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 一度、人ごみからから離れて、解放されてから気がついた。
 俺はスタッフの腕章を持っている。 客にはなれないがスタッフにはなれるじゃねぇか……。
 スタッフ専用の入り口なんか当然知らない俺は、再び人ごみの中へ飛び込んだ……。

番外編 偶像の涙3  <<雄二>>

 先ほど説得に失敗した警備員は避けた方がいいだろう。
 スタッフの腕章を装備し、悠々と警備の列から抜け出した。
 ようやく、本当にようやく何度も来たことのある文化ホールへと足を踏み入れた。

 奥に進むと、聞き覚えのあるバラードが聞こえてきた。
 その曲はCDで何度も聞いた曲だ。 俺はナナのCDをすべて揃えていた。
 溝口がどんな歌を歌っているのか、と興味本位で購入したのだが、それ以来のお気に入りだ。

 聞きたい……。 扉を開けて中に入って、席に座りアイツの生の歌声を聞きたい……。
 だけど俺は偽者。 スタッフの腕章は本物でも何の仕事もない偽者のスタッフなのだ。
 中に入る資格がないかもしれない。 これ以上危ない橋を渡るわけにはいかない。
 中に入って追い出されたりでもしたら、強行突破でもしない限り
 溝口に会うことが難しくなることは間違いない。

 だから俺はロビーのソファに座り、少しでも溝口の歌が聞き取れるように目を閉じた……。 




 不信と決別 <<奈々>>

 すべての曲を歌い終えたが、空席は最後まで空席のままだった。
 アンコールに応えて、歌い終えても、あの席には結局誰も座らなかった。

 友達になる、なんて嘘だった……。 私には最初から友達なんていなかった……。
 ずっと来てくれると信じていた私がバカだったんだ……。
「うっ……」
 控え室に戻った私は独りだった。 この時だけが私が人間に戻れるときだった。
 私は一人で生きていかなきゃならない。 みんなのための人形にならなきゃいけない。
 悲しくても、泣きたくなっても、人形として笑顔を見せ続けなきゃいけない。

「こんな思いをするくらいなら……もう友達なんて要らない!!!」
 期待をすれば裏切られる。 人間として生きていけるなんて幻想だった!!
「…うっ……っく…」
 誰もいない控え室で、すべてを失った私はひたすら泣き続けた……。




 偶像の涙 <<雄二>>

 アンコールも終わり、ぞろぞろと人が出てくる。
 感想や評価を友達と言いあいながら、にこやかに帰っていく。
 俺はその人の流れに逆らいながら、立ち入り禁止になっている場所へ向かう。
 その先にはアイツの控え室があるはずだ。
 そこでずっと立っていたスタッフに腕章を見せ、施設内部へ向かった。

「溝口に会いに来たんだけど……」
 中ですれ違ったスタッフに溝口の部屋を聞いてみた。
「溝口? そんな名前のスタッフいたっけ?」
「ナナだよ。 ナナに会いに来たんだよ。 これ見せりゃ会えるって聞いてるぞ」
 苛立ちを押さえながら、スタッフの腕章を見せつける。
「ああ、話は聞いてるよ。 今、マネージャーを呼ぶ」
 そう言ってスタッフはトランシーバーで誰かに連絡を取る。
 どうやら、すんなり溝口に会えるってわけではなさそうだ。


「はじめまして。 ナナのマネージャーの宮本です」
 そう言って、いかにも好青年といった感じの人が名刺を渡してくる。
「藤木…雄二です」
 俺は自己紹介をしながら、その名刺をパッと見て、そのままポケットにねじ込んだ。
「で? 溝口は何処にいるんだ?」
「溝口……? ああ、ナナのことですね?」
「…………」
 コイツもか……。 どいつもこいつもナナ、ナナ、ナナ、ナナ。
 イライラがどんどん募ってくる。 だが、俺にしてはよく我慢している方だ。

「ナナは『今は誰とも会いたくない』と言ってます」
「本当に溝口奈々がそう言ったのか?」
「ええ、本当ですよ」
 マネージャーが無表情でさらりと言い放つ。 

「嘘つけよ!! 俺はアイツに呼ばれたんだぞ!?」
「それでも、彼女は誰にも会いたくないと言ってます。 もちろん貴方にも」
 んなわけねぇだろ!? ここまで来たんだぞ? 会えねぇなんて納得できるかよ!!
「さ、お引取り願おうか……」

(溝口、怒ってるのか? 遅れた俺を怒ってるのか……?)

 メールを送っても、電話をしても返事はないだろう。
 確かに俺はコンサートを見れなかった。 これは言い訳のしようもない。
 でも、俺は来たんだよ。 コンサートは見れなくても、お前に会うためだけに来たんだよ!!

「藤木君」
「?」
 俯いている俺に宮本さんが呼びかける。
「君に忠告しておくよ。 彼女とはあまり仲良くしないで欲しい」
「どういう……ことッスか?」
「彼女は……ナナは君とは住む世界が違うってことだよ」

 そりゃそうだよな……。 こんな場所ににいたら……。

ダァン!!

 廊下に大きな音が響いた。
 俺がマネージャーの胸倉を掴んで、思いっきり壁に叩きつけた音だ。
「おい、アンタ。 アイツの笑顔を見たことがあるか?」
「ぐ……。 何を……」
「答えろよ……。 アンタ、アイツの本当の笑顔を見たことがあるか?」

 てめぇらに見せてるのは人形の……偽者の笑顔だってことを知ってるか?
 俺は知ってる。 アイツの笑顔はテレビでは見れないことを。
 本当のアイツの笑顔は、あんなに綺麗に笑わず、恥ずかしがって……はにかむんだよ!!
 それを……それをこんな環境じゃ見れるわけがねぇじゃねぇか!!

