朝起きてびっくりした。 智樹に寄り添ってあのじゃじゃ馬姫が寝ていたのだ。 俺が至近距離で寝ているというのにいったい何してたんだ? 「誤解だよっ!!」 起きて早々俺はこのセリフを聞くことになった。 「待て、智樹。俺はまだ何も言ってないぞ」 「いや、目が言ってる」 ムチャクチャなことを言いやがる。 「だがその体勢で誤解と言われても説得力ねぇぞ」 いまだにエリスは眠っている。 「エリスは僕に付き合って結構遅くまで起きてたんだよ。起こすのは可哀想だよ」 「…………」 ずいぶんとエリスに気を使うようになったな……惚れたか? 「なんだよっ!!その目は!!」 「まぁそうムキになるな。誤解が誤解を呼ぶぞ」 俺が智樹に忠告するときがくるとは…… 「……そうだね。落ち着いて対処しないと」 智樹は落ち着こうと深呼吸を始める。 「で、俺が寝てるときに何やってたんだ?」 「話をしてただけだよ。エリスが眠れないって言うから」 ガキかコイツは……ってガキだったな。 こんな話をしている今もエリスは眠っている。 「ちなみに聞くが話の内容は?」 「たいしたことじゃないよ」 本当かよ……。 俺はかなり疑っていた。 「雄二君。智樹君。おはよう。って……何やってるの?」 何やってるって俺は何もしてないぞ。 起きてきた有香にそう言いたかったが、俺も関係者になってしまったかもしれない。 「見ての通り、枕になってるんだよ」 智樹はいたって冷静に答える。本当に落ち着いたようだ。 「え〜と、信じてるけど……何もしてないよね」 それは信じてないと言っているのと同義である。 「してるわけないじゃないか」 「雄二君は?」 「俺は寝てたから何も知らん」 「ふ〜ん」 果たして信じてもらえただろうか。智樹め、厄介事を持ってくるなよ……。 「う〜ん、あ、おはよ、トモキ」 「う、うん。おはよう」 エリスが目を覚ましたことで事態は収拾した。 こうして智樹の一夜疑惑は幕を閉じたのである。 「で、レナはどうだ?」 「大丈夫ですよ」 俺の声に応えながら馬車から降りてくる。 「お、レナ、おはようさん」 「おはようございます、皆さん」 多少疲れが残っているようにも見えるが大丈夫だろうか。 「今日は私が運転しますね。絶対に」 絶対に、と言うあたりがエリスの運転を拒否っている証だ。 「頼むよ。エリスもそれでいいね?」 「別に誰でもいいわよ」 昨日の運転で満足したようだ。 それにしても智樹は、すっかりエリスの保護者になったな。 結構いいコンビだと思うんだが…… 「じゃ、とっとと準備して出発しようぜ」 「僕は眠いから先に休ませてもらうよ」 「ああ、お疲れさん」 智樹は毛布を抱えて馬車に乗り込んだ。 さて、そんじゃ準備すっか。 俺は周囲の荷物を片付け始めた。 「暇だよな」 馬車に乗ってただ揺られているというのは退屈だ。 「黙って乗ってなさいよ」 「だって暇じゃねぇか」 「あたしだって暇よ。ユージだけじゃないの」 「…………」 じゃじゃ馬に言われる。屈辱なり。 ちっ、風華とでも話すか…… なんか馬車に乗るたびに風華を呼んでる気がする。 「『風華』」 『暇潰しで呼ばないでほしいんだけど……』 (お前までそんなことを言うのか) 『瞑想でもしてたら?』 (お前は俺に瞑想が似合うとでも思ってんのか?) 『思ってないわよ』 ……なら言うな。 『仕方ないわねぇ。ちょっと付き合ってあげるわよ』 (おお、頼む) 『じゃあどんな話題にしましょうかねぇ』 (何でもいいぞ) 『ん〜、じゃ、疾風の話でもしましょっか』 (疾風の?) 速度強化術の話……? 『疾風の最大速度は知ってる?』 (音速の一歩手前だろ?) 『正確には秒速330mよ。時速にすると1188km/h』 (そう考えるとめちゃくちゃ早いよな) 『通常、人間が生身でこの速度をだすことは不可能よ』 (だろうな。だせるやつがいればバケモンだぞ。そいつは) 『アンタ、自分がバケモンだって言ってるよ』 (俺は生身じゃねぇだろ。お前がいる) 『まぁそうね』 (お前の速度強化のおかげじゃねぇか) 『ちょい待ち。あたしがしてるのは速度強化だけじゃないよ』 (他になんかやってんのか?) 『雄二、自転車に乗ったとき風を感じるわよね』 (当たり前だろ) 『その風は速く走れば速く走るほど強くなるわよね』 (ああ) 『疾風をつかったらその風はどうなる?』 (…………) 当然強くなる、はずだよな。 『風、感じた?』 (……感じてない。普通に走ってる感覚だ) 『向かい風を抑えてるの。通常時と同じように』 (疾風の秘密ってやつか……) 『そゆこと』 ただの速度強化じゃないんだな…… 『面白かった?』 (ああ、なかなか面白かったぞ) 『じゃ、消してくれる?』 (……もっと付き合ってくれてもいいだろ) 『パーティー間の友情も深めなさい』 (この面子とか?) 正直うまく話せる自信がない。 有香とは話題が合いそうにないし、じゃじゃ馬は喧嘩になる。 唯一話ができそうな智樹はまだ寝ている。 (俺にどうしろと?) 『そこから仲良くするのが目標でしょ。いいから消してよ』 「……『風華』」 しぶしぶ俺は風華を消した。 「なぁ」 「なによ」 話しかけただけでもエリスからは嫌そうな応答が返ってくる。 「俺、さ。お前のこと姫だと思ってねぇからな」 「? いきなり何言ってんのよ」 「城から出た時点で普通の奴と同じように扱うからな」 「……何が言いたいのよ?」 俺も何が言いたいのか分からない。けど、言っておきたいことだった。 「姫とその護衛じゃなくて、対等な立場で対応するってことだ」 「アンタ正気?その言い方だと今まであたしを姫らしく扱ったように聞こえるけど?」 俺、コイツを姫らしく扱ったことあったっけ? ねぇな。 答えは一瞬で出た。 「それにね、あたしだって対等だと思ってるわよ。アンタ達が護衛だなんて微塵も思ってないわ」 「だよな」 「アンタ本当に大丈夫?熱でもあるんじゃないの?」 「うるせぇよ。ただ……確認したかっただけだ」 「変な奴……」 本当に変だよな。こんなこと確認するまでもなかったのに…… 「仲間に上下関係なんてあったら、そのパーティは壊滅するわ」 「そうだな」 「二度とそんなこと言わないでよね」 「わりぃ」 コイツの言い分は正しい。 俺は謝ることしかできなかった。 |