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 自由にしてやるって言っても何をしてやれる?
 じゃじゃ馬のときとは違うんだぞ?
 ここは地球で俺はただの高校生で何の地位も名誉も無いただの男なんだぞ?

番外編 偶像って奴は(中) <<ユージ>>


「だる……」
 俺は考えるのをやめた。こんなもんどうしようもない。
 
「ん?」
 屋上に上ってきた気配を感じ取った。 
『お客さんみたいね』
「だな……風華、サンキュな」
 風華を消して来客に備える。
 
「あ、あの……」
 溝口奈々だった。
「今は授業中だぞ」
「す、すみません」
「いや、俺もサボってるから人のことは言えないんだけどな」
 こんなに気の小さい子が本当にアイドルなのだろうか。
 俺には到底信じられなかったが真実なのだ。

「さ、さっきは助けてくれてありがとうございます」
 ……礼を言いにわざわざ授業サボってきたのか?
「別にそんなんじゃねぇよ」
「そ、そうですか、すみません」
 しゅん、と縮こまってしまう。
 コイツが……芸能人、だと?
 こんな自信のねぇ芸能人ってのもいるんだな……。

「なぁ、本当にありがたかったか?」
「え…?」
「俺のやったこと。本当にありがたかったか?」
 自分では分からないことを溝口本人に聞いてみた。
「は、はい。ありがたかったです」
「そっか……ならいい」
 よかった。自分勝手な行動が迷惑をかけてなくて……

「あの、私の話……聞いてくれますか?」
「話? 別に、いいけど……」
 聞いてほしいというなら聞いてやろう。どうせ2限目が終わるまでには時間がある。

「私……仕事を辞めようと思うんです」
「なんでまた。せっかく有名になったってのに……」
 その業界で有名になることは楽じゃないだろうに。

「私を見る目が変わったんです」
「見る目?」
「……誰もが私を溝口奈々としてじゃなくアイドルのナナとして見るんです」
「そりゃあ、そうだろ。芸能人なんてそんなもんじゃないか?」
「友達や近所の人々……両親でさえ、見る目が変わってしまってもですか?」
「…………」
 なんだよそれ……。

「私はナナですけど……それ以前に溝口奈々なんです」
「……そうだよな」
「このままだと……本当に偶像になってしまいそうで……」
 おせぇよ。もう……偶像になりかけてる。
 アイドルってこんなに辛いもんなのか?
 他人に…自分の身内にすら偶像扱いされるほどに辛いものなのか?

「俺……ナナなんて知らねぇぞ」
「え……」
「正直に言うとな。今日までナナって存在知らなかったんだよ。テレビ見ねぇから」
「はぁ……」
 はぁ、そうですか、と言われているように聞こえた。

「俺は溝口奈々って奴は知ってるけど……芸能人のナナなんて知らねぇんだよ」
「あ……」
「だから……俺は偶像扱いできねぇんだよ。同級生の溝口奈々しか知らないからな」
 我ながら下手な慰めだ。
 素直に「元気出せ、頑張れ」って言ってやればいいだけなのにな……。

「仕事……本当に辛いんだったら辞めろよ」
「…………」
 そんなに偶像になりたくないのなら辞めてしまえばいい。

「歌うことは楽しいんです。それをたくさんの人に聞いてもらいたい……」
「たくさんの人に歌は聞いてもらいたいけど、偶像にはなりたくない……か」
「はい」
 なんか……どうしようもない悩みだよな。
 多くの人に自分の歌を聞いてもらいたいなら今の状態が一番適している。
 しかし、今の状態が続くと偶像となってしまう。

「難しいな……」
「はい」
「でも、辞めようと思ってるんだよな?」
「貴方の話を聞いて……分からなくなりました」
 え……俺、決心鈍らせたか?

「私を偶像扱いしない人もいるんだなぁ、と思いましたんで……」
「当たり前だろ」
「そうですよね……当たり前ですよね」
「…………」
「…………」

 それっきり喋らなくなってしまった。
 こっちも話しかけ辛かった。
 何か考えていたようだったから……。
 ここは俺が話しかけてはいけない場面のような気がした。


キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。
 授業が終わり、休憩時間に入る。
「……私、どうするべきなんでしょうね?」
「あのなぁ。散々悩んどいて俺に聞くなよ……」
「す、すみません」
「謝んなくていい。じっくり考えるべき問題だろ?」
「付き合ってもらっちゃってすみません」
 謝んなくていいって言ってんのに……。

「何時間でも付き合ってやるよ。どうせ暇だし」
「すみません……」
「こういう時はありがとうって言ってくれると嬉しいぞ」
「あ、ありがとうございます!!」

キーンコーンカーンコーン

 休憩時間が終わり、3限目が始まる。
 言葉通り俺は何時間でも付き合うつもりだった。
「…………」
「…………」
 無言の時間が続く。


「一つ……聞いてもいいですか?」
「ん?」
「もし、私が仕事を続けて、貴方がテレビの私を見ても……溝口奈々として見てくれますか?」
「は?」
 何言ってんだコイツは……
「私を偶像にしないでくれますか?」
「お前……アホだろ」
「え゛……」
「まさか俺の意見で決める気じゃねぇだろうな?」
「そ、そんな。そんなわけないじゃないですか!!」
 コイツ……そのつもりだったな……。

