次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る


 たとえ時間を奪ったとしても斉藤さんは雄二を責めることはないと思う。
 クラスの約半数が斉藤さんの想いに気付いている……
 そのことを知っている僕は責められる覚悟なんてしていないと思う……

第46話 有香の理由 <<智樹>>

 僕は寝室のドアをノックした。

コンコン

「は……はい」
 斉藤さんは既に起きていたようだ。
 これから僕は雄二抜きでこの世界のことを説明しようと思う。

「斉藤さん、気分はどう?」
「谷口君……ここは……どこなの?」
 ベッドに座って僕を見ている。
「分かってるんじゃない? 斉藤さんなら」
「リオ……ラート……よね?」
「ご名答。異世界リオラートだよ」
「藤木君も来てるの?」
「来てるよ。居間にいる」
「説明……してもらうわよ」

 斉藤さんは雄二がいないと態度はだいぶ大人っぽくなると思う。
 口調も全然どもったりしない。
 雄二といるときにはまともに喋れないほど緊張するんだろうな……。

「いいよ。雄二にも説明を頼まれたからね。何から知りたい?」
 僕は嘘をついた。説明なんて頼まれていない。
 雄二がいないほうが斉藤さんは冷静に説明を聞いてくれるだろう……

「二人ともこの世界は初めてじゃないのね?」
「うん、僕は2回目。雄二は何回目か分からないな」
「藤木君が原因なの?」
「正確に言えばこの世界のレナさんが原因かな……」
「……どうやってこの世界に来たの?」
「どうやってって……召喚されたんだ。レナさんにね」
「召喚……。そのレナって人は?」
「一度に三人も召喚したからね。能力の使いすぎで疲れて寝てるよ」
 斉藤さんは寝室にあるベッドを見渡した。

「ここはレナっていう人の家じゃないの?」
「ここは雄二の家。いや、僕達の家……かな」
「家まであるのね……」
「まぁね。こっちでいろいろあってね」

「これから……どうするの?」
「どうしたい?」
「えっ?」
「ここからが本題だよ。この世界に来ている間、地球では当然時間が経ってる。
それをゼロに戻すことがレナさんの能力でできるんだ。つまり元の時間、場所に戻れる。
ただ……僕達の過ごした時間は戻すことはできない。どういうことか分かるよね?」

 しばらく考えたあと斉藤さんは答えた。
「……過ごすはずのない時間を過ごしている……ってこと?」

「そう、過ごすはずのない時間を過ごしているということは
地球で生きる時間が短くなるということ……。
帰ろうと思えば明日にでも朝一番で地球に帰れると思うよ。どうする?帰るかい?」

「谷口君……藤木君たちはどうするの?」
「僕達はこの世界に用があるからね。最低2週間はこっちにいるよ」
「用?勲章のこと?」
「やっぱり斉藤さんは情報どおり耳がいいようだね。その通り、城に行くんだ」
「私も行っていいの?」
「行きたいなら来ても構わない。だけど……この世界は命の危険もあるよ?」

 これは脅しじゃない、真実だ。命の危険性がこの世界にはある。
 この世界で死んでしまえば……。当然、地球で謎の失踪を遂げることになる。

「谷口君は命の危険に晒されたことがあるの?」
「あるよ。モンスターに腹を刺された」
「!? じゃあ、どうして……生きてるの? なんでまたこの世界に来てるの?」

 う〜ん……なんて説明しようか……。
「なんで生きてるかは……あとまわしにしてこの世界に来てる理由から説明しよっか……。
この世界で体験することは、地球では決して体験できないことなんだ。
魔法、モンスター、戦闘、城、冒険……。少なくとも日本じゃできないね。
その体験は時間を使う価値がある。そう思うから僕はここに来てる。
命に関わることはあるけど……魔法の力はそれを最小限に抑えてくれるしね」

 雄二に言われて実感したことを斉藤さんに伝える。
「……じゃあ、お腹を刺されても生きてる理由は魔法?」
「まぁね。口で説明するより実際に見たほうが早いかな……僕もそうだったし……」

 僕は右腕の袖をめくった。
「それじゃ、いくよ。『神無』」
 僕の腕に手甲が現れる。斉藤さんはかなり驚いている。
「これはソウルウェポンっていうものでね。魂の一部を具現化したものなんだ」
「そ……そんなの……夢でも見てるの……?」
「現実だよ。雄二もソウルウェポンを持ってる。地球では絶対に使わないけどね」
「藤木君も!?」
 さすが……雄二のこととなると驚きが違うな……。

「ソウルウェポンは魂を持つ者なら誰でも目覚める可能性がある。
当然、斉藤さんも目覚める可能性はあるよ。
ただ……雄二はそれを望まないだろうけどね……」
「でしょうね。藤木君には耐えられない……自分のせいだと思い込んでしまう……」
「……雄二のことをずいぶん分かってるみたいだね」
「そ、そんなことないわよ!! …って谷口君には誤魔化しても無駄か……」
 諦めたようにため息をつく。

「ソウルウェポンは地球では絶対に目覚めない能力だそうだよ。
だから……目覚めないうちに地球に帰ればまだ間に合うんだよ……。
目覚めちゃったら《普通》ではいられなくなると思ったほうがいい」

 僕も雄二も既に《普通》ではない。雄二なんかその気になれば完全犯罪ができる。
 僕だって『神無』の成長によってはそんな能力を身につけることになるかもしれない。

「どうするかは斉藤さん次第だよ。決めるのは雄二でも僕でもない」
「行くわよ。決まってるじゃない」
 斉藤さんは即答した。
「いいの?その選択で……」
「谷口君にはばれてるから本音を言うけど、藤木君が命の危険に晒されてるのに
黙って心配していられるほど私は消極的じゃないわ」
「学校じゃ消極的に見えるけど?」
 学校ではまったくといってもいいほどアプローチをしない斉藤さんは消極的だと思う。

「あ、あれでも私は努力してるの!!」
 斉藤さんは顔を真っ赤にして言った。

「とりあえず他の理由を考えたほうがいいよ。雄二は必ず聞いてくるからね。
本当の理由……言うわけにいかないでしょ?」
「……分かった……考えとく」

 これで斉藤さんも仲間になったわけだ。
 僕はそんな斉藤さんが今のように答えることを予想できていたのかもしれない。
 やっぱり僕は……卑怯者だ……。





次の話に進む→

←前の話に戻る

トップページに戻る

小説のページに戻る

inserted by FC2 system