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 あのあと、倒れた雄二を宿に運び、今もベッドで昏々と眠り続けている。
 レナさんが言うには能力の使いすぎで相当無理をしていたらしい。
 僕の治療もその要因の一つだろう。責任は僕にあるのかもしれない。

第59話 美空の秘密 <<智樹>>


 夜の帳が下りた宿屋の一室。僕と雄二の部屋はとても静かだった。

コンコン

 部屋のドアがノックされる。
「開いてるよ」
 扉を開けて顔を見せたのは有香さんだった。
「雄二君は?」
「眠ってる」
 有香さんは部屋に入ると備え付けの椅子に腰掛けた。
「雄二君……大丈夫よね?」
 雄二が倒れたとき、一番取り乱したのは有香さんだった。
 宿に運んだあとの食事もまったく食べられなかったほどにショックを受けていた。
「大丈夫だよ。レナさんも言ってたけど眠ってれば回復するらしいから」

「そういえば、レナさんは?」
「分からない、部屋から出て行ったっきりよ」
「ふ〜ん」
「…………」
 それっきり有香さんは黙り込んでしまった。
 静まり返った部屋で僕達は雄二の様子を見ていた。

「雄二君は無理しすぎだよ……。私には無理するなって言ってたのに……」
「そうだね。けど雄二は文字通り、命懸けで僕達を守ろうとしている」
 雄二は唯一の戦闘要員として護衛の役目を果たそうとしているのは見ていれば簡単に分かる。
 前回召喚時のコブリン騒動で僕が刺されて以来、犠牲を出さないようにと必死になっている。
「そんな事されても嬉しくなんかないのに……」
 僕は初めて自分の手で戦った。守ることがいかに難しいことか身をもって知った。

「雄二だけに戦闘を任せてしまった僕の責任かもね」
「それを言ったら私にだって責任があるわ」
 僕は有香さんとは違う。男のくせに戦うことを恐れたのは問題だと思う。
 だけど……地球の日本という国にいて、理不尽な戦闘を強いられることはそんなにない。
 普通に生きているだけならば喧嘩なんかには縁のない生活を送れる。少なくとも僕は送ってきた。
 戦闘能力というものは必要のない国に生まれついた。
 それをいきなり戦うしかないことのある世界に来て、戦うことになる。
 恐怖を感じても仕方ないことだと思う。
 そんなのはただの言い訳だというのも分かっているが……。

「私たちは雄二君に戦力として見られていない」
「うん、悔しいけどね……」
 雄二に認められるには相当の努力が必要だろう。
「私はもう、雄二君だけに戦わせるようなことはしない。私は彼を守るためにここにいるから……」
 有香さんの理由に比べれば僕の『地球には無い経験をすること』なんて理由は皆無に等しい。
 
 確かに今回は今までに無い貴重な経験をした。
 だけど必ずしも良い経験だったとは言えない。だけど悪い経験でもない。

「『神無』」
 神無を呼び出す。
「智樹君……?」
 不思議そうな顔をした有香さんを見ながら話す。

「僕は今日、神無のおかげで逃げずに戦うことを教わった。
今まで僕は争い事を避けて逃げ続けていたような気がする。
だけど、逃げずに戦ってみて思ったんだ。悪くないかな…って」

「どういうこと?」
「なんて言えばいいのか分からないけど、スッキリしたんだ」
「……スポーツでもした後のような感想ね」
「うん、そんな感じ」
 僕は苦笑して言った。
 トラブルから逃げたときや避けたとき、敗北感のようなものが心に残る。
 戦ってみて初めて分かる爽快感と決断したときの意志の力。
 この経験はどの世界でも活用できる人としての大切な経験だ。

「『壁雲』」
 有香さんが当たり前のようにウェポンを呼び出した。
「え!?」
「私が目覚めた守る力、壁雲よ。智樹君にも紹介しておこうと思ったの」
 有香さんが雄二のところに残ったのは分かっていたが、まさか目覚めていたとは……
「後悔してないよね?」
「後悔? まったくしてないわ。みんなの仲間になった証よ」
 にっこり笑って言う。
「もう戦力外なんかじゃない。守られるだけなんてまっぴらよ」
「もともと武闘派だしね」
「……武闘派って言わないで」
 格闘技やってて武闘派呼ばわりされたくないって言うのも……
「『壁雲』もういいわ」
 両手についたグラブが音も無く消える。
 有香さんにはウェポンがなくても勝てそうにない。

「それにしても、今日は大波乱だったわね」
「でも、役得もあったんじゃない?」
「役得?」
「おぶってもらってたみたいだね。見てないとでも思ってた?」
 一瞬で有香さんの顔が真っ赤に染まる。ボンッって音が聞こえそうだ。
「……智樹君」
 やばい、核心に触れてしまったようだ。
「地球に帰ってこのことを誰かに話したら……わかってるわね?」
 即座に僕は首を何度も縦に振った。
「じゃあ、私はもう寝るから」
「うん、おやすみ」