「テメェがそんな接し方をするからアイツは何処でも偶像を演じなきゃいけねぇんだ!!!」

 何度も、何度も壁に叩きつける。
(溝口をなんだと思ってやがるんだ!! アイツは人間だぞ!!)

「住む世界が違う!? 同じ学校の友達なのに住む世界が違うわけねぇだろ!!!」

 周囲の人間は誰も止めようとしない。 集まって輪を作るだけだ。
 俺の行為を止める根性もないっていうのかこいつ等は……

「おい、溝口奈々の部屋は何処だ? 答えろ……」
 マネージャーを投げ捨て、スタッフの一人に詰め寄る。
「ひ、ひぃ……」
 後ずさりながら一つの部屋を指差す。
「サンキュー」

 誰もが道を譲り、俺が通るための道を開く。
 そして、ついに俺は溝口奈々の部屋にたどり着いた……。

「おっす。 溝口〜」
「……何をしに…来たんですか?」
「…………」
 溝口の俺を向かえる言葉はとても冷たくて、それはまるで人形のようだった……。

「誰とも会いたくないの。 出てってくれる?」
 偶像だ……。 これは溝口の言葉じゃない。 偶像のセリフだ……。

「おい、溝口。 俺の前で人形の振りなんかするな。 胸糞悪ぃ」
「…………」
 俺は友達に会いに来たんだよ。 人形の相手をするために来たわけじゃない。

「………どうして、来るの?」
「は?」

「どうして来るんですか!? せっかく諦めて人形みたいに生きていこうって決めたのに!!!
もう友達なんか作らないで、誰も信じないで、みんなが望む姿になろうって決めたのに!!!」

「…………」
「どうして来て欲しい時に来なくて!! 来なくていい時に来るんですか!!?」
 涙を流して、俺を責める。 責められて当然だ。
 だけど、俺は俺の言いたいことを言わせてもらう。

「約束……したから来たんだよ。 来いって言ったのはお前だろ?」
「…………」
 今度は溝口が黙り込む。

「俺は、守るって決めた約束は意地でも守るぞ?」
「守ってくれなかったじゃないですか……」
 ジト目で俺を見る溝口。 人形を演じるのはすっかりやめていた。
 俺の知ってる溝口だ。 俺の友達の溝口だった。

「俺はちゃんと来たし、会ったじゃねぇか」
 あのメッセージには会いに来い、としか書かれていなかったぞ?
 まぁ、それは言い訳に過ぎないが、約束は一応守ったってことで……。
「屁理屈です」
「チケット落としちまってさ……。 中に入れなかったけど曲は聞いたぞ」
「え?」
 恥ずかしかったが、正直に事情を説明した。 説明しなおすと、俺って本当にバカみたいだ。
「ロビーでさ、目ぇ瞑ってずっと聞いてたんだよ」
「う、嘘……」
 嘘なんかつくかよ。 すげぇ中に入りたかったし、お前の声聞きたかったのに……。

「ここに来るのだって、宮本ってマネージャーとちょっとやらかしてきちまった」
「宮本さんと!? わ、私のマネージャーですよ!?」
「だって、アイツ、お前のこと物みたいに言うんだぞ?」
「…………はぁ」 
 分かってたんだろう。 コイツは俺の前以外では偶像として生きてたんだ。
 コイツが人間として生きられたのは本当に俺の前だけだったんだ……。

「だからさ、人形になるなんて言うなよ。 友達作らないなんて言うなよ……」
「…………」
「俺はお前を人間、溝口奈々として見続ける。 約束するよ」
「……うん」
 コイツが今流してる涙はどんな涙だろう。 悲しみの涙か? それとも喜びの涙か?

「ありがとう」
「あ、あとな、敬語やめろっつったろ?」
 さっきからずっと、初めて会ったときと同じような話し方が気になっていた。
「だ、だって……」
「だって、なんだよ?」


「……まだ2回しか会ってないんだもん」
 そういえばそうだった。 実際に会うのは2回目なのだ。
 それなのに、ずっと前からずっと一緒にいるみたいな話し方だった。 しかも俺だけ。

ガチャ

「君か!? 無理矢理、部屋に侵入した奴は!?」
 警備員が怒鳴り込んできた。
「あ〜あ、時間切れだな……」
 まぁ、マネージャーに暴行加えちまったんだ。 無事で済むとは思ってなかった。

「え? 藤木君……」
「大丈夫だって。 言ってなかったか? 怒られるのには慣れてんだよ」

「さ、行こうぜ。 強制退場だろ?」
「…………」
 潔い俺の態度に警備員は何も言わずに俺の肩を押していく。

 えっと、まずは親と学校か? 警察は勘弁だなぁ……
「なぁ、やっぱ警察?」
「よかったな。 むこうの事務所が警察沙汰は勘弁だとさ」
 それはよかった。 しかし、学校と親ってのもまた厄介だな……。

「藤木君!! 今度メールするから!!」
 俺を追って部屋から出てきた溝口が俺に向かって叫ぶ。
「おう!!」

「電話もするから!!!」
 肩を押されている俺は振り向くわけにもいかず、手を挙げてやることで溝口に応えた……。




「雄ちゃん!! いったい何をやったの!?」
 母さんを呼ばれ引き渡された帰り道で俺は公道で怒られていた。
「友達が……ナナがさ、物のように扱われてて……許せなかったんだ」
「……そう。 でも、手加減はしようね?」
「おう」
 母さんは俺が暴力を振るうことを止めたりはしない。
 俺のことを良く知っているし、何かの理由があると分かってくれてるから……。

「でも、学校がねぇ……。 内申点が下がっちゃったわね」
「んなもんより友達の方が大事だね」
 こんな家路もたまには悪くないなぁ、と思ってる俺がいた……。



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