「こっちのイメージ強すぎてなぁ……逆にアイドルとして見えないぞ」
「あ……そうですか……安心しました」
 っていうよりコイツをアイドルとして見ることの方が難しいぞ……。
「決めました。私、続けます」
「お前、俺の意見で決めただろ?」
「違いますよ。確かに参考にはしましたけど」
 絶対、俺の意見が決定打だ……
 だって聞いた直後に答えたじゃねぇか……

「一人でも私を溝口奈々として見てくれる人がいるならいいです」
「あっそ」
「あの、お願いがあるんですけど……」
「もう何でも言ってくれ。ここまできたらできることはなんでもやるぞ」
 本当にそんな感じだった。もう好きにしろって感じだ。
「本当になんでもですか?」
「ちなみにくだらねぇことだったら殴るぞ」
 『こっから跳べ』とか『校長殴れ』とかな……
「……そうですか」
 残念そうな顔をするな!!

「お友達になってくれませんか?」
「…………は?」
「だから、お友達になってください」
 つくづく思った。何言ってんだコイツは……と。
「お前やっぱアホだろ」
「……アホ」
 うつむいてしまった。
 ショックを受けているのかもしれんが、そんなもんは知らん。
「友達って作るもんじゃなくてさ、勝手にできるもんだろ」
「はぁ、そうなんですか……」
「そうなんだよ。友達になってくださいなんて頼むのはアホな子だ」
「アホな子……」

「だいたい今更なんだよ」
「何がですか?」
「お前、赤の他人に人生相談したのかよ……」
「あ……」
 今気づいたって顔だな……。

「俺、藤木雄二。2−B」
「あ、私は溝口奈々です。クラスはD組です」
「順番メチャクチャだな……」
「本当にそうですよね」
 俺達は笑いあった。


ゴンゴン
 屋上の金属製のドアをたたく音に振り返る。

「和んでるところ悪いんだけどな……おめぇら、いつまでサボるつもりだ?」
「げ、ヨッシー」
「先生……」
 何で、てめぇがここに来る……

「溝口もこんなとこで男と会ってたらスキャンダルになるぜ」
「……はい」
「宮崎には俺から言っとくから保健室に行ったことにしときな」
「……すみません」
 宮崎先生はヨッシーの後輩で保険医だ。

「藤木は少し残れ。説教かましてやるぜ」
「あいよ」
「そんな……」
 溝口が悲しそうな顔をする。
「大丈夫。説教なんか慣れてっから」
 しぶしぶといった感じで屋上を出て行こうとする。
「あ、ちょい待ち」
「はい?」
「ヨッシー。ちょっと向こうの方に行っててくれねぇか?」
「ちっ、密談かよ。上手いことやりやがって」
「そんなんじゃねぇよ」
 屋上の隅に移動するヨッシー。

「なぁ、何で俺にこんな話したんだ?」
「助けていただいたとき、辛そうな顔してましたから……まるで自分のことのように」
 俺、そんな顔してたのか……。
「だから、いい人だなって思ったんです」
「ふ〜ん」
 いい人……ね。
 そういや、レナにもそんなようなこと言われたっけ……。

「じゃあ、昼休みにまた会いましょう」
「ん、いいよ。学食で飯でも食おうぜ」
「はい」
「あ、それと、昼休みまでにその敬語なんとかしとけよ。友達なんだろ?」
「は、……うん」
 はい、と言いかけてあわてて言い直す。
 身を翻して階段を下りていった。

「おい、もういいぞ。説教タイムといこうか!!」
「バァカ。説教されるなんて思ってねぇくせによく言うぜ」
「まぁな」
 ヨッシーは説教なんかする奴じゃあない。
 むしろ、もっとやれと煽る方だ。

「まったく羨ましい奴だぜ。ナナとお友達ってか?」
「ナナじゃねぇよ。俺が友達になったのは溝口奈々だ」
「それはいいとして、俺の授業サボるとはいい度胸じゃねぇか」
「アンタも今サボってんだろ?」
 確か今はコイツの世界史の時間だったはずだ。
「バカ、教師の俺がサボるわけねぇだろ。自習にしたんだよ」
 よくクビになんねぇよな……コイツ。

「藤木、人一人困ってんだ。授業なんかサボっちまっていいんだよ」
「教師らしからぬセリフだな」
「シカトして授業に出てきたら俺はお前を殴ってるぞ」
「はぁ?」
「これでもお前のこと気に入ってんだからな」
「気色悪い事言うなよ……」
「うるせぇなぁ」

「おい、藤木。火、あるか?」
「お前……生徒に聞くか普通? あるけどよ……」
 ライターでヨッシーの煙草に火をつけてやる。
「ん、悪ぃな」

「本当にアイドルって奴は大変だな」
「ああ、まったくだ」
 ヨッシーがうまそうに煙を吐き出す。
「藤木」
「なんだよ」
「友達……続けてやれよ」
「ああ……分かってるよ」
 青空の下、俺とヨッシーはサボりの時間を堪能していた…………。



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