バタンッ

「ふぅ〜」
 自然とため息が出た。
 有香さんも雄二のネタになると恐ろしくなるな……。


コンコン

 有香さんが去ってから30分くらいしてから再び扉がノックされた。
「開いてるよ」
「ユージさんの具合はどうですか?」
 訪れたのはレナさん。扉を開けると同時に聞いてきた。
「ぐっすり眠ってるよ。レナさんも今日はもう寝たほうがいいんじゃない?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
 微笑みながら先ほど有香さんが座った椅子に座った。
「今日は助けていただいてありがとうございます」
「そんな、僕だって神無に背中を押されて……」
「理由はどうあれ助けていただいたんです。御礼くらい言わせてください」
「…………」
 結果的に言えば僕はレナさんを守ったことになるんだろうか。
 レナさんはまったくと言っていいほど恐れることがなかった。
 美空を使って剣を消したときのレナさんは別人のように見えた。

「レナさん、一つ聞いていいかな?」
「……美空のことですね?」
 何故分かったのだろうか。
 美空には不可思議な部分が多い。
 空間の操作、空間干渉。その能力を使えば様々なことが可能になる。
 美空は便利すぎる。異色のソウルウェポンといえる。
「トモキさんだけには話しておきます。誰にも言わないでください」
「……わかったよ」

「美空の能力は空間を操る力です。
私がチキュウの知識を持っているのは人の夢に干渉したからなんですよ」
「夢?」
「空間とは何の関係も無いように思いますよね。でも私が干渉するのは人の精神世界です」
 人の夢は精神、つまり脳が自動で作り出す。そこに世界が存在するとしたら……
「ありとあらゆる空間に干渉できるのなら精神世界にも干渉は可能ですよね?」
「う、うん」
「たとえそれがチキュウの人間の精神世界であったとしても干渉は可能です」
 人の夢を見ることができる。干渉するだけだから壊すことや操作することはできない。
 そして人の精神に干渉することで会話を可能にしている。
 
「そして第9級の追加能力、空間操作。干渉で見た空間を操作します」
「じゃあ、精神世界を操作することも可能……?」
「いいえ、空間操作には制限がかかります。実在する世界でしか操作は不可能です」
 精神世界は有って無いようなものだ。実在する世界、つまり地球とリオラート。

「さらに実在世界の場合、両方の能力に範囲が指定されます。目標を中心とした2mの立方体です」
 縦、横、高さそれぞれ2mずつの立方体の中にいれば操作可能ってことか。
「ユージさんには一部しか説明していませんが
空間操作の能力は移動、入れ替え、そして……削除です」
「削除!!?」
「召喚は入れ替え、盗賊の武器を消したのが移動。そして禁じ手の削除」
「……削除された対象はどうなるの?」
 薄々想像はついていたが聞かずにはいられなかった。
「文字通り、この世界からだけじゃなく、実在世界から消滅します」
 やっぱり……。
「私は削除を使ったことがありません。
美空に止められていますし、精神力の使用量が半端じゃないらしいです」
 レナさんはその気になれば人を消せる。無敵の能力を持ってしまったんだ……。
「削除を使用した場合、私の精神は崩壊するでしょう」
「まさに禁じ手だね」
「その通りです。私も使う気はありません」

 削除の説明が終わるとあとは楽なものだ。
「移動は物しか動かせません。生物の場合は入れ替えとなります」
「それで、入れ替えの場合は移動する個体を取捨選択できる。だね?」
 このことは雄二から聞いていた。
「そうです。そして、精神力の使用量は数量ごとにかかります」
「剣を移動させたときは大丈夫なの? 僕と雄二を召喚したときは疲れてたみたいだけど」
「移動は入れ替えより精神力を使わないから大丈夫なんですよ」
「へぇ」

「最後に、同じ世界間の移動、入れ替えはできないことになってます」
「まぁ、できるんだったら今から一瞬でシア村に帰ることもできるしね」
「はい。便利なようで不便なんですよ」


「私はチキュウに迷惑をかけないためにも美空を極力使わないようにしてます」
 彼女は世界を操る力を持ってしまった。僕達とほとんど同じ歳に見えるのに……
「でも、いつかチキュウに行ってみたいですね」
「できないの?」
「私自身は入れ替えの対象にならないんですよ」
「……いつか、来れるといいね」
「はい……」
 この一言しか言えなかった。
 違う世界を見ることしかできない、見ることができてしまった彼女に……
 彼女に美空というソウルウェポンはあまりにも残酷であることを知ってしまった。



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