「春香ん家?」 「そそ、来たことないっしょ?」 「泊まりで?」 「パジャマパーティーやろうぜぃ」 夏休み直前。突然、春香に家に招待されてしまった。 前々から親の顔が見たいとは思っていたが、こんな形で実現しようとは……。 「でも、リゾラン行くんじゃなかったっけ?」 「だから、その後で」 「……別にいいけど」 クラスの精鋭どもが揃ってリゾートランドへ行くという話は聞いていた。 もうあのコンビが行くってだけで、壮絶なイベントになりそうだった。 「まぁ、私はリゾラン誘われもしなかったしねっ!!」 「それは謝ったじゃんよ」 電話すらされなかった私は春香にどういうことかと問い詰めたのだった。 「泊まりに来たら土産話でもしてあげるからさ」 「そんなんされたら余計虚しくなるわ」 戦々恐々と聞くことになりそうだが、その場にいなかったことを悔やみそうでもある。 できれは必ず起こるであろう戦闘シーンの話はカットしてもらいたいものだ。 「帰ってきたら連絡して」 「当然だ。速攻でメールする」 す、すごい気迫だ。私なんかが泊まりに来るのがそんなに嬉しいんだろうか……。 女友達の中で、春香と一番よく喋るのは私だ。これは間違いない。 結城さんはよく喋るような人じゃないし、有香も他の女子と話す方が多い。 春香は嫌われてるわけじゃないが、話すとなると一歩退いてしまうんだろう。 湊大付属の怪獣という二つ名を持つ校内最強はクラスでも一際目立つ存在だった。 「なんでまたそんなにやる気なんだか……」 「楽しみなんだからやる気になって当たり前っしょ?」 「…………」 (本当に可愛い奴……) ただ泊まりに来るだけだってのに、春香は心の底から楽しみにしてるようだ。 そんな普段の春香からは想像もできない一面に顔がにやけそうになる。 まぁ、口にしても笑っても制裁が待っているのはわかってるから堪えるけどね。 ゴスッ!! 「あいたーーーっ!!」 そんな必死に笑いを堪える私に、春香は容赦なく拳骨を落とすのだった。 「そういや奈緒って二つ名まだなかったよね?」 「拳骨かましといて話題変換とか、自由すぎやしませんか……」 まだ頭がズキズキする。さすって回復を図るが、これって効果あるんだろうか? もう何を言っても春香には通じないのはわかってる。 しかし、二つ名? 湊大付属の怪獣みたいなやつ? 「無いよ。ってか、いらないよ」 生贄の羊やらピエロやら、このクラスには理不尽な名前を付けられる人が多すぎる。 そんな名前を付けられて一年以上も学校生活を過ごしたくない。 「ちょうどいいや。夏休みに入る前に付けちゃおう」 「いや、ほんといいッスよ。自分、二つ名とか貰ってもその名が号泣するだけッスよ」 「お珠〜、ちょっとこっち来て〜」 「聞こうよ! お願いだから人の話は聞こうよ!!」 私の願いも虚しく、春香は柊珠緒を呼びだした。 珠緒はここら辺じゃ有名な占い師で、教室じゃいつもカードで遊んでいる。 私も何度か占ってもらったことがあるけど、これが異常なほどに当たるのだ。 珠緒自身もそれがわかってるからか、月に一度しか占ってくれない。 春香なんかは占い自体を否定してるから占ってもらうことすらない。 このクラスは男女関係なく占いの否定派が多かった。 きっと、それも強さなんだ。自分の未来を人に委ねない強さ……。 「……柊です」 「お珠。そのタロット、奈緒に一枚引かせて」 珠緒は名前で呼ばれるのを嫌がっているが、名字で呼ぶ女子は少ない。 他にも、ちゃん付けしたり、春香みたいにお珠と呼んだりと好き放題だ。 まぁ、お珠と呼ぶのはクラスの中でも春香だけなんだけどね。 「わかりました」 「って、タロットで決めんの!?」 吊られた男とか愚者とか、ろくでもないカードがあるんですけど!? 運命の輪とか塔でどんな名前が付けられるっていうんだろう。 「うん、ス○ンド方式。ちゃんとタロットから関連したやつ考えるって」 (十三の死神引いたら間違いなくゴ○ゴになるな……) そんな背後に立つなとか言いそうな名前は絶対にお断りだ。 だいたいタロットには変な名前が付きそうなカードばかりじゃないか。 パラパラと見事なカード捌きでタロットがシャッフルされていく。 もう何をどう動かしているのか、目で追うことすら難しい。 「珠緒、凄いね」 「どうぞ」 机の上に綺麗に並べられたタロットをじっくりと見つめる。 自分がこれから先、付き合っていくことになる第二の名前。 良くても同窓会まで尾を引きそうだし、下手すりゃ一生ついて回る。 ここは慎重に慎重を重ねて選ばねばなるまい……。 「これだぁぁッ!!!」 一枚をかっさらって机の上に叩きつけた。私も中身はまだ見ていない。 「井上さんにはこれを……」 「ん? おい、お珠。なんだこりゃ」 「すぐにわかります」 何かの本を春香に渡して、珠緒は自分の席に戻ってしまった。 「なんだありゃ?」 「さぁ」 あの子の考えてることは未だによくわからん。 まぁ、タロットと本は後で返すとして、まずは引いたカードの中身だ。 緊張感も無くなってしまったからか、わりとすんなり裏返すことができた。 「月だ……」 上下逆だったが、中央に描かれている月はすぐにわかった。 「それで、そっちの本は?」 「ギリシャ神話辞典だとさ」 なんでそんな本を春香に渡したのか。たぶん、珠緒は知ってたんだ。 「お、ドッグイヤーはっけ〜ん」 今日、私の二つ名が決まることも、その方法がタロットってことも。 そして、私がこの月のカードを引くことも……、きっと珠緒にはわかってたんだ。 「…………やるねぇ、占い師」 「どしたの?」 「奈緒の二つ名、お珠が用意してくれたってさ」 手渡されたページを見る。そこには月と狩猟の女神の名があった。 もう占いの範疇を超えてる。ここまでくると予言の領域だ。 「アルテミス」 「決まりだね。奈緒も不満なんかないっしょ?」 私でも名前を知ってるほど有名な女神。不満があるとすれば有名すぎることくらいだ。 この身に余る名を私の二つ名としてもいいのだろうか……? 「こりゃ頑張らないとなぁ……」 月の女神を泣かせるわけにもいかないし、どうせなら堂々と名乗ってやりたいしね。 「あ、春香。わかってると思うけど、兄貴には内緒ね」 「あいよ。わかってるって」 この力に関しては、一切話していないし、話す気もなかった。 武闘派になったなんて言ったら余計な心配をさせるだけだ。 私はこれでまたクラスのみんなに近づいたんだろうか? 藤木君や春香のように、私も強くなれるのかなぁ……。 一学期を終えて、私は特殊クラスの一員にまた一つ近づいた。